人と町と収入と
「はい、もう一声!!」
「銀貨5枚追加だ!」
「いいや、うちは銀貨10枚・・いや、半金貨!」
「あたしんとこは金貨だ!」
「金貨半金貨1枚づつ!!」
私が今いるのは街に入ってすぐにある屋台広場っぽいところ。
『すまないが止まってくれ。どこからきたんだ?目的は?』
『ゼェ~・・ハァ~・・・へ?あぁ、西の方からです』
遠目から見た所でも街を囲っている塀というよりは柵が見受けられ、一番近い門の両側に立っていた守衛さんだろううちの1人が休み休み近づいてくる私を怪しんでか態々門から離れて声をかけてきた。
私でもこんな怪しい人物いたら様子を窺いつつも町からまだ離れた所で声を掛けるね、絶対。
ちょ~っとビクビクしちゃったけど、呼吸を整えてそう答えれば守衛さんは『あぁ、西。ルビダルカンの方ですね。大変でしたでしょう』とにっこりと微笑みながら頷いた。
『冒険者の方ですか?この街へはご依頼で?』
冒険者や依頼とかって仕事があるのなら、ギルドとかそういうものもあるんだろうけども・・・。
この世界では不審者でしかない私って、どうしよう?記憶喪失設定で言った方が無難だろうか・・?
『そうですね、似た様なものです。えっと・・放浪中なんです。少し前に、何があったか良く分からないんですけど・・森の中で目が覚めた後、とにかく記憶があやふやで、お金すらもないんですよ』
『事故や物取りでしょうか?本当に大変でしたね、大丈夫ですよ!狩った獲物の売り買いはやってま・・・!?』
曖昧にしているが、大半の事で嘘は言っていない。
そして2・3の質問に受け答えした私を上から下まで見たその人は、ハッと何かに気が付いた様に目が大きくとなったら、やたらと焦ったようにキョロキョロと当たりを見回した。
『えっと、その色彩の服装・・まさか黒騎士の部隊の方でしょうか?』
『え?いいえ、そんな記憶はないですが・・・絶対に騎士ではないですよ。剣など使ったりできないですし。それより、この仕留めた獲物どこに運べばいいですか?もう少ししたら麻痺が解けちゃうかもしれないんで』
『あっ、申し訳ありません!その獣・・・え?そ、それ!カルガ?!しかもまだ生きて・・・こうしちゃいられない!』
『えっ・・ち、ちょっ・・と』
数刻前にこの街に着き、守衛さんに散々怪しんで質問攻めにされかけたのだが、守衛さんは私が引きずっている鹿に目を止めると大慌てでもう一人の仲間のいる門に引き返していき、何か喋った後に街の中へと走り去って・・・
あれよあれよという間に市場さながらの競りが始まったのだ。
あの時の、意味が分からずその場に取り残された私はこれ以上ないくらいあっけにとられて、守衛さんがたくさんの人を連れてくるまで疲れていたのも忘れてその場に立ち尽くしていた。
因みに冒頭最初の煽り声は私だ。
「ぃよっし!俺が金貨3枚と銀貨5枚で2匹とも買い受けるぜ!銅貨20枚は駄賃だとっとけ」
「ぃえい!まいどー!」
大柄な、少しごつめだけど顔はワイルド系イケメンな薬師だと言うグラさんっておじさ・・いや、お兄さんが競りの勝者に決まったらしく、皮袋に入った硬貨を受け取って固く握手をした。
うぅわぁあ・・・ずっしりくる。貨幣よりも紙幣のほうがありがたいなぁ・・こりゃ重い。
「また頼むぜ」
「運よく狩りに成功したらよろしくっす」
私、これでも結構人見知りっていうか人嫌いっていうか・・・でも、社会人歴=サービス業歴8年の賜物で、無表情デフォルトの上に笑顔の仮面を装備する。
強面のお兄さんに内心ひやひやものだったけど、社会人スキルは結構万能だ。
「ちょいと!独占はさせないよ!」
「そうともさ、次こそはわしが競り落とすからな」
「そんなつもりで言ったわけじゃねーよっ」
グラさんが ――あの重たい鹿を―― 担いでいそいそと人ごみに紛れていくのを見送りながら周りを窺って見ると、競りに参加していた何かしら店をやって居そうな人は去っていくグラさんの背中を羨ましそうな表情で見つめていた。
「あの~・・自分旅の者なんだけど、治安良さそうだし暫くこの街に滞在したいんだけどさ・・・ひぃっ?!」
良い宿ってある?って聞こうとしたら、羨ましそうな切なげな表情でグラさんの去って行った方を見ていた人たちが一斉に私を振り返った。
あまりの勢いに驚きすぎて悲鳴が出そうになったけど、皆があの店がどうだとかこの店がとかいろいろ話をし出していた。
えっと、あの・・・お願い、私を無視ししないでいただけます?
「あ・・・あの~・・・」
「あぁ!わるいね、宿だろう?今話してたんだが、一番下位の部屋で一泊銅貨20枚とちょいとお高いがしっかりした街一番の宿屋があるよ。他にも一泊銅貨3~8枚とか安いとこあるけどねぇ、高くてもしっかりした部屋が安心できるだろうよ」
「そうそう、今は特にな」
置いてけぼりを食らう事 ――体感的に―― 数十分。淡いオレンジ色っぽいくせ毛を一纏めにした茶色の瞳の女性が色々と教えてくれた。上に見ても30半ばくらいだろうか?
大体の宿の平均は銅貨5枚前後らしいから、それで比べればお高いが、確かに私の持っているあの荷物が知られて強盗とかにあったりすることを考えれば背に腹は代えられんだろう。
因みにいえば、家持の3人家族の一市民が普通に過ごそうとするのなら、多少の贅沢をしたとしても銀貨10数枚~金貨1枚があればここでは余裕で1年は過ごせるらしい。
「まぁ、しっかりしたとこならその方がいいっすね。その宿予約できますかねぇ?ちょっと別の所に連れがいるんで自分も含めて3人なんですけど」
「あぁ、大丈夫だろう。その連れとやらを迎えに行っておいでな、話を付けといてあげるさね」
「ありがとうございます」
お姉さんは近くに居た赤茶ぽい髪の少年に指示を出すと、その少年はひとつ頷いて走り出して人ごみの中に消えて行った。
「この街はいいとこだよ。是非とも長く滞在していっとくれな」
ニコニコと私の肩を軽くたたきながら言うお姉さんは、店があるからと手を振りながら歩いて行った。
お姉さん以外も、みんな私に何か一言二言声をかけてから仕事に戻っていった。
聞いた話等を纏めると、この街の名前はバルセ。
ウェルナーとかいう貴族の治める領地で3番目に大きな町らしい。領内の端っこの方でもあって、北の国と北西の国との交易拠点のある隣の領の影響もあり結構栄えているが、それに伴って裏通りの治安はちょっと荒れやすい。
でも、その為に領主様自らが私兵騎士 ――自分の中では警察みたいなものと理解した―― を出していてくれているので安心して過ごせるんだってさ。
因みに領主様の館はここから馬車で5時間ほど離れた領内最大の街の近くらしい。
それから騎士さんやまだ広場に出店を出していた競り参加者さん達に街の事をちょっと聞いて、ちょっとだけ買い物してから私はティンとラダを迎えに行くために急いで森へと引き返した。
今回は短いですね・・すみません。