夢は覚めない
「・・・・・・ん」
ふと目を開けると空にはまだ星が見えているが、多分・・東の空からうっすらと明るくなってきていた。
「・・あ・・・ぃ・・・いだだだだだ」
思わずばっと飛び起きて、体中の痛みに暫くのた打ち回る。
「あ゛ーーー・・・体中いってぇ・・寝るもんじゃねーな、地べたなんかで」
空が徐々に明るくなりつつあったが、それでも念のために火が殆ど無くなりかけていた焚火にあらかじめ拾っておいた枯れ枝や枯葉を足していく。
高校以来運動なんてやっていなかったため案の定全身の筋肉痛と、地面の硬さと冷たさでやられたのか、少し頭の痛さと眩暈を感じるけど、これ以上はひどくはならない事を願いつつも今はそれどころじゃないので無視する。
「あんまり寝た気がしないけど・・・ゆっくりしてるのも怖いしなぁ」
壁を背にし、両ひざを立てて座り込んで蹲る。
「何でこんなことになったんだろう・・うちに帰りたい」
あの後、木の上で暫くボーっとしていたら気味の悪い沢山の虫に囲まれて・・・ミント系の物が虫たちの弱点らしく、偶然登っていた木と煙草のお蔭で難を逃れたっていう嫌な出来事が夢の中までも追いかけてきた。
おぅっ・・・ぞぞぞ~っと悪寒が走った・・。
「あ゛ー・・・う゛ぅーーー・・・いでぇ・・」
念入りに柔軟運動もしてみたが、気温的には適温なのだが薄っぺらいロングコートを敷物代わりにしただけではダイレクトに地面の冷たさと硬さが身体に伝わって、身体中の節々が悲鳴を上げている。
カチッ
「・・ふぅーーーーー・・・」
柔軟後、少しずつ大きくなっていく火を見つめ、ほぼ無意識に煙草をくわえて火を着けた。
未だに頭の奥が寝ているようにボーっとするが、心の中はやりきれない焦燥感が満ちている。
今いる此処は、廃墟―――というよりは、遺跡といった方がしっくりくるような場所だ。
遺跡で焚火なんて罰当たりな!って思うけど、緊急事態だし、一応民家の跡地っぽいところで、かまどっぽい煤で汚れている場所を使わせてもらっているので勘弁してもらいたい。
今いるここは、あの湖からそこまで離れていない。
あの後、見渡す限り一面の緑しかなく絶望の為に暫く唖然としてしまった。
空は青く澄んでいるのに、360°森・森・森!!!視界に入ってくる色は青と緑と時々白!・・・あ、雲ね。
行ったことなんてないけれど、富士の樹海ではない事だけは確かだろう。
だって、遠くに見える高い山は富士山のシルエットとは全く違うし、何に似ているかっていえば・・・ヒマラヤ山脈?って感じか、実物なんて見たことないが。
遠くの方の森の上には霧がかかっているのかそれ以上は見えないし、こんなに遠くまで見えているにも拘らず・・・鉄塔1つ見当たらない。
絶望感漂うそんな気持ちを押し込めて、シロツメクサの中から四つ葉のクローバーを探すかのごとく必死に目を凝らしたら、同じように敷き詰められた緑の中から僅かにだけど森の中で穴の様な場所を見つけた。
多分方角的には、あの湖から言って南ってところだろうか。
荷物は重かったけど、それでも綺麗に洗ったポットに水を入れて持って来て正解だった。
汲んできた水を大きなバナナの葉の様な葉っぱに乗せて、別に自分で作った石で組んだちっちゃなかまどの上に乗せる。暫くして沸騰したお湯を柑橘系紅茶のティーパックが入ったカップに注げば立派なフレーバーホットティーの完成だ。
うん。良い水と澄んだ空気に美しい自然に囲まれて飲むお茶は美味しいね!遠くに鍋代わりにした葉っぱの青臭さがあるのはこの際おいておこう。
気持ち的にはめっちゃくちゃ虚しいけどよ!
ポットをそのまま使わないのは、折角買ったばっかりなのに煤で汚れるのが嫌だから。
だってもったいないじゃない!私は貧乏でポットって意外と高いんだから!
「ほんと・・・何で、こんなことになったんだろう」
一晩明けて、眩しい朝日と清々しい空気の中で、私の周りだけは暗くじめっとした空気が漂っている事だろう。
カップから漂う湯気を焦点の合わない目でじっと見詰めつつ、ただそんな事ばかりが口に出る。
どうしてこんなことになってるんだろう?
自分はなんでこんなところにいるんだろう?
なんで?
どうして?
自分は・・
自分が・・・。
どこか冷静な自分と、焦って泣きわめいている自分と・・・そして、人って本当にどうしようもなくなるとボー然とするしかないんだな~って、他人事のようにこの状況を見ている自分とで良く分からない感情が持て余っている。
この遺跡がやっぱり神聖なものなのか知らないけれど、昨日の一定の距離を保って私を追ってきた虫共はこの遺跡に私が入り込んだとたんに―――まるで脅えたように消え去った。
「こんなに静かなのに・・・ホント、何にも聞こえない」
天井の無い遺跡の中で徐々に高くなる光を追うように空を仰げば、絶妙な距離を保っている大小2つの太陽が私をまるで見下ろすかのように空に浮かんでいた。
「・・・・・」
あまり直視すると目が辛いのだが、それでもぼ~っとそんな不思議な太陽をしばらく目にしていると、やっぱり別の世界に来てしまったのだろうかと取り留め無しに回らない頭で考えていた。
+++
「ほへぇ~・・・すっげぇ」
昨日は色々と余裕がなくって気が付かなかったけど、最初に居た所からは奥の方、でも実際は中心部の方には端の方からでも分かるほど大きな建物が見えていた。
太陽も結構昇り、ずっとぼ~っと考え込んでいた私もさすがに少しだけど心に余裕が出来たことで、重い腰を上げて入り組んだ遺跡の道をまるで導かれる様にというのだろうか、何となく中心へと勧めた。
このそこそこ広い遺跡みたいなものは、行ったことはないけれどマチュピチュの遺跡に似ているような気がする。
私が最初に居た所は遺跡の隅っこの方で煉瓦やら木でできた民家のようだ。
森に近い外側には朽ちた木で出来た囲いがあり、その次は一メートルくらいの深さの堀と朽ちた石壁の囲い、その次は落ちたら這い上がれなさそうだけど大人なら余裕で飛び越えられそうな堀と石壁と進むにつれて手の込んだ囲いが区画の区切りだろう。
堀を超えて入り組んだ建物を少し中心の方へと入っていくと、急にあたりが開けて真っ白な石でできた柱や大理石の様な階段など明らかに他の建物と比べ物にならないほど立派な ――遺跡だから朽ちてはいるけど―― 家々が並ぶ区域に入ってきた。
家畜小屋・農民・商人・貴族と、そんな感じに外側から中心に向かっているのかというくらい歴然と差のあるのが私にでもわかる。
小学校時代からの親友は歴女だった・・・って影響ってわけじゃないし、あそこまでじゃなかったけど、私も一応は歴史的な建物や場所は好きな方だ。
「マチュピチュっぽいけど、よくよく見ると柱やレリーフみたいなのはギリシャ的にも見えるなぁ」
本当はいけないって分かってはいても、手を触れないでくださいとかの注意書きもないし、一度は行ってみたかったマチュピチュに似た遺跡に興奮を覚えてあちらこちらを歩き回る。
力を入れ過ぎない様に気を付けながらもそっとレリーフを触れば、細部までしっかりとほられた石なのに、手触りは物凄くつるっとしていた。
何時も旅行は仲良し3人組で年甲斐もなくキャーキャー騒ぎながら楽しんでいるけれど、パッと振り向いた先には誰もいない朽ちた歴史的遺跡が光に照らされているだけ。
「・・・はぁ」
何とも言えないような創傷感と共にため息をつきながら、それでも足を進めていく。
中心に行けばいくほど、建物は豪華に ――朽ちてはいるが―― それでいてとても綺麗になっていく。
不思議な感覚が分からないまま、遠くから見えていた屋根の欠けた神殿の様な建物がある中心の広場へ足を踏み入れた私は、その美しさに言葉を無くして立ち尽くした。
天井はすでに5分の3ほど消えており、壁も柱も他の街同様に欠けたり穴が開いたりしているのに・・・
「す・・ごい」
この遺跡のどれよりも数段高い高台の上に立ち、朽ちても太陽の光に照らされた純白はその神々しさをより一層増している。
そして、何より一番目を奪われるのが・・・
「綺麗・・・光ってる、の?」
神殿の立つ広場一面に咲いているスズランに似ている花の形だけど、水仙のように1つの茎には多くても2つしか咲いておらず、花の大きさ的にはホタルブクロの様な今まで見たこともない可憐な花の群生だ。
風に揺れるその花をよく見ると淡い色に光っていて、黄色だったり青だったり赤だったりと様々な色で淡く光っている。
風に揺れるその花たちの光。
今まで遭遇した事のない幻想的なその光景の前に、私はただ見入って立ち尽くす事しか出来なかった。
あまり進みませんでした・・・。