神託(自称)との遭遇
「ゴロゴロ」「ゴロゴロ」「ゴロゴロ」
眠りかけた脳が、ギリギリのところで荷馬車の走る音をとらえる。暫くしてはっ、と覚醒し慌てて手綱を握り直す。
かれこれ一時間ほど、俺こと李峨雪哉はこの一連の動作を繰り返していた。俺が今やっている、どこぞやの大商人の商品運びの仕事は、払いはそこそこあるものの、問題がひとつある。
そう、眠くなるのだ。時間帯が深夜の上に、延々と真っ直ぐな道を走り続けるのである。荷馬車特有の振動も相まって、眠くてたまらなくなる。
いっそ眠ってしまおうとも何度も思った。この荷馬車を引く馬は、しっかり飼い慣らされているので、ぶっちゃけ手綱無しでも目的地につく。しかし、そうは問屋がおろさない。この辺りには希に悪戯好きの妖精がでる。つい先日も同僚が居眠りのせいで妖精の盗みに気付かず、チーフに大目玉をくらっていた。
ぶるり、と背筋が震え、妖精か!?と思いあたりを見回そうとして思い止まった。よくよく考えれば俺は夏用の薄衣姿なのだった。今はもう9月。昼は暑くても、夜は肌寒くなる季節だ。
『うー、流石にそろそろ寒くなってきたな。…振り時計、振り時計っと、…あれ、どこおいたかな。』
馬鹿でも気の置けない同僚であり、友人のチトセ
から貰った、振ることによって時刻を確認できる旧式の振り時計が見当たらない。がさごそ、と手綱を離して本格的に麻袋をあさり始める。暫くしてチャリ、という感触を指先が捉えた。
『…あった、』
安堵の息を吐きながら、旧式の癖にやけに繊細な鎖を傷つけないように、ゆっくりと振り時計を取り出した。やっぱり重たくても仕事中は首にかけとこう、などと思いながら、首にかかった振り時計を振る。黒い銅板が、暫く銀色に点滅し、水の中から文字が浮き上がるようにして表示される。
俺が最新式の振り時計を持っているにも拘わらずこの旧式の振り時計を使うのは、友人からの贈り物だというだけではなく、この、最新式にはない文字の表示の際の独特な感じが好きだということもあった。
『んーー!あともう少し!頑張りますか!!』
三時間近く座っていたためにガチガチになった体を解すように背伸びをする。振り時計が正しければあと四十分で目的地、ダダンナの街につくはずだ。
街に着いたら報酬を貰って、空飛び社の「飛び籠」(エアネット)にのってパタンゴの町に帰ればいい。正直言って、飛び籠をのせる飛翔龍はあまり滑らかに飛べる種族ではないので、出来ればお世話になりたくないが、馬で走って三時間の距離を十五分である。背に腹はかえられない。時は金なり、だ。それにしても、
『しっかし、あー、ホントなにもねーなー』
そうなんだ。俺がこの仕事を始めてはや二年。不気味なまでに何もない。誰にも会わないし、事故も盗みもない。昼間も、パタンゴの町はいつも平和で、ときどきガキが市場で何かをくすねるくらい。それでさえも半年に一度あるかないか。いっそ、
『妖精でも出てきてくれたら、ちっとは面白いんたけどなぁ~』そのとき、
「ぎゃああああああああああっ!!!!、」
と、悲鳴が。
『なっ、どこか「よけろオオオオオ!!」
後頭部に、何かがぶつかり、俺の記憶はそこで途絶えた。
「…ぃ、おーい、おきろー。っち、おきねーな。これは殴って起こすしか『うわっ、ちょ、ごめんなさい起きてます!』
あまりにも不吉な発言に、思わず狸寝入りをやめてしまった。因みにこの狸寝入りは、もし盗賊におそわれていたらと考えての行動だったのだが、しかしこれが不毛な行動だったことを、俺は強制的に思い知らされた。なぜなら、目の前にいたのは綺麗な白髪が特徴的な、可愛い女の子だったのである。
「ったく、起きてんなら反応しろよな。殴り倒すところだったじゃねーか。」
と、見た目に反して粗雑な口調で俺を詰る女の子。あ、だけど声凄くキレイだなぁ、などと考えていると、
ガンッ!!
頭を思いっきり殴られた。
『ぁぐっ、』
え、俺なんで殴られたの?神様これはひどくねぇすか。
「お前、変なコト考えたろ。」
『いってー、…いやいや誤解ですって。声凄くキレイだなぁ、って、思っただけですよ。』
「それが変なコトだってんだよ。」
『んな理不尽な。…っていうか、あんただれっすか?』
「ん?あぁ、自己紹介、まだだったね。私の名前は二色神夜。ウェンブリドンの森で育った神託で魔女。さっきは悪かったね。この辺は初めてで気流を読み違えてしまって、この荷馬車に墜落した次第なんだよ。」
『いえ、別に荷馬車が止まった訳じゃないんで。ぶつかったのも気にしてません。』
…って、まてよ。
『…神託!?まじで!?』
「う、うん。そうだけど。」
『…いやいや、神託っつーのは、神との架け橋であり、神の力を使う神の移し身のことだぞ!?お前みたいな可愛いけどフツーの女の子が神託な訳ないだろ!?』
「はあ!?テメぇこそ何言ってんだよ!?私が神の寵愛を受けているという事実を否定すんの!?」
『…いや、そういう訳じゃ…』
あまりの迫力に思わず逃げ腰になる。いや確かにイメージと違いすぎるあまりに否定から入ってしまったのはよくなかった。考えればこの、俺と同じくらいの女の子が神託である可能性もゼロではない。
寧ろ、上質な生地でできていそうな白のマント、マントの両端を鎖骨の中心辺りで留めて、体に布を巻くような形になっている上着や、帯と一体化したような形のミニスカート、唯一例外として白ではなく真っ黒いパンプスなどの服飾品の作りや素材が上質であることから考えると神託である可能性は非常に高い。
と、そこまで考えたとき、逃げ腰になってしまったのにも拘わらず追撃が来ないことに気がついた。
横を見ると、神夜はなにやら難しい顔で正座のまま夜空をみていた。不思議に思って、手綱を握ったまま、御者席の壁に凭れていた姿勢から、ちゃんと真っ直ぐ座り直した。姿勢を正しながら振り時計を見ると到着予定時まであと十六分。もう少しで街の灯りが見えてくるだろう。神夜と同じように夜空を見上げたが、特に異変はない。
『神夜さん、どうしたんですか?』
「……タメでいい。」
『えっ、と、神夜どうした?』
「…この荷馬車、どこにいくんだ?」
『この先の、ダダンナって商業の街にいくけど。』
「…ねぇ、頼みががあんだけど。そのまちまで乗せてってもらえない?」
『おう、どうせあと少しだからいいけど。あの街に用があんの?』
「んにゃ、ホントは、西の波止場って町に行きたいんだけど、さっきもいった通り、この辺は初めてで、まだ空気にもなれてないから魔術が使えないんだわ。」
『あぁ、成る程。…じゃあ、あと少しですけど。』
「おー。とりあえず、あと少しよろしく!!」
…こうして俺は、神託(自称)と、人生初の遭遇を果たした。
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『あ、俺は李峨雪哉。』
(まだ名乗ってなかった。)
「おー、じゃあユッキーだな。」
「宜しくユッキー。」