幽学生
その小学校には居ないはずの学生がいるのだという。深夜音をたててプールを泳ぎ、学校の中を走り回り、色々な場所で扉や壁を叩く、見えない学生。写真を撮ると一部だけが映り込み、決して全身は映らない。それは七不思議の一つとしてずっと怖がられていた。
雨露が地面を打ち、ばちばちと音を立て、水煙をあげていた。遠雷が唸りを上げ、雨足は徐々にその強さを増していく。
窓の外、雨の下を、鞄を傘の代わりにして人が走り抜けてゆく。その目的地とは、今僕がいる場所、住宅街の外れに佇み、川裾にこの地区で一軒だけその姿を見ることができる居酒屋で、名前は「楽庵」だ。
ガラガラと音を立ててなる戸が開き、待ち合わせの最後の一人が店に足を踏み入れた。
「ごめんごめん、一旦家に帰るだけでまさかこんな雨になるとは思わなくてさ」
そう言って彼は濡れた鞄を払い、肩や頭をハンカチで軽く拭き、席に腰を落ち着けた。
僕は一年振りに顔を並べあった同級生と共にその店の一角に座していた。卒業から毎年企画されている同窓会、今年もあの頃と変わりのない友人達が顔を並べている。
僕らの通った学校は生徒数がどちらかと言えば少なかった。同学年は七十人程で、クラスは二クラス。クラス替えは六年間の間で、三年生の頭に行なった一度きりだった。
今日集まったこの顔ぶれは、その三年時のクラス替え時からずっと時間を共にした、クラスメイト達だ。仲のいい、とても協調性のあるクラスだった、それは今でもかわりがない。
数年の間苦楽を共にした仲間たちだ。でなければこんなに長い間、毎年止まることなく同窓会が続かないだろう。何にしても今回は特別だった。十年前に埋めたタイムカプセルが掘り起こされたのだ。未来に向けた自分への手紙がそれぞれの手に渡っていた。
「みんな成長したよなあ。手紙書いたあの頃とは時代が変わったから、やっぱり十年間の重みは違うねえ」
「馬鹿言わないでよ、変わったのは外見が少しだけでしょ、中身はみんな変わってないよ、あの頃からさ」
「そうそう、変わんないよ俺達は。変わんないからこうして毎年顔合わせ出来るんだ、ほら、毎年好評の唐揚げでも食ってさ、嫌なことは忘れちまおう」
雑談を続けるクラスメイト達の元に、店員であり、同級生でもある杉山君が料理を運ぶ。
彼は学校を卒業し、大学を出て上京したけれど結局地元に戻ってきてしまったそうだ。今では両親と共にこの小さな居酒屋を切り盛りしている。
今日はそのご両親も体調を崩したそうで出かけていて居ないそうだ。実質的に同級生だけでの貸切だった。
料理の大皿が座敷のテーブルの上に乗せられると、不意にチカチカと天井の照明が明滅した。皆の視線が天井へと集まる。白塗りの無機質な天井がどこか学校の教室を思い出させた。照明の光が落ち着くと再び会話が始まる。
「そう言えばさあ、あの学校の七不思議って覚えてる?」
「誰だよ急に、でも、懐かしいよなあ。そんな噂あったな」
「私さ、聞いたことあるんだよね。今も形は変わったけど、有るみたいよ七不思議」
「俺達の頃の七不思議ってのはさ、やっぱアナログなのが多かったよな。今は携帯やら電子機器使ったりする怪談、多いらしいじゃないか」
「へえ、そうなんだ。なんかそういうのってちょっと寂しいね」
「七不思議と言われて、最初に思いつくのはあれでしょう。校舎四階、西側の足取り階段」
「ああ、あったあった」
こうして今年も良くも悪くもかつての学校生活を思い返す会話が始まる。
足取り階段
夕暮れ時、教室から階段を下りて下駄箱に向かう。階段を降りていると目の前が暗くなり、ふと前を見ると階段の両脇に顔が並んでいる。その誰もが無邪気な笑顔を浮かべこちらを眺めている。どうにか恐怖を押し込めて、足を一歩、また一歩と先に進める。
不意に目の前に他人の足が出る。それを避けて右側へ寄ると肩を押される。後ろにつんのめって転びそうになると今度は前へ、階段が目の前に迫ると腕を掴まれ後ろに引かれる。
そんな事を続けられ、あと一段までたどり着くと再び踊り場が目の前に現れる。捕まったら最後、彼等が満足するまで階段下りは終わらない。
遠くで鳴り響く雷の音が微かに聞こえ、光が明滅する。それに影響を受けてかテーブルの影が揺らめいた。すぐにその空気の不穏さを誤魔化すためか、同級生達は話を続けた。
「そうそう、そんな話だったわ」
「あれ、そんなだったかなあ。確かさ、普段十二段までしかない階段が、深夜二時に登ると十三段ある、とかじゃなかったかな。それに気がつくと死んでしまうとか」
「いや、そんなんじゃあないだろ、そもそもあの階段、踊り場合わせて十五段あったから」
「よく覚えているね。でもあの頃それが本当か知りたくて、数えたりしてたわ」
「私の印象に残ってるのはトイレの階段だったなあ。確か女子トイレだったでしょ、良くある花子さんのトイレって、床タイルが剥がれてさ、下地の赤い色が覗いてる、あれ、不思議だったよね。なんで下地が赤いのかって」
「ああ、旧校舎の奥、使われてないトイレ、あったなあなんか、あのトイレだけ煉瓦が床に仕込まれてるんだよな」
旧校舎の赤便所
使用されていないトイレが四つ、並んでいる。そのうちの三つは鍵がかかっていて入れないが奥のトイレだけが鍵が壊れていて入れてしまう。静かにドアを開け、中には入り、中腰になると蝉や虫たちの声が遠のき、全ての音が消え、静けさが痛いほど身にしみる。
足元に目を落とすと剥げかけたタイルの下から赤い色が覗いていた。足を動かせば外れたタイルが擦れ、音をたてた。
不意に首筋に冷たさを感じる。立ち上がって上を見ても何もない。首筋に手を当てると僅かに濡れている。慌てて個室から出ようとすると、何か違和感がある。
ドアの僅かな隙間、向こうから目が覗いている。何人かの目、目、目。それらと目が合うと一瞬で引っ込んだ。恐る恐るドアを開こうとしても、一切動かない。泣きわめいても助けを求めて叫んでも、誰一人として駆けつけてはくれない。
再び頭に何か水のようなものがかかり、悲鳴を飲み込みながら見上げると、土砂降りのような水の塊が降ってきた。遮られた視界が元通りに戻る頃、目に映るのはトイレの仕切りの上に並ぶ、顔、顔、顔。
「あの便所、怖かったよなあ。やけに空気がひんやりしててさ、涼しいのはいいんだけど落ち着かないの」
「確かさ、旧校舎の下に昔の防空壕があって、それをトイレに転用してたとか、そんな噂だったよね」
「本当なのかなそれ。便槽が見える昔のトイレって怖いよね。私たちの時にはもう水洗トイレあったからなあ。ああ、それで水洗に切り替えるときにあのトイレも使われなくなったんだっけ?」
「そうそう、懐かしいね、あのトイレだけ直されなかったのが不思議だけどな」
「俺はさ、あの理科室のロッカーの怪談、よく覚えてるわ。ほら、毎回怒られてる奴いたじゃん。メガネの岡沢先生、岡先にさあ」
「ああ、あの標本の奴ね。あったねそんな話」
さ迷う骨格標本
授業中、ガタガタと掃除用具用のロッカーから音がする。生徒の視線がロッカーに集中し、先生が何事かと歩み寄る。ロッカーを開いた途端、中から何かが体に枝垂れかかって来て、先生が悲鳴を上げる。真っ白な体、黒く空いた眼、カタカタと音を鳴らし崩れ落ちる。
そう、それは悪戯だ。骨格標本の後ろには生徒が隠れている。その生徒は教室に残され絞られ、その日はそれで終わった。しかし、後日またロッカーが授業中に鳴った、先生はあの悪戯を仕掛けた生徒が休んでいることを知っていた。生徒数は出席簿と一致している。他の誰かがまた悪戯をしかけているのだ。
ガタガタと鳴り続けるロッカー、見当たらない骨格標本がそれを示していた。やがて先生が扉を開ける。再び枝垂れかかる骨格標本、しかし、その後ろには誰もいなかった。
悪戯を仕掛けた生徒は行方不明となり、骨格標本が不意に姿を消す日がある。授業中ロッカーが音を立てても誰もそれについて触れなくなった。姿を消した骨格標本も気がつけば元の位置に戻っているのだという。
「あの時の岡先の顔、傑作だったよな。今思い出しても笑えるぜ」
「それはそうだけど、でもさあ、あれってあの子が」
「ああ、まあいいじゃん。それより次だよ次、保健室の物置。覚えてるかなあ」
「ああ、ベッド横の物置ね。ベッドの下に隠れると引き戸が見えるあれ。なんであんな配置なのかなあって思ってた」
忘れられた物置
体調を崩し保健室のベッドで寝ていると、体の下からガタゴトと音が聞こえる。カーテンが揺れじっとりと湿った風が頬をなでる。音は徐々に大きくなってゆく。何かいるのかとベッドから降り、下を覗くと男の子が一人笑顔で隠れていた。
不意に手を引かれる、ベッドの奥へ、空いた戸の先の物置へ、逃げようと、手を振り払おうと外に向かって顔を向けると囲まれている。
追い立てられ、数々の手足に押され、体は物置の中に押し込まれる。
戸が閉ざされ。目の前が暗闇に満たされる。
開けようと戸に指を引っ掛け一ミリほどの隙間ができるとその先に男の子の笑顔。
薄く開いた口からこぼれ落ちる言葉「友達だよね」。
引き戸には血に染まる数々の爪痕。
「あれさ、大掃除の際に使われる備品が入ってたみたいだよ。雑巾とか洗浄剤とか。でも、外側に捻るタイプの鍵がついてる物置って今は珍しいよね」
「あの頃はどこでも遊べたからなあ。保健室だって遊び場のひとつだったよな」
「あの物置に隠れたりもしたもんね」
「あのサイズでも成長期の俺達だったら充分入れたからな」
「あれ、今も爪の跡残ってるんかな。いやだねえ」
「跡って言えば音楽室の机、あったよね」
「ああ、段々彫り込まれた文句が増えるって机ね」
「死んだ奴と会話できるんだったっけ。その机に書き込むと」
「そうそう、馬鹿馬鹿しいよなあ」
「でもあの机、気がついたら真っ黒になってたよね。先生に言われて何度掃除しても少しすると真っ黒に」
「やめろよ、あんなの誰かの悪戯だろ、どうせあいつの悪ふざけだよ」
死者と会話できる机
その机にはいつも文字が描かれていた。目障りなんだよ、早く成仏しろ、なんで死なないの、いつまで汚いままで居るの、早く消えて。それらの言葉に紛れて一言、こうある。
生きたい
書き残された文句を塗り替えるように幾つもの文字が浮かぶ。机を埋め尽くすほどに、生きたい、生きたい、生きたい。重なり合った文字は判別できなくなり、形をなくして黒に変わる。
気がつけば机の表面は炭のような黒に染まっている。
「なんであの机、捨てられなかったんだろ」
「知らねえよ、あれ、捨ててもほかの机が代わりに黒くなるんだとか言われてたけど」
「今もあるのかなあ、あの机」
「残ってるって言えばさ、焼却炉ってどうなってるんだろ」
「今はもうないだろう、昔ほど簡単にゴミ、燃やせなくなってるでしょ、ダイオキシン問題とか、色々あるだろうし」
「私らの時ってまだあったよね。使われなくなった焼却炉だけ」
「あったあった。なんか、あの焼却炉に住んでる奴がいるとか、そんな怪談あったよな」
生物焼却炉
半開きの焼却炉、その扉から足が覗いている。あれは、そう思い駆け寄って扉をかけると片足だけの靴が挟まれていた扉から外れ、足元に落ちる。焼却炉の中にはランドセル、体操着、靴が焼却炉の壁にこびりついた煤にまみれ、置かれている。
不意に名前を呼ばれた気がして振り返る、その瞬間に体勢を崩し、焼却炉の中に落ちてしまう。すぐに扉が締まり、焼却炉の壁面がガンガンと音を立て始める。外から中へと響きわたる声、声、声。
耳を押さえ、膝を抱えこの狂乱が終わるのを待つ。煤けた煙突から僅かに覗く空は赤に染まっている。どれだけ泣き叫んで助けを求めても、焼却炉からは出られない。
「懐かしいなあ、そんな怪談あったね。あの頃は怖かったなあ、結構他人事じゃなかったし。一時問題になってたでしょ」
「ただ遊んでただけなのにうるさかったからな。でも卒業する頃は本当に怖がってたよな。実際俺、あの焼却炉怖かった」
「それはそうでしょ、あんなことがあれば誰だって怖くなるよ」
「さて、これで六つ目か、あと一つってあれだろ、夜のプールの」
「止めろよ、今更蒸し返すな」
「俺さ、聞いたことあるんだけど」
これまで聞くに徹して店の作業を続けていた杉山君が雑談を割ってそう切り出した。血の気の失せたその顔は僅かに震えている。
「え、何を、プールの怪談じゃなくて」
「違う、それとは別の八つ目の怪談。俺等の時代じゃなかった八つ目の怪談」
「何それ」
「七不思議ってさ、時代で変わるだろ。最近は学校から死亡メールが届くとか、そんな怪談もあるらしい。俺が聞いたのは、幽霊の話だよ。男の子の幽霊の話。薄汚れた格好の男の子が夜の学校を徘徊するって話。それが、今話した七つの場所に現れるって言うんだ。今はないはずの焼却炉も夜になると現れるらしい」
「嘘でしょ、そんなの。だいたいその七つにしたって私達が作ったようなものじゃない」
「俺さ、本当は東京で勤めたかったんだ、それで大学は向こうの学校を選んでこの街を出た。本当はこんな店継ぐつもり無かったんだ」
「何だよ、急にどうした」
「お前らだってわかってるだろ、この街から出たことある奴なら、すぐに気がつくはずだ」
「もしかして、杉山君、あなたも会ったの?」
「ほらな、やっぱりそうなんじゃないか。街から出てすぐにあれは来た、夜の十一時、一人でいるとチャイムがなるんだよ。始めは隣人の嫌がらせかと思って無視してたんだ、その内声が聞こえてきた。「杉山君、あそぼ」わかるだろ、あいつの声だよ」
「お前、じゃあ、夢も同じか、この街にいる間見る夢も」
「ああ、やっぱり、そうじゃないかと思ってた。なんでこの同窓会、誰も欠席しないのかとずっと疑問だったんだ。けどやっぱり皆同じだったんだな。触れられなかっただけなんだな」
「まさか、それも同じ? 夢の中であの学校で追いかけられるのも同じ?」
「俺、ずっと罪悪感からだと思っていたんだ。その夢を見るのは」
そうだ、あの頃あったのは壮絶ないじめだった。始めはただ、軽く叩いたり遊び程度のこずき合いだったが徐々にそれがエスカレートしていった。大人数で階段から突き落としたり、使われていないトイレに閉じこめ、受けから水をかけたり、理科室のロッカーに標本と一緒に閉じこめ、責任を押し付けたり、逃げた保健室ですら安心できる場所じゃない。ランドセルや体操着は焼却炉に捨てられ、その上閉じ込められる。机には罵倒の落書きが常に絶えることがなかった。
「あれは事故だった。事故だったんだよ。あいつもずっとヘラヘラしてるからいじめられたんだ。汚ねえ身なりしやがって、対等だなんて思うなっての」
「それでもやりすぎだっただろ、あいつの家、貧乏だったから身なりはしょうがないだろ。事故はどうしようもなかったがさ」
「事故って深夜のプールに呼び出して水の中に落として、ブラシで頭を押すのが?」
「だってさ、死ぬなんて思わないじゃん。あの子溺れても誰も助けなかったでしょ。誰も止めなかったでしょう、人工呼吸すれば助かったかもしれないのに」
「今更いい子ぶんなよ。人工呼吸なんてあの歳で出来る奴いねえだろ、みんな楽しんでただろ。今更死んでからなんでこんなことすんだよ、あいつは」
「逆らえるわけないじゃない、そんな空気じゃなかったもの」
あの日、一人を除いて馬鹿みたいに仲の良い同級生は協調性を発揮してこの場に男の子を呼んだ。これが最後だから、これが終わればもういじめることもないから、そう言って。
呼び出されて、水の中に突き落とされて必死に泳いだ。上がろうとすれば落とされて、その上顔をブラシで叩かれ、そして沈められて溺れさせられ、殺された彼は、いじめの発覚を恐れた同級生達によってその体を川に捨てられた。
「お前らはまだいいじゃないか、俺はあの日あいつの体を運んだんだぞ、あの感触、夢を見るたび思い出す」
「やめてよ気持ち悪い。私は悪くないわ、私は何もしてないもの」
「嘘つくなよ、お前だって同じだ、あいつをバカにして無視してたじゃないか」
堅い協調性。彼等は口を揃えて夜家を抜け出し、川遊びをしているうちに彼が溺れたと言いはった。あれから十年、今年こそ彼等が思い出の中に埋めたタイムカプセルが掘り出される。悪くないなんて言わせない、事故じゃなかった。これまでずっとごまかしてきた、彼等がやったことを思い知らせる日が。
僕はずっと待っていた、彼等が謝ってくれる日を、僕にごめんなさいと言ってくれる日を、けれど十年経ってタイムカプセルが掘り起こされて、集合写真に映る僕の姿を見ても、誰一人僕の事柄に触れなかった。
みんな僕を忘れようとしている、無かったことにしようとしている、そんなこと許せるわけないじゃないか。
僕がタイムカプセルに埋めた手紙にはこう書かれていた。みんなと仲良くなりたい、ずっと一緒に遊びたい、と。
「何とかできないのかよ」
「私、御払いしたけどだめだったのよ。何も変わらなかった、医者にもかかったけど原因が分からないと治せないって、でも言えるわけないでしょ」
「嘘だろ、どうするんだよこれ。あいつにどうしてやりゃいいんだ」
これで、僕はやっと、笑うことができる。
「僕はずっと君達の近くに居たよ。ほら僕が見えるだろ。これからもずっと一緒だよ」
店の照明が消え、僕の姿がみんなの前に映し出される。僕はささやいた。
「ほら、ずっとこんなに近くにいたんだよ。僕を思い出したかい、もう逃げたりしないでね」
テーブルから水が滴り落ち、ぽたりと音を立てた。窓ガラスが割れそうなほどの悲鳴が上がる中、遠雷に混じり、やがて地響きが聞こえてくる。カタカタと建物自体が揺れ始めた。出口はもう閉じられ、開くことはない。
居ないはずの同級生
彼は死んでいた。けれど死んでからもずっと同級生と一緒だった。彼等が街から出ればその背中に張り付き、彼等が彼の存在を忘れようとするとそのたびに姿を見せた。
夜、まぶたを開くとその先に彼の顔がある。ドアのスコープを覗き込むと膨れ上がった彼の、その変わり果てた姿が目に映る。昼間でも夜でも視界の隅には膨れた彼の姿の一部が写り、それが彼等が街に戻るまで続けられた。
彼は待っていた。今年は彼が死んでから丁度十年目。上流の山裾の傾斜が雨によって決壊するまであと僅か。密かに七不思議に会話を誘導させ、自身の存在を思い出させることで、実物と共に記憶のタイムカプセルも無事、十年ぶりに掘り起こされた。
彼等が自分達の罪を思い出し、彼に行なった事を全て思い出したとき、土と水の波が彼と同じ場所まで彼等を押し流してくれる。