動き始める時
本日朝の更新できなくすみませんでした。
「・・・?」
私がアイトと出会って森に居た頃、まだ月が出ている薄暗い夜明け前だった。
「・・・・(アイ・・ト?)」
何かに呼ばれて気がして、薄くだけど目をあけた。
すごく眠いし、目もすぐ閉じそうになったけど・・・だけど、何故か脳だけはハッキリとしている気がする。
「・・・」
アイトが寝ているはずの場所にはアイトの姿が見えなくて、アイトを呼ぼうと思って声を出そうとしているんだけど・・・・声が出ない。
――――あれは・・誰?
窓の枠に膝を立てて座っている小さな小さな影がある。ラダと同じか、それよりも小さな子供の様な影・・。
見たことない・・・アイトの色は月明かりに照らされても真っ黒だった。
あの影はアイトじゃない。
アイトじゃないって思うのに、何故か気になってみてしまう。
暗い色の髪の毛だけど月明かりに照らされて輝いていて、顔もはっきりと見えないけど――どこか遠くを見つめている光のない悲しそうな瞳も、見たことあるような気がした。
寝ぼけていただけかもしれない、ただの夢だったのかもしれない。
だけど・・・
何故か―――――――
++++
「次だ!マルク、次の資料を!」
「はっ」
机の上に高く積まれた資料を次々に片づけていく部屋の主は、手にした書類から視線も上げずに控えていた部下にサインした書類を渡し、差し出された新しい書類に視線を落とす。
「・・・なんだ、これは・・」
ざっと3枚にも及ぶ報告書に目を通し、整った眉を不愉快そうに歪める。
「“愛玩獣人と奴隷売買”だと?黒の皇帝とは連絡は取れているのか?」
「はい。先ほどリアン殿が伝水晶により対話を終えております」
「黒き陛下はこの度の問題はこちらにも非がある。処罰は白き陛下に一任すると仰っておいででした」
「そうか」
畏まって答える年上の男性に対する部屋の主は威厳あるが、低めに出しているだろうその声はとても幼く感じる。
そう広くはない部屋にいるのは重厚そうな執務机にて命令を出している小さな主と、主の後ろに控える白と黒の鎧をまとう騎士と2人の文官。皆に共通するのは、不快そうな表情を隠そうともしていない所だろうか。
「あきらかに我が大陸の屑共のせいだが、黒の陛下の優しさに甘えよう・・・だが、解せない。あの屑共!兄上の顔に泥を塗りやがって」
「落ち着いて下さい、殿下」
「・・・・分かってる」
怒りに握り絞めていた拳を解き、殿下と呼ばれた主は椅子に深くもたれ掛った。見た目はどれだけ上に見ても二けたにぎりぎり届いただろうかくらいだろうか。
サラサラストレートの黒髪は見事なまでの漆黒で、肩に付くくらいの長さの髪をきれいな白の髪紐で無造作にハーフアップにしていても輝かしい程の天使の輪が出来ている。
ぱっちりと大きな目はばっさばさのまつ毛に縁取られ、皇族だけに見られる灰銀色の瞳は美しいの一言だけ。
下手すればそこら辺の令嬢よりもきめ細やかな色白な肌を除いても、少々大人びた美少女という他に言いようがないが・・・残念ながら彼の性別はれっきとした男だ。
本人は知らないが、広く知られている名前は姫皇子・・・一応通り名としては皇太弟殿下だ。この世界にある2大大陸の1つでもあるモントヴィウェルズ大陸の皇帝の住まう国シドラニア皇国の皇弟の第2皇子で現皇太弟のヴィンス皇子だ。
2大大陸には数多くの王族は居るが、皇族は1つの大陸に1つの一族だけ。モントヴィウェルズ大陸の皇族を象徴する色が白でもう一つの大陸の皇族が黒。その為に、各皇族は“白の皇族”もしくは“黒の皇族”と呼ばれる。
「あぁもうっ・・・あいつらがいないのに、頭痛い問題ばっかり増やしやがって!」
ダンと机に拳を叩きつけて叫んだヴィンスの声は、変声期前の少年特有の高い声に戻っていた。
「申し訳ありません、殿下」
「別に。お前らが悪いわけでもない・・・すまない、八つ当たりだ」
はぁ・・とため息をついたヴィンスは、俯いていた顔を上げて机の上で組んだ両手の上に顎を乗せる。
「兄上・・・いや、陛下の愁いは私が晴らす。ベルゲン男爵はウェルナール候がその身柄を押さえていたか?」
「はい、そのように報告が上がってきております」
そうだな?とマルクと呼ばれた青年が皇子の後ろに控える騎士に目くばせすると、黒の鎧の騎士と白の鎧の騎士は深く頷いた。
「あの紅自らが精鋭部隊を率いて尋問をしている為、そうお時間は取らせないでしょう」
「第3騎士団長からも1人がまだ見つかっていないそうですが、現時点で保護した子供は皇都に向けて出発したとの連絡が入っております」
黒と白の騎士にそうかと頷くと、皇子は椅子を反転させて窓の外へと目を向ける。
皇子の視界に飛び込んでくるのは、皇城から見る景色とはまた別の青く澄んだ空と青々と茂る緑色。
「さすがは仕事が早い・・・そんなウェルナール候に罪をなすりつけようとするとは浅はかな男だ。あの侯爵が陛下を裏切る筈がないだろうに」
「おっしゃる通りです殿下。侯爵方が何故その身分を得ているのか、考えればわかる事です」
確かに血筋も大切だが、それは皇族に限っての事。いや、必ずしもそうとは言い切れないのも確かではある。だが、血筋以上にこの世界は何よりも能力がモノを言う。
“貴族は民の為にあれ”
建国当時から各々の家で言われてきた筈の言葉だ。
それでも、人間何時しかは欲が出るものだ。時は流れ貴族制度も変わった部分もある。だからこそ、管理は大変だ。
「件の男爵の爵位は剥奪し、ライラット子爵に一先ずベルゲン領に関するすべての管理を預けるように連絡を・・・まぁ、さすがにこれは命令だと言えば大丈夫、だと思いたい」
苦笑を滲ませつつ子爵を思い浮かべると、全員がこれからの事を想像したのかげんなりとした顔をするものと苦笑するものに分かれる。
「御意に、新たな男爵の選定も彼に頼みますか?」
「・・・そうだな。問題ありな奴だけど、仕事に関しては信頼してる」
「畏まりました。殿下、御前失礼します」
「あぁ、頼んだ」
現宰相補佐であるマルクが一礼し退出すると、マルクに変わり外交官のラウが皇子の前に歩み出る。
「殿下、これからの予定になります」
「ん、言ってくれ」
「本日はこのままウェストーナにご宿泊いただくことになります」
皇子が頷いたのを見、ラウは手にしている用紙を見えるように皇子の前に置く。
「明日早朝より馬車で2時間程の場所にありますバルセに向かい視察になります。昼にはウェルナール候より迎えが参りますので、そのままウェルナール候の館にて事後処理と報告になり、多分そのままご宿泊いただくことになると思われます。早く見ても明後日に皇城へお戻りいただくかと思います」
「そうか、分かった。ラウは今からその予定で詰めてくれて構わない。バルセは確かウェルナール候の懐刀の1人が居たな。必ず呼んでくれ」
「ご安心ください、前もって話を付けてあります。では、御前失礼いたします」
ラウが一礼し出て行ったのを確認し、皇子は深々と息を吐いた。
目先の仕事にめどが付き始めたことで、淹れ直そうとするところを制してすでに冷め切っているお茶を口にする。
どちらの大陸も皇族が最上位に来る。勿論多数の国があり、その国々にも王族は居るが・・その王族ですら頭を無条件で垂れるのが皇族だ。
ヴィンスもそんな皇族の1人。唯そこにいるだけでもその存在感は限りないものだ。
「皇妃殿下にもうすぐで御子が生まれる。健やかにお過ごしいただける様に速やかに片付けたいものなのに・・・次から次へと」
第2皇子であるヴィンスは現在成人の儀は済ませていない未成人だ。何故、皇弟であり第2皇子でもある彼が皇太弟かは、ただ単純に前皇帝が退位したのちに即位してまだ間もない若き現皇帝に子がいないせいでもある。
この世界は別世界から見ればとてつもなく長寿らしい。成人は60歳で、それまでは幼児として扱われる。そして大体早い者だと成人後60歳から早々に選定が進められ、一般的には体が成熟し始める100歳過ぎから婚約者が決められていく。
まぁ、それですぐに結婚するかといえばそうではなく、大体の結婚の平均年齢は体が完全に成熟する500歳頃だ。平均寿命が7000歳というこの世界の人間にしてみればそれは特に珍しい事でも何でもない。
暗黙の了解的に婚約・結婚等に関してそんな決まりがあるのは、若すぎる出産は母子ともに死ぬ危険が多く、子が未熟で早死にすることが多かったせいだ。
そして、どんなに政略結婚であろうとも心と体どちらの相性も違い過ぎたりすると、元々長寿ゆえ子が出来にくいこの世で、さらに子が生まれなさすぎると言う事態が起きたことがあるらしい。
その為、婚約期間を長く設けて絆を深めるという事が習慣化されたのだ。
それはさておき、一般の民も下位も高位も貴族に限らず最上位の皇族だろうと未成人が公務するのは暗黙の了解として禁止だ。
だが、今回は皇帝陛下がどうしても動けない為に未成人だとしても第2皇位継承者で皇太弟のヴィンスに白羽の矢が立ってしまったのは仕方のないことだ。
だが――――・・
「まぁまぁ、ヴィー殿下の周りには優秀な者が多いですから大丈夫ですよ」
「我らの部隊も全てが動いている。すぐに片を付けるさ」
「・・・知ってる。俺にお前らを付けた段階で兄上がほぼ終わらせていたようなものだろう」
苦笑した白騎士と呆れをにじませた黒騎士にそう言われ、ヴィンス皇子は不貞腐れた様な顔をして椅子に深く持たれた。
皇帝の影とも呼ばれる黒・紅・白・蒼の4つの色を持つ精鋭ぞろいの騎士達。本当ならば皇帝の側から離れない筈のその中の2色の黒と白の頂点に立つ2人がここにいる事でも分かる事だ。
しかも、4つの部隊の頂点に立つ者はそろいもそろって皇帝の乳兄弟や幼馴染であり、全ての意味最強最悪の騎士集団だ。ヴィンスが生まれる前から、それこそ皇帝が皇太子以前からの仲間達なのだから、人払いされている中では気安くしゃべるのも当たり前なのだ。
そして、皇帝陛下であるヴィンスの兄を始め、姉達は年の離れた末弟を大層可愛がっていると言う事実。部外者に容赦がない事も貴族間では暗黙の了解として広まっている事を皇子も知っている。
心配する事は何もない、と嫌でも理解するだろう。
「・・・あぁ、そうだ。ライ、リアン、俺達に兄上からの内々の依頼がある」
「内々の?」
「僕等はヴァルから何も聞いてない、けれど・・」
現在いるウェストーナは領都であるシュタインヴェルタには遠いが、近隣諸国に跨っている神々の森と呼ばれるオリエントの森に接している。
ウェストーナからバルセまで馬車で大体2時間ほど、そしてシドラニア皇国内であるウェルナール領でオリエントの森に唯一接しているのがこの辺りの場所だ。
「先日、オアリー卿と同じ青の祝福がオリエントの森に降りたそうだ・・・深夜にそれが見られた為と一番多くそれが目撃されたのがクレマーレ国という事で騒ぎにはなっていないが、早急に調べられる範囲で調べて欲しいとのことだ」
皇子のその言葉に、普段そう表情が動かない2人も驚愕をその顔に浮かべる。
「オアリー卿と、同じだと?そんな話聞いていないが」
「俺も兄上から知らされて知った」
「だけど・・・オリエントの森、だよね」
神聖な森と言われている反面、他国では死の森とも呼ばれているオリエントの森は、その地に入るものを選ぶと言われている。
1度入ったら2度と出て来られない者も多いあの森に異世界からの客人が来てしまったとしたら・・・。
「卿と一緒という事は年も幼く戦う術を持たないものの可能性が高い。もうあの祝福が降りてから10日は経つ・・・ウェルナール候が内々に調べてくれていたのだが、未だ何もわからないらしい。だからお前らを付けて俺を来させたのだろう・・・1つ、多少気になる話は侯の報告書に見て取れる」
「なるほど」
「そうだね~・・紅も不在な中で黒と僕をヴィー殿下の護衛に付けたのは、そういうことだろうね」
「・・・その生暖かい目をやめろ!兄上が過保護っていうのは嫌というほど知ってる!!」
それだけ言うと逃げるように椅子から降りて、皇子は窓を開けてバルコニーへ出た。
「兄上に、心配かける気はない。でも、森へ入りはしないが近くまではいく・・・いいな」
「「御意」」
大人ぶっては見せても、ふとした時には子供に戻る愛すべき第2皇子の姿に、跪きながら2人は思わず表情を緩めた。
ようやく彼を出すことができました!
ようやく・・・ここまで長い・・これからもまだ長い(自業自得)
次の更新は年明けになると思います。申し訳ありません!