第7話 救いの手
ドミネイトウルフとの死闘から三日が経った。
戦いで受けた傷や【英霊召喚】の反動から来る疲労はほぼ回復していた。
この三日間宿と図書館との往復しかしていなかった。
何か帰る為の手掛かりでも有れば良いと思って行っていたが、何も見つける事は出来なかった。
傷も癒えたし、そろそろ冒険者業に復帰するべきだろうな。
当面の目標は、冒険者としてのランクを上げて、大陸を渡る船に乗る事なんだから。
今でもあの戦いを思い出すと足が震える。
だからと言って立ち止まっている訳にはいかないんだ。
自分に気合いを入れる様に、両の頬を叩いた。
ギルドに向かおう。
何か考えるにしても、先ずはそれからだ。
ギルドに着くと、何人かの冒険者がカウンターへと詰め掛けていた。
何かあったんだろうか?
流石に気になったので、近くにいた冒険者に声を掛けることにした。
「凄い人だかりですけど、何かあったんですか?」
「あぁ、街の近くでダンジョンが見付かってな。もうすぐダンジョンのランクが発表されるってんで皆沸き立ってんだ」
「ダンジョン…ですか?それのランクの発表て何なんですかね?」
「お前冒険者の癖にダンジョンの事も知らねーのか?」
驚いた冒険者だったけど、渋々ダンジョンについての説明をしてくれた。
ダンジョンってのは突如現れる、大量のモンスターが闊歩する迷宮らしい。
魔力の元となる魔素が濃くなると、それは周囲の地形を変えてダンジョンになる。
ダンジョン内は、幾つかの階層に分かれていて、奥へと進む度に魔素が濃くなって、それと同じ様に魔物も強くなっていくらしい。
そして最下層まで辿り着くと、ダンジョンを守護するガーディアンがいる。
それを倒して魔石を回収すると、ダンジョンは消滅するらしい。
分かっているのはそれ位で、ダンジョンは今だに謎だらけで、学者達が日々研究を続けているらしいとの事だ。
「それとな、ダンジョンにいる魔物からは良質な魔石が取れるから、良い金になるんだ。だから今回現れたダンジョンのランクを皆早く知りたいのさ。自分でも入れるランクならとっとと突撃するつもりだろうな」
「冒険者ランクと同等のランクのダンジョンにしか入れないって事ですか?」
「入れない訳じゃねーがな、自分のランクより高いダンジョンに入れば間違いなく死ぬ。ダンジョンってのはそれだけ危ない場所なのさ」
「恐ろしいですね……お金の為とは言え無理に行く必要はない気がしますが」
「だろーな、だけど他にも理由はあるさ。ダンジョンの最下層にいるガーディアンを倒せば無条件で冒険者ランクが1つ上がるってオマケ付きだからな」
「なっ?!本当ですか?」
「それも知らねーのかよ。まぁ本当だが、ガーディアンはめちゃくちゃ強いからな、そう簡単には倒せねーよ」
冒険者のランクを上げる近道はダンジョン攻略か。
いやいやいや……自ら死地に赴く様な事しちゃ駄目だろ。
死んだら元も子も無いんだから。
取り敢えずクエストボードでクエストの確認をしよう。
何か良いのがあれば良いんだけど。
討伐討伐討伐討伐………どれだけ探してもDランクのクエストが討伐ばっかりなんだけど。
今回位は危険の少なそうなクエストにしようと思ったんだけどな。
……はぁ……自然と溜息が漏れていた。
「君が上位種を倒した新人冒険者かな?」
赤く燃える様な色な長い髪の女性が目の前にいた。
「へ?」
「だから、君が上位種を倒したんでしょ?」
「あっ!ドミネイトウルフの事ですか?あれは運が良かっただけです……」
「運が良いだけで上位種に勝てるとは思えないんだけどな。っと、それより君にお願いがあるんだけど良いかな?」
「お願いですか?」
「 先ずは自己紹介からするね。私の名前はアンリよ、宜しくね」
「俺の名前は宏太です、宜しく」
「宜しく宏太、それでお願いなんだけど、私と一緒にダンジョンに潜って欲しいの!」
はっ?ダンジョン?さっきダンジョンには無理に行く必要ないって決めたばっかだぞ。
行かない行かない、行く訳が無い。
「申し訳無いんだけど、無理かな」
「えっ?!どうしてよ?!今回のダンジョンはDランクって発表されたんだよ?行かない意味がわからないよ」
「無理に危ない橋を渡る必要が俺には無いんだよ。無難にクエストをこなそうってさっき決めたばかりなんだ」
「なっ?!君本当に冒険者なの?」
「駆け出しだけどね…」
「どうしよ……頼れる人がいないのに……」
アンリが小さな声で呟いた気がした。
「俺以外の冒険者じゃ駄目なの?」
「私の目的はガーディアンを倒して魔石を手に入れる事だから、強い人じゃないと意味が無いの」
「ガーディアンを倒すって事は、ランクを上げるのが目的なの?」
「違う!!私にはお金が必要なの……」
そう言うとアンリは下を向いてしまった。
「あのさ、そこまでお金が必要な理由を教えてくれないかな?」
「友達が…ううん、私の親友が奴隷商に売られちゃったのよ!!彼女を助ける為には直ぐにお金が必要なの」
「奴隷商に売られた?意味がわからないんだけど?」
「意味が分からないって何よ……売られたのよ親に……」
アンリの瞳は、直ぐにでも泣き出してしまいそうな程赤く充血していた。
「私の親友のイリーナの親はね、ギャンブルが大好きで借金塗れの最低な男なのよ。それを少しでも返そうとイリーナは必死に働いていた。だけど女の子1人の稼ぎ何てたかが知れてるわ。借金は日に日に増えていった。数日前に、金貸しがイリーナの家に来てね、イリーナを渡せば借金をチャラにしてやるって言ったのよ。イリーナは凄く美人だから、売ってお金にするつもりだったの。そしてイリーナのお父さんはイリーナを渡した。何の躊躇もせずに。彼女はそのまま金貸し伝いに奴隷商に売られたわ。もしもイリーナが変な奴に買われたら何をされるか分からない。だから誰かに買われる前に私がイリーナを買って奴隷から開放しなきゃ駄目なの良っ!!」
決意に満ちた瞳が俺を睨み付けていた。
「酷い話しだね……まさか自分の子供を売るなんて」
「こんなの酷過ぎるでしょ!」
肩を震わせてアンリは泣いていた。
何でか分からないけど、そんなアンリの姿に俺も少しだけ泣いてしまっていた。
悲しいとか、可哀想とかそんな気持ちじゃない。
勿論その気持ちが無い訳じゃ無い。
俺の涙の理由はきっと、悔しいからだ。
イリーナさんを助ける為に一緒に、一緒にダンジョンに潜ろうと言えない自分が情けないからだ。
俺は恥ずかしい程に臆病者だ………
「ははは……急にこんな話しをされて困ったよね。ごめん、もう大丈夫。自分の力で何とかしなきゃ駄目だよね」
そう言うと、俺に背を向けて走り去ってしまった。
本当にこれで良かったんだろうか。
周りに気を使える程俺は出来た人間じゃない。
だけど泣いてる女の子を見捨てる程に男として腐っているのか?
自分の手の平をじっと見つめ、そして軽く握った。
助けようアンリを、そしてイリーナさんを。
何処まで出来るか分からないけど、ここで彼女達を見捨てるのは違うと思う。
瞳に少しだけ溜まっている涙を拭い、俺はアンリを追い掛けた。
ギルドを出て、門の方に走って行くとアンリの後ろ姿が見えた。
「アンリ!待って!」
俺の呼び掛けに気付いたアンリが足を止めた。
「え?宏太?どうして?」
「何で1人で向った?他の冒険者について行っても良いだろ?」
「私の冒険者ランクはEなんだよね、そんな弱い奴を連れて行ってくれる程冒険者は優しくないよ。宏太にも秘密にしてたんだけどね。最低だよね私……」
「イリーナを助けたいんだろ?その為に隠したんなら仕方無いさ。」
「宏太……ありがとう」
またアンリは泣いてしまった。
「力になれるかどうかは分からないんだけどさ、一緒に行こうかダンジョンに」
「え?良いの?私凄い弱いよ…」
俺は少し前の事を思い出していた。
弱くて足でまといの俺を助けてくれた二人。
どれだけヘマをしても見捨てずにいてくれた二人。
敬愛と楓さんならきっと、アンリを見捨てない。
次は俺が手を差し伸べる番だ。
下を向いているアンリに右手を差し出した。
アンリは不思議そうな顔をしながら俺に視線を向けたが、それを笑顔で返すと、アンリも又笑顔になり俺の手を握った。
握手なんて生まれて初めてするかもしれない、だけど悪く無いな。
「先ずはさ、ダンジョンに行く為の準備をしようよ。焦っても良い結果何て出ないだろうからさ」
「うん…だけど、他の冒険者に先を越されないようにはしたい」
「分かったよ。なら急いで準備だ」
俺達は準備を急いだ。
治療薬に携帯食料、簡易のテント何かを買った。
それなりに痛い出費だったけど、仕方ないさ。
「準備は良い?」
「大丈夫だよ」
俺は異世界に来てから初のダンジョン攻略を開始した。
ダンジョンは、街を出て西に四時間程歩いた場所にあった。
初めて見たけど、少しだけ入口付近の空間が歪んでいるように見えた。
「行こう宏太。少しでも急ぎたいの」
「だねっ、行くか」
躊躇する事無く、ダンジョンへと足を踏み入れる。
ダンジョンに入って直ぐに見えて来たのは、怪我をした数人の冒険者だった。
「あの人達私と同じEランクだよ、多分数さえ集めれば行けると思ったんだと思う」
「俺達も気を付けないとな、いつ何があるとか限らないし」
そして又足を進める。
少し進んだ所で魔物の気配を感じて足を止めた。
「何体かいるみたいだな」
「うん、頑張る」
「先ずは俺が出て様子を伺うからアンリは待機ね。何かあったら宜しく」
俺の言葉に少しだけ安堵していた。
覚悟を決めてダンジョンに来たと言っても怖い物は怖いんだろう。
勿論俺も怖いけど………
息を殺し進んで行くと、数体のオークがいた。
こちらには気付いている気配が無い。
気付かれる前に殺る。
剣を勢い良く抜くと、そのまま駆け出した。
オークに接触する瞬間に跳躍し、そのままオークを十字に斬りつける。
一体のオークは悲鳴を上げる暇さえ無く絶命した。
そのままスピードを落とす事なく次々にオーク達の命を奪った。
1分も経たない内に、五体の死体が転がっていた。
「凄すぎだよ……」
アンリが驚きの表情を浮かべながら言っていた。
「いやー、オークとの戦いは慣れてるだけなんだよね」
慣れてると言うか、慣れるしか無かったと言うか。
オークから魔石を回収した俺達は、又ダンジョンへの奥へと進む。
奥へと進む度に怪我を負っている冒険者や、奥から逃げてくる冒険者に何度も遭遇した。
そして三階層まで進んで来た。
此処に来るまでに出会った魔物は、オークやゴブリンソルジャー、コボルト何かの亜人種ばかりだった。
「私何にもしてないね…ごめん」
「いやいや、気にしなくて良いから。魔石の回収とか治療薬の管理なんかも大事な仕事だから」
「………ありがと…」
逆に落ち込ませたきがする。
………あぁ、女心は難しい………
そして四階層辺りからダンジョンは、その色を変え始めた。
魔物達の強さが明らかに上がっていた。
強さと言うよりは、連携と言えば良いのかもしれない。
「おかしい、何で魔物なのにこんな統率の取れた動きをしてるだ?」
「多分群れのボスがいるんだよ、上位種とまではいかないけど、通常種よりは優れた個体の筈」
上位種じゃないなら何とかなるか、見つけ次第狙うしか無いな。
単体では弱い魔物でも、数が集まればそれなりには苦戦する。
だが、只数が多いだけなら何とかなる、それにプラスアルファで統率が取れているとなるとなかなかに厄介だ。
最初は後ろで待機していたアンリも、今は弓を取り出して援護してくれている。
自分の事を弱いEランク何て言っていたが、アンリの弓の腕は確かなものだった。
俺の死角から襲い来るゴブリン達を確実に射抜いていた。
何十体もゴブリンを斬った先に、明らかに普通のゴブリンとは様子の違う個体が目に入った。
鑑定をその個体に使うと、予想通りの結果が出た。
Name:ゴブリンキング Lv.21
ゴブリン達の群れのボス。
特殊な力で数多くのゴブリンを従わせ、自分の指揮道理に働かせる。
通常のゴブリンより知能が高く、臆病。
弱点:近接
ビンゴっ!アイツだ。
俺は勢い良く地面を蹴ると、ゴブリンキング目掛けて直進する。
他のゴブリン達の攻撃を軽くいなしながら、スピードを殺すこと無くゴブリンキングの目の前に立つと、そのまま首を斬り落とした。
ゴブリンキングを倒すと、統率の取れていた動きがまるで嘘の様に普段道理の適当な動きをし始めた。
後はそれを狩るだけだ。
「アンリ大丈夫だった?」
「大丈夫だよ、それより宏太一人で突っ走るのは流石に危ないから次からは気を付けてね」
心配して近付いたら説教されてしまった。
「それよりも後どれ位だろう?結構深くまで来たと思うんだけどな」
「Dランク指定のダンジョンだから10階層以上は無い筈だからもうそろそろだと思う」
「そうなんだ、Dランクは10階層以上無いのか。今が5階層だから、もしかするとまだ半分かもしれないのか」
薄暗いダンジョンの中で、魔物とばかり戦っていると精神がゴリゴリと削られて行く感覚がある。
もしも一人だったら直ぐに帰っていただろうな。
「とにかく、先を急ごうか。」
アンリに言うと共に、俺は自分にも言い聞かせていた。
6階層7階層と進んで行くと、他の冒険者とすれ違う事も無くなっていった。
まだ攻略されていない事を考えるに、この階層まで到達している冒険者が俺達以外にはいないのかもしれない。
そんな事を考えている内に8階層に降りる階段を見付けた。
「そろそろ最下層に辿り着いてもおかしくないんだ、気を付けよう」
俺の言葉にアンリは頷き、治療薬を渡してくれた。
それを一気に飲み干して階段を降りた。
階段を降りた先は、明らかに他の階層とは違っていた。
開けただだっ広い空間、その中心に魔法陣の様な物が描かれていた。
「何だ此処は?」
「多分此処が最下層だと思うよ、気を付けて」
アンリが言った瞬間だった。
目の前の魔法陣が眩い光を放ち始めた。
「何だこれ?!どうなってる?!」
「私にも分からないよ!ダンジョンに潜るのは初めてなんだから!」
そして魔法陣から放たれる光が収束していく。
そこにはさっきまで無かった物があった。
いや、いなかった者がいた。
「グルルルル……グガァァァァ!!」
魔物の方向が空気を揺らす。
そこにいたのは、赤い表皮に大きな1本の角、4mは有りそうな身体にゴツゴツした筋肉を身にまとった鬼の様な魔物だった。
「うそ………」
アンリの声が耳に入り視線を向けると、顔が真っ青になっていた。
「どうしたアンリ、顔色が悪いぞ」
「あれはオーガだよ……上位種なんだよ!!」
「なっ?!」
上位種だと?ドミネイトウルフ級の魔物って事か?!
「おかしいよっ?!Dクラスのダンジョンに上位種何て居るはず無いのに!!」
アンリは正気を保っていられない程に動揺していた。
「落ち着けアンリ!冷静さを失ったら駄目だ!」
俺の言葉はアンリに届かない。
膝から崩れ落ちたまま動かなくなってしまった。
「イリーナを…イリーナを助けるんだろ!!」
「あっ…イリーナ…そうだ、イリーナを、イリーナを助けなくちゃ…」
震える足、涙に滲んだ瞳、恐怖に押し潰されそうな心。
それでもアンリは立ち上がった。
友を、親友であるイリーナを助ける為に。
「よしっ、離れてろアンリ。巻き沿いにしかねない」
アンリを戦わせる為に喝を入れたんじゃない、巻き添えにさせない為だ。
この力の、【英霊召喚】の。
「でもっ、わたしも戦う!」
「駄目だ、戦っても死ぬだけだ。だから此処は俺に任せて離れてて」
恐怖が無いと言えば嘘になる。
【英霊召喚】を使えば間違い無く勝つ事ができるが、反動で自分自身がどうなるか分からない。
だけど迷ってる暇は無い、俺には選択肢何て最初から一つしか無いんだけ。
【英霊召喚】
呼び出す英霊を選択して下さい
・ゲオルギアス
ドラゴン殺しの英雄 消費MP500
・シグムント
屈強な肉体を持つ英雄 消費MP500
どちらを選んだら良いのかなんて分からない、前はゲオルギアスだったんだ。
なら次はシグムントだ。
俺はシグムントを選択した。
そして暖かい光に身体が包まれていく。
「へぇ、君が僕の宿主かい?」
「またこのパターンか……」
「また?あぁ、君は僕以外を召喚した事が既にあるだね。ワーオ、それで生きてるなんて凄い生命力だね」
「死にかけましたけどね……」
「それでも生きているなら十分さ、僕達の力は人間にはちょっとばかり強大過ぎるからね」
「今回もヤバイですかね?」
「生きていたらラッキー位に考えて貰えると有難いかな」
「そこを何とか……」
「ふふっ、嘘だよ。僕は優しいからね、久し振りの宿主何だ。もっと楽しませてもらうつもりだよ。だからちゃんと壊れない様に動いてあげるよ」
「何だかんだで英霊さん達って優しいですよね」
「それはどうだろうね、宿主が死ねば又退屈な日々が始まるからね。それだけは避けたいだけかもしれないよ」
「それで十分です」
「ふふっ、なら早速あの怪物君を叩きのめしちゃおうかな」
シグムントの魂が淡い光になり、俺の中に入って来た。
全身を駆け巡る力、徐々に熱を帯びていく血液。
そして全身を襲う激痛。
ちくしょうっ…この痛みはやっぱあんのかよっ!
そのまま俺の意識は肉体の外側へと切り離された。
シグムントの入っている自分を見ると、赤いオーラの様な物が全身を包んでいた。
あれは何だ?
疑問に思っていると、オーガが拳を振り上げて殴りかかって来ていた。
巨体から繰り出されたとは思えない程のスピードだった。
「ん〜、弱いなぁ」
シグムントはニヤッと笑い無防備なままその拳を受けた。
嘘だろおいっ?!俺の身体大丈夫かよっ!
凄まじい衝撃に砂埃が上がり、どうなっているのか見えない。
クソッ?!何が英雄だよ!ただ攻撃受けただけじゃないか!
そして砂埃が晴れて行く。
その中に俺はいた。
正確には俺に入っているシグムントがだ。
オーガの拳はシグムントから放たれる赤いオーラに止められていた。
「弱いなぁ…そんな拳じゃ何百発打とうが僕に傷一つ付けれないよ」
オーガはシグムントに馬鹿にされているのを知ってか知らずか分からないが、次々に拳を繰り出し始めた。
「ふぁ~、飽きたよ君には。バイバイ」
欠伸をしながら右手を前に突き出すと、身体の周りを包んでいたオーラが拳に集まっていくのが見えた。
そしてそのままオーガに向け拳を突き出した。
赤いオーラを纏う拳は、オーガの体に大きな風穴を開けていた。
何が起きたのか分からかい、一つ分かる事は、やっぱりこの力は恐ろしいって事だ。
シグムントの一撃を受けたオーガは、目から光を失い絶命した。
それを確認すると、俺はそのまま自分の体に引き寄せられた。
「グアァァァァ!」
身体に戻るなり、余りの激痛に叫んでしまった。
「宏太!!どうしたの?大丈夫なの?!」
「俺は大丈夫だから、早くオーガから魔石を」
精一杯の強がりだ、本当は泣き叫びながら転げ回りたい。
アンリは俺の言葉に頷くと、オーガの魔石回収を始めた。
その間に、1本だけ残っている治療薬を飲んだ。
気を紛らわせる位にはなるだろう。
魔物から受けた傷より、自分の力で受けた傷の方が酷いってどうよ………
「終わったよ宏太、本当にありがとう。」
「うん、気にしなくていいから。これでイリーナさんを助けられるね」
「うん!何もかも宏太のお陰だよっ!……それよりも宏太……さっきのは一体?」
これもしかして【英霊召喚】の事聞かれてる?
「さっきのって何の話しかな?」
「急に赤い魔力で身体を覆ったと思ったら、口調まで変わってたし……」
「とりあえずさ、出ようよ。ガーディアンを倒したらダンジョンは消えちゃうんだよね?街に戻ったら説明するからさ」
「うん、分かった。辛そうなのに変な事聞いてごめんね」
俺はアンリの肩を借りて、ガーディアンが現れた魔法陣の真ん中に来た。
「ガーディアンを倒したら、この魔法陣で外に出られるらしーんだよ。便利だよね」
魔法陣は光を放ち、俺達を包んだ。
目の前が真っ白になった瞬間、目を開くとそこはダンジョンの入口だった。
「お前らどっから来やがった?!」
急に現れた俺達に驚いた冒険者が声を掛けてきた。
「ガーディアンを倒したんで、魔法陣を使って帰って来ました」
「「「なにー?!」」」
そこにいた全ての冒険者が驚きの表情と共に叫んだ。
他にも何か言ってるみたいだけど、今は聞いていられる程身体が元気じゃない。
悪いとは思いながらも、街への道を急いだ。
重い体を引きずりながら、アンリの後に付いて歩いた。
今は何が来ても負ける自信があるからだ。
そして数時間の道程を経て、俺達は街に戻って来た。
「辛そうな所悪いんだけど、ギルドに向かっても良いよね?」
「勿論、早く行こう」
本当は早く治療院に行って治療してもらいたいけど、俺はどちらかと言えば空気は読める方だ。
イリーナを早く助けたいアンリを止める事何て出来る訳がない。
ギルドに着くなり二人でカウンターに向った。
「あれ?宏太じゃないか!えらくボロボロだね」
俺に優しく声を掛けてくれたのは、パトリックさんだった。
「はい、ちょっとダンジョンに潜ってまして。それで、魔石を買取してほしいんです」
パトリックさんは「喜んで」と、笑顔で言ってくれた。
俺達はダンジョンで手に入れた魔石と、ガーディアンから取って来た魔石をカウンターに置いた。
「これは?!オーガの魔石かい?!」
「はい、Dランクダンジョンのガーディアンがオーガだったんですよ」
「そんな馬鹿な……Dランクのダンジョンに上位種がいるなんて。だけどこの魔石があるって事は本当なんだろうね。取り敢えず無事で良かったよ」
そう言うと、魔石を持って奥へと入って行った。
「幾らになるだろーね?」
「イリーナを助けるには5000ミルド必要なの…最低でもそれだけはあってくれなくちゃ困る……」
5000?!めちゃくちゃ大金じゃないか。
奴隷ってそんなに高いのか。
俺がブツブツ言っていると、奥からパトリックさんが出てきた。
「二人共、これが今回の買取額だよ」
パトリックさんから渡された袋に入っていたのは、6000ミルドだった。
「なっ?!こんなに!」
「足りる、足りるよ宏太!これでイリーナを助けられる!」
「なら早く行ってあげなよ、イリーナの所にさ」
俺は袋事アンリに渡して、イリーナの所に向かう様告げた。
「ありがとう、ありがとう宏太。絶対にこの俺はするからね」
満面の笑みを浮かべたアンリは、そのままギルドから走り去って行った。
「あんな大金渡しちゃうなんてやるねぇ、色男」
「元々そう言う約束でしたから…」
「ふぅ、取り敢えず宏太。ギルドカードを出してくれるかな?ランクアップの更新を行うよ」
そう言えばガーディアンを倒せば無条件でランクが上がるんだった。
うん、今回はこれで十分だ。
「はいっ、終わったよ。Cランク昇格おめでとう宏太。先ずは何より治療院に行く事をお勧めするよ」
パトリックの言葉に、忘れていた全身の痛みがぶり返して来た。
「それでは……行って……きます」
「ははは、もう無茶したら駄目だよ」
治療院へと向かう道中、アンリの姿が見えた気がしたので振り返った。
そこにはアンリだけじゃ無く、空のような澄んだ水色の髪に、ルビーの様な赤い瞳をした綺麗な女性がいた。
「この子がイリーナ?」
「宏太!うん、そうよ。イリーナ、この人が貴女を助ける為に戦ってくれた、冒険者の宏太よ」
「宏太さんですかぁ、有難う御座います私なんかの為にぃ」
何だこのなよなよした喋り方は。
「いやー、無事で何よりです。俺は治療院に行くからさ、二人は積もる話もあるだろうし又ね」
二人別れ治療院へと向かおうとしたら、急に腕を掴まれた。
「へ?」
「私のせいで怪我をされたんですよねぇ…どうか私に治療させて下さいぃお願いしますぅ」
「イリーナ治療士としての腕は確かよ、イリーナに治療させてあげてくれないかな?」
「えっ、あぁ助かるよ。お願いしますイリーナさん」
「イリーナで良いですぅ、それじゃ始めますねぇ」
イリーナが呪文を唱えると、暖かい光が身体に降り注ぎ、痛みが引いて行った。
「凄い、これが治癒魔法か」
「これ位しかできませんけどぉ、お役に立てたなら嬉しいですぅ」
「ははは、いやー本当に助かったよ。有難うイリーナ」
「はわわわわぁ〜」
妙な奇声を発するイリーナの顔は、何故か真っ赤だった。
「それとね宏太、お礼の件なんだけど」
「良いよ良いよお礼なんか、俺がしたくてやっただけだから」
「やっぱり、宏太って不思議な人だよね。ダンジョンには行かないって言った時の宏太は凄く臆病な顔をしていたのに、いざ潜った後は先陣をきって魔物に突っ込んで行く、そしてあの力……」
やっぱり忘れて無かったのか……
「お礼……ううん、そうじゃない。もう一つお願いを聞いてくれないかな?」
「えっ?!まだ何かあるの?!」
「図々しいって言われるかもしれないんだけど、私とイリーナを宏太のパーティーに入れて欲しいの」
「は?」
「やっぱり駄目かな?」
「ダメですかぁ宏太さぁん……」
「いや、駄目とかじゃなくて何で俺とパーティーなんか」
「宏太と一緒にいたら強くなれる気がするの、今は弱くて約に立てないかもしれない。だけどいつか強くなって、きっと宏太の役に立から。その時初めて宏太にお礼が出来ると思うの」
「私もですぅ」
「俺自身そんな強くないんだけどな……」
確かに一人は寂しいけど、女の子を二人守りながらクエスト何かこなせるかな……
「絶対に強くなるから!お願いしますっ!」
「お願いしますぅ」
必死に頭を下げる二人を突き放す事なんか出来る訳無かった。
「うっ……どうなるか分からないけど、当分の間一緒に頑張ろうか」
「「はい(ぃ)っ」」
こうして、アンリとイリーナの三人でパーティーを組む事になった。
これからどうなるか分からないけど、俺も強くなって二人を守らないとな。
新たな決意と共に、宿へと帰る事にした。
誤字がありましたら教えてください。