優しい街と厄介ごと
「わぁ~!ごちそう!」
「おいしそぉ」
目の前に並ぶのは黄色いプチトマトの様なものが乗ったグリーンサラダに、スクランブルエッグ・太めのソーセージの様な肉詰めを半分に切ったやつ・野菜スープ・バゲットの様なスライスされたパンだ。
飲み物は朝に飲むと言われる花茶で、ティン達も普通に飲んではいたけど、ジャスミンティーに近い香りと味だったので私はチェンジしてもらった。
好きな人には悪いけど・・・飲めない事はないけど、私はジャスミンティーが苦手だ。だって、私にはどーーーーしても入浴剤を入れたお風呂のお湯としか思えないから。
フレーバーティーが好きと言っても、私が好きなのはフルーツ系のフレーバーティーで花とかの少し強めな香水っぽい香りのものは苦手だ。
だけど、アールグレイは好き・・・めちゃくちゃだけど、人の好みはそれぞれだしそんなもんでしょう。
デザートとして付いている怪しげな見た目と色の果物に自分は釘づけだったが、ティンとラダは ――自分には―― 一般的な洋食的な朝食に目を輝かせていた。
「・・・?」
2人がご馳走といった朝食に目を向けるが、私には特にご馳走には見えず・・いや、久々のまともなご飯だからご馳走と言えばそう言えるか。
それは置いといて、この世界ではご馳走なのかとカイさん達に視線を向けると、カイさんは目を見開いて、その奥さんであるミーヤさんは両手で口元を抑えてティンとラダの事を凝視している。
「きのーのすーぷもぉ、ぐがいっぱいだったぁ」
「ね!あんなにおいしいすーぷはじめてたべた!」
「「「・・・・」」」
昨夜はここ最近禄に食べてなかったから、急に食べて胃を驚かしてはいけないと思って、念のためにパンとスープって感じに軽いものにしてもらったが・・・ティンとラダにとってはこの普通の朝食に見えるものでもご馳走に見えるらしい。
「ふ・・二人とも、いつものお祈りして早く食べな」
「「は~い!」」
この世界では頂きますの代わりに、世界の父母でもある男神と女神に感謝の祈りをしてから食べるらしく、そう2人を促すと手を組んで少し早口で祈りをささげていた。
「まぁぁ・・お、おかわりもありますからね!」
「たくさん食べなさい!」
「「わ~い」」
「カイさん?ミーヤさん?」と固まっている2人に恐る恐る声を掛けると、ミーヤさんはうっすら浮かべていた涙をぬぐって、カイさんは横に置いてあった果物を二人の前に追加してギュッと拳を握りしめてそう言った。
うん。
うん、だよね。
やっぱりこれは普通の、一般的な朝食なのだろう。
一応確認として夢中で食べている2人を窺いつつこっそりと「これって一般的な朝食ですよね?」と聞けば、「一般的ですし、昨夜に続きまだ軽いものです」と返事が来た。
これをご馳走というティンとラダの今までの食事事情を嫌でも想像できてしまい、カイさんとミーヤさんと視線を合わせて無言で頷きあった。
「お金は・・惜しまないのでたくさん食べさせてください。言ってくれたら狩りでも何でもしてきます」
「えぇ、えぇ・・勿論ですわ」
「今から市場に行ってきます」
手にしたフォークを握りしめて私がそういえば、両手で口元を覆ったミーヤさんが涙を浮かべて何度もうなずき、片手で目を覆って横を向いているカイさんが震えながらそう宣言した。
3人してティンとラダ達の今までの生活への悲しさ・怒り・遣る瀬無さに、これからは!と各々覚悟して、嬉々として朝食を口にしている2人に視線を向けた。
「ん~・・活気良いなぁ」
豪勢なお昼ご飯を食べた後、宿の裏手にある綺麗な庭にて遊んでいたティンとラダがお昼寝したので、預かってくれると言うミーヤさんに甘えて私は2人を預けて街を散策&買い物している。
「あ、あの服良いなぁ・・・男物だけどいいか。買ったれ」
街一番の宿兼食堂と言うだけあって、1階は受付を始めとして馬車置き場や馬小屋に広い食堂など。5階建ての建物で、2階以上は客室と言う感じになっている。私達が借りている部屋は4階の中ほどの部屋。勿論エレベーターやエスカレーターなど無いので、階段移動で運動不足なために息切れします。
そして、宿の裏手は綺麗に手入れされていて、子供が駆け回ることが出来るほどの庭。そして、池を挟んだ奥には倉庫やこの宿で働くスタッフさんの家があるらしい。
「おーアイト!今日は街の散策か?噂のちび共は連れてないのか」
「あ~っと、ラグ・・じゃない、グラさん?お店此処なんですか?」
「おうよ。そうだ、こっち来い!いいもん食わせてやるよ」
カイさんの宿から2本ほど道を挟んだところにあったのは、昨日鹿の様な動物を競り落としてくれた薬師のグラさんの店・・・どっちかっていうとグラさんの見た目は酒場とかやってそうなんだけど、薬師なんだよね?
自分の身長が164cmほどなので、2m近いだろう大柄なグラさんを見上げながらいいもんってなんですか?と問えば、ニカッと良い笑みを浮かべた。
いやいや、答えろよ。
グラさんの後ろをついて行きながらまじまじと観察すると、年は自分と同じ年かそれ前後かなってくらいに見えて、金茶というよりは薄茶の髪は刈り上げられてさっぱりとしていて、凄むと怖いがその目は赤みがかった茶色でとっても温かみがある。
パッと見た感じはまるで鍛え抜かれたイケメン格闘家の様だが、グラさんの性格的には保父さんとか言った方が良い程優しい人だ。
「え~・・・と、ここに入るんですか?」
「良いから来い来い!」
「え、でも・・」
「良いから、良いから!」
こっちに来いって手招きされたので馬鹿正直について行けば、店の横にある扉から確実に一般客立ち入り禁止のプライベートルームに案内された。
「そう言えば、あの2匹はどうなったんですか?」
「もう解体して徹夜で薬を作ったぜ。ありゃ時間との勝負だからな、最高品質の薬が出来たぜ」
ほらあれだ。って指を差されたのは血の色とは違って綺麗なワイン色の液体の瓶と、薄緑色のキラキラ光る液体の瓶だった。
その瓶の横にはあの鹿の角が飾られ・・いや、乾されているのだろうか?
そのまま案内されてリビングっぽいところに入ると、「まぁ、いらっしゃい!」って言ってグラさんの奥さんという薄い空色の様な髪の毛の少し幼い顔立ちの、17・8歳くらいの見た目の女性がいた。
いや、美男美女だとは思うのだが・・大柄なグラさんと小柄な奥さんが並んでいると美女と野獣に見えてしまうが、話を聞いた限りは肉食系奥さんの方が年上らしくってびっくりしたさ。
『これだけ上だ』って言って片手を広げていたので、奥さんはグラさんの5歳上なのだろう。グラさんが自分と同じ28ほどだとしても、この奥さん・・・末恐ろしい童顔!!
勧められた椅子に座って、遠慮なく先ほど買ったちょっとした荷物を足元に置く。
奥さんはお茶を出してくれて、グラさんと何か話しをすると弾んだ声で「待っていて」と言って奥へと消えて行った。
「アイト、時間はあるか?支度にもうちょい時間がかかるとよ」
「問題ないですよ」
行動や言葉は荒々しいが、グラさんは優しい。案内してくれる時も、ティン達の事を聞いたらしくて随分気にかけてくれていたみたいだった。
そして、さっきの赤と緑の薬ってなんの薬ですか?とか、鹿の何が薬なんですか?とかの質問にも嫌な顔せずに答えてくれた。
赤いのは血液増幅や体力回復の様な効果のものらしく、所謂ヒーリングポーション的な物で緑の方は解毒剤だそうだ。どちらも生きているカルガの内臓 ――滅多に生きているものは手に入らない―― が原料らしくて、ショットグラス一杯程度で半銀貨はすると言う高価な薬だそうだ。
年に1回は生え変わるし角は比較的簡単に手に入るらしく、それを使った薬は漢方薬的な感じらしい。
そして、うっかりあの鹿を取ったのがオリエントとかいうあの森だって窓の外を指さして言った私に、グラさんは手にしていたカップを落して・・・暫く固まっていた。
どうしたのかと後々問うと、今は何も聞かずにその話は誰にも言うなと必死で言われたのでそうしようと思う。
やっぱりここは魔法がある世界の為、光魔法のヒーリング的な魔法もあるそうだが、使える人も少ないうえに万能ではないらしい。薬と魔法を組み合わせて色々な治療をすると、うん。詳しく説明してくれたんだけど、私の頭じゃこんだけ理解できれば一杯いっぱいだ。
「肉は基本的に硬くてまずくて食わねーんだけど、その中でも一部だけ食えるところがあんだ。それを仕込んであってなぁ、串焼きにして包んでやっからまってろや・・・それにしてもあの森のカルガとは」
少し遠い目をしていうグラさんに首を傾げるくらいしかできないが、信頼できるって思えるグラさんに言われるならそうしようと思う。
「ご馳走様です。ありがたく頂いて行きますね~」
「おう」
暫くして出来上がった串焼きは、焼き鳥のタレって感じで美味しそうだった。タレの原料が気になるところだが、香ばしい香りは醤油に近い感じだ。調味料として存在しているのかは謎だが・・。
グラさん夫妻に挨拶してまた街散策を始める。
道具屋に酒場に服屋などなど、いろんな店がありウィンドーショッピングもなかなか楽しめる。だが、文字が読めないので何屋か分からないものもあるし大好きな本屋を見つけても一切手が出ないのには涙をのんだ。
と、グラさんからも注意されたので裏路地には近づかないようにしていたが、ふと差し掛かった路地の方から何やらやばそうな声が聞こえてきて反射的に引き返そうとした―――――が。
「イジメ?子供の声?」
そろ~っと壁にぴったりとくっついてその奥の様子を見てみると、蹲ったような何かの塊をガキ大将らしき男の子を中心とした数人の子供が取り囲んで蹴ったり棒でたたいたりしている。
うわぁ~厄介ごとだと思った反面、あり得ないほど悪質なイジメにふつふつと怒りが込み上げてくる。自分は仲間外れに存在無視とかいうイジメをされた経験上、精神攻撃でも肉体的攻撃でもイジメに対しては完全嫌悪で許せない。
「そこ、寄ってたかって何をしてる」
「あぁ?なんだよ!」
「よそものはどっかいけよ!」
子供相手に大人気ないとは思ったけど、同じことを私が思いっきりお前たちにやってやろうか?と石の力を使って近くに積んであった樽を破壊してやったら、子供たちはべそをかきながら蜘蛛の子を散らす様に逃げて行った。
―――――――あ、ヤベ・・・勢い余って壁にも穴開けちゃった。
内心大慌てでワタワタと壊した箱の比較的大きめな板で穴を塞ぎ、四方を確認してさっきの悪餓鬼どもが居なくなったかを確認する・・・のと、誰にも見られていなかったかを確認する。
小心者の私には普段こんなことできるはずもないのだが、魔法が使える異世界って事や大人気ないが子供相手ってところで出来た様なものだ。
「大丈夫?」
周りを気にしつつもゆっくりとボロボロの塊に近づくと、思っていたよりも大きい事に気が付いた。
「・・・」
また子供とか拾ってしまったらどうしたらいいんだ~!!とか思いながらも、そっと近づいて背に手を当てると、分かりやすい程にビクッとして頭からかぶっているフードを握りしめてさらに深く被った。
怪我は?痛いでしょ?血は出てない?と、私からのそんな問いかけに頷くや首を振るという反応だけのその子に、どうしたものかと空を見上げた時だった。
ぐぅぅぅ
「・・・」
「・・・」
「・・・お腹すいてるの?」
互いに沈黙。
そして、私の問いかけにややあって、その塊の頭部分が小さく頷いた。
「今、食べ物はこれしかもっていないけど・・・良かったら食べない?」
ティンとラダに持って行ってやるつもりだった串焼きだったけど、包みを解いてそっと差し出す。
一向に頭を上げようとしなかったけど、お腹の音だけは徐々に増えていく。
「大丈夫だから、ほれ」
「ひっ?!」
仕方がない。とため息を1つついてから、近くにあった箱の上に包みを置いて、私はその塊の脇の部分だと思うところに手を差し入れて持ち上げると、割と可愛らしい悲鳴が聞こえた。
「わ、こら・・暴れるなって。危害を加える気はないからっ」
「う~!う~!!」
「こ、こら・・・落ち着け!!」
ティンくらいかと思っていたこの子は意外と大きかった。
けど、それでも小学生の高学年かな?くらいに見える程度の見た目で、何よりも発育が悪そうで胸が痛む。体は程々に大きいのに・・・確かに力は強い方だが、それでもこんなに軽々と抱っこできるくらいにはこの子の体重が軽い事に悲しさと怒りが湧く。
勢い余って自分の眼の高さまで持ち上げれらて、やや置いてその子は暴れ出す。
落しそうになった為に抱き込む形になったが、暴れて振り上げる手や足がぼかすか当たってちょー痛い!
思わず怒鳴ってしまった私に、その子もビクッとして何とか動きが止まった。
「私の名前はアイトだ。ア・イ・ト・・ほれ、美味いからお前も食え」
ちっちゃな箱の上にその子をおろし、食べなと言って包みを膝に乗せてあげたけど、警戒してか串焼きには手を付けない。当たり前か。知らない人から物を貰ってはいけません、だよね。
安心させる為に名前を名乗ってその子の膝に乗せた串焼きから1本を取って噛り付く、なにコレめちゃうま!口の中でとろける肉って~~~!!
「・・・あい、と・・?」
「ん?ほら、まだ温かいうちに食べなって」
「・・・」
あまりの美味さに悶えそうになったけど、平静を取り繕って箱に座らせたその子の横の壁に背中をくっつけて膝を立てて座り込む。
何度か膝の上の串焼きと横に座り込んでいる私を交互に見て、その子は漸く串焼きに手を伸ばして食べ始めた。
一口・・・二口・・・かじって噛みしめるたび、ぽろぽろと涙を流す。
肉がおいしいっていうのもあるんだろうけど、今まで味わってきたその子の辛さは私には分からない。
「美味しいでしょ?」
「・・・う、ん・・・うん、うん」
「良かった」
嗚咽を我慢するように、その子は片手で目を擦りながら・・・手にした串焼きを食べ続けた。
また子供が1人・・・。




