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前編

原稿用紙五〇枚という条件で書きました。




       (1)


 サクラサク。

 サクラチル。

 チチキトクスグカエレ。


 おっと、最後のは違いますね。

 二月も下旬に入ると、大学受験生達には一足早く春が来る。まあこの場合の春の花は、人によっては更なる氷河期への幕開けとなる場合もあるけれども。


「しかしながら、我ら三人組は見事進路を決めてやりましたよ」


 さくらは自分の言葉に拍手を送りながら、その大きな瞳を二人の男共に向けた。肩にぎりぎりかからない長さの栗色の髪が微かにゆれる。


「さくらは別に何もしてないじゃないか」

「そうだよオメーは春からフリーターだろ」

 二人の男共、賢治と勇輝から返ってきたのは、しかし愛の無い言葉だった。


「決めたことにはかわんないでしょー」

 さくらは目の前でぐつぐつ煮えている鍋に我慢できずに、箸を伸ばしたが、

「まだはやい」

 その前に、眼鏡のレンズを湯気で曇らしている鍋奉行、賢治が土鍋の蓋を閉じてしまった。放課後の理科室にぐつぐつという音だけが聞こえる。黙ってそれを見つめる三人。


「......」

「......」

「......」


「......なんか間抜けな時間よね」

「......まあ、な」

「......」


 いつまでも『......』だけでもしょうがないので、鍋ができるまで三人について少し紹介しておこう。


 さくら、賢治、勇輝の三人はこの高校に通う一八歳の高校生。

 先程さくらが言った様に、三人とも一応進路が決定した。さくらはフリーター。賢治は超難関国立大学に。勇輝は歯科衛生士の専門学校に春から通うことになる。


 三人が出会ったのはこの高校に入ってから。それぞれ友達はいたけれど、なぜかウマが合っていつの間にか親友になっていた。楽しい事も、もちろんケンカもしながら時は過ぎ、あと少しで卒業を迎える。三年生はもう授業はないから、今はもう登校日と卒業式に顔を出すだけだ。そんなわけで今日は三人で学校の理科室に忍び込み、卒業記念鍋大会を開いているというわけだ。


「だからって学校でする必要もないけどな」

 勇輝の言葉に、さくらはちっちっちっと指を左右に振った。

「愛校精神の現れってやつよ」

「そんな尊い精神の持ち主とは知らなかったよ」

 ようやく賢治が土鍋の蓋を開けた。鰹と醤油の何ともいえない匂いが、白い湯気とともに広がった。三人の箸がいっせいに伸びる。


「......それに今日の下見もあるしね」

 さくらが鱈の身にかぶりつきながら言った。賢治と勇輝がその言葉に顔を見合わせる。

「......本気で確かめる気?」

「もっちでございます!」




 話は前回の登校日に遡る。

 そのベタな話を聞きつけてきたのはさくらだった。

「学校に幽霊が出る?」

 どこのクラスでもいる情報通から聞いたらしい。それをさくらは早速同じクラスの勇輝に伝えた。賢治は特別進学クラスなのでにはいない。


「だからなんだ」

 勇輝は漫画雑誌に目を向けたまま言った。

「いやだからね。最近夜な夜な火曜日になると保健室に怪しい人影が......」

「そりゃ保健医の美幸ちゃんだろ」

「それが夜の十時頃らしいのよね」

「じゃあ、宿直だ」

「ミーコは違うって言ってた」


「なんでそんなことがわかんだよ」

「知らないわよそんなの。違うつーんだから違うんでしょうよ」

「ま、何だっていいや」

「何よ冷たいわね」


「別に幽霊であろうが、そうでなかろうが俺は困らん。とにかく俺は今忙しい」

 そう言って勇輝は漫画に意識を戻そうとしたが、さくらが雑誌を取り上げた。

「真相を確かめるわよ」

「はぁ? やだよ。やんなら一人でやれ」


「やーよ。恐いもん」

「じゃあ、なんでやんだよ」

「正体をしりたいからよ」

「どうして」

「好奇心よ、好奇心」

「なんで」

「知りたいか......」

「どうしてじゃ」

「好奇心」

「なぜじゃ」

「間寛平かあんたは!」

 そんなわけで、真相を確かめることになりました。

 





       (2)


 只今、夜の九時過ぎ。高校からは五十メートル程離れた駐車場に、賢治と勇輝はいた。


「遅いっ」

 賢治は先程から三分おきに腕時計を見ては、苛立たしげに足踏みしている。二月の寒空に吐く息も真っ白だ。


「まあ、あいつの遅刻はいつものことだろ」

 勇輝は一応フォローらしきものをしてみたが、賢治の苛立ちは納まらない。

「僕は時間にルーズな奴は許せないんだ!」


「へえ、そうですね」

 いつもの事なので返事もいい加減。

 二人が待っているのは勿論さくらである。火曜の夜に現れるという季節外れの幽霊の正体を確かめるべくやって来た。

「ま、このての噂はデマっていうのが最も予想される事だよね」

「姫がしたいとおっしゃることだからな」


 ベッベッベッベッ!

 少々情けないエンジン音を響かせて、その姫の乗ったべスパがやって来た。


「ハイ、ボーイズ」

 さくらは黒のダウンジャケットに黒のパンツ。黒のタートルネック。おまけに黒のリュックを背負っている。なんだか忍び込む気満々なのは伝わってきた。


「遅いっ」

「そお?」

 賢治の言葉に、さくらはゴーグルを外して腕時計を見た。

「別に遅くないじゃん」


「約束は午後九時。今は九時半だ」

「だからなに」

「君にも解るように言うと三十分の遅刻だ」


「だからなに」

「三十分という時間がどれほど貴重か君は分っているのか」

「カップラーメン十個分でしょ」


「......もういい。君と話していると何もかも馬鹿らしくなってくる」

「そう? じゃあさっそくいこっか」

 三人は連れ立って校舎へ向かった。校門は開きっぱなしになっている。宿直のある日は開いているのだ。


「えーっと確か宿直は?」

 さくらが賢治を見た。

「科学の田中先生」


 この辺のことは、昼間学校に来た時に調べてある。三人は校門から校内に入ると、素早く旧体育館の建物の影に隠れた。そこから明かりのついている職員室が見える。さくらはリュックから双眼鏡を取り出して覗き込んだ。


「んー明かりはついてるけど、田中ちゃんの姿は見えないね」

「......おい、さくら」

「ん? なに」


「この距離で双眼鏡はいらんだろ」

 旧体育から職員室のある校舎の一階までほんの五メートル程の距離だ。

「というか近すぎて逆に見えづらいんじゃないのかな?」

「やーねぇ。気分よ、気分。ピアーズ・ブロスナンみたいでしょ」

「レスリー・ニールセンの間違いだろ」


「田中先生は見回りじゃあないのかな」

 賢治の言葉にさくらは双眼鏡を下ろした。二人の方に顔を向ける。

「どうしよっか?」


「このまま入ると、田中先生と鉢合わせになるかもしれないね」

「田中なら見つかっても逃げられそうだけどな。最悪ぶん殴っちまえばいいじゃん」

「やばんねぇ。そんなことしなくても田中ちゃんなら許してくれそうな気がするけど」

 さくらは人の良さそうな若い化学教師の顔を思い浮かべた。


「んで、どうする?」

 今度は勇輝と賢治がさくらを見る。

「よしっ、行きましょ。職員室にいないんなら保健室に忍び込むには好都合だしね」


 三人は校舎の横側に回りこむと、職員用の通用口から校舎の中に入った。宿直の日はどこの扉が開いているかも知っている。学校に忍び込むのも初めてではないので手馴れたものだ。

 通用口から入った廊下の最初の部屋が保健室だ。その隣は校長室で、さらに隣の職員室から明かりが漏れている。

 さくらは保健室の扉についている曇りガラスの小窓から中を覘いた。当然明かりはついていない。勇輝が全教室の合鍵の束を取り出す。何かと便利なので以前作っていたものだ。


「えーと、保健室のは......あった、あった」

「誰かくるっ」

 賢治が通用口の外から近づいてくる足音を聞きつけた。急いで鍵を開け、中に入ると再び鍵を閉めた。


 暗闇の中、息を潜める。足音はやがて保健室の前で足を止めた。

 さくらは息を呑んだ。

 曇りガラスの向こう側の闇に、長い髪の女の顔が浮かんでいた。






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