舞台を降りるまでが役者です
「シアトリーゼ=デル=フォルタン。
我、ギルバート=デル=カウナスは今、この時をもって婚約を破棄することをここに宣言する」
皇太子であるギルバートが高らかに宣言をした。
トルストア学園の朝の登校時にである。
勿論、確信犯だ。
沢山の学生がいる中、証人は多い方がいい。
迷惑そうな目、侮蔑が混ざった目、嘲笑の目、哀れみの目。
目、目、目。
因みにギルバートの後ろにいる護衛兼友人の2人は面白がっている目だ。
こいつらいい性格してるなと、ギルバートは自分を棚に上げて思った。
目の前にはシアトリーゼが俯きながら震えている。
ーーいい気味だ。
プライドの高い彼女にはさぞかし耐え難いことだろう。
生まれた時から決められた許嫁だが、自分に近づく女性を容赦無く排除するわ、恋人顔で用もないのにベタベタし甲高い声でヒステリックに喚き散らす。
こんな人間には王妃の資格は無いと何年も裏から調査を進め、やっと両親を説得できたのだ。
流石に王族同士の婚約破棄という事で時間がかかったが、ようやく成果が実った。
朝の清々しい空気。実にいい気分だ。
彼女の握りしめた白い手と俯いていた顔がゆっくりと上がった。
今まで見たこともないキラキラした笑顔と共に拳を振り上げた。
ーー?
「やりましたわーーーーっ‼︎‼︎
正義は我にあり‼︎
信じるものは救われますわー‼︎」
「おめでとうございます、お嬢様」
「お嬢様〜。良かったですよ〜
頑張りましたもの〜」
ーーーは?
「爺、ローサ、ありがとう!貴方たちや皆のおかげよ!」
後ろにいた老執事とメイドに抱きつきながら満面の笑みを浮かべてるシアトリーゼに背後から桃色の髪の少女が抱きついてきた。
「お姉様〜〜!」
「リナ!」
「ああ。おめでとうございます!
くんか、くんか、いい匂いですわ〜ジュル。
お姉様の笑顔が食べてしまいたいくらい可愛いです!
二人の愛を阻む障害は無くなりましたので私と婚約…ではなく結婚しましょう!」
「頭が沸いてるうちのお嬢様はほっといて、どうやら上手く行ったみたいすね」
あれは侯爵家の娘と護衛騎士だったか?
何故シアトリーゼに抱きついている?
二人は仲が悪いのでは無かったか?
混乱した思考に更に追い打ちがかかる。
「シアトリーゼ様、本当に嬉しそうですね」
「ええ、お優しい方ですのに、悪女を演じていたのですもの」
「ですが、これからは人目を気にせずに仲良くできますね」
端の方に固まっている三人の女生徒達はシアトリーゼに虐げられていたのではないのか?
何故微笑みながら見ているのだ?
「今日はパーティですわ!私、今なら満漢全席も作れますわ!」
「一日では食べ終われない量の異国の豪華な宮廷料理でしたかな?しかし、私めは年ですから、魚がよいですな」
「魚なら前に作って頂いた、鯖の味噌煮がいいです〜」
「私はお姉様の特大チョコレートケーキが食べたいです!」
「やっぱり肉でしょ」
各々、自分が食べたい物を主張しているが、
優しい?
演じる?
料理?
おめでとう?
何だ?一体何なのだ⁈
ふと、老執事がこちらを見てシアトリーゼに目配せをした。
彼女は呆気にとられた周囲を見渡すと、慌てて表情を取り繕った。
「コホン。
私、シアトリーゼ=デル=フォルタンはギルバート=デル=カウナス様の宣言をお受け致します。
ーー残念ながらギルバート様とはご縁が御座いませんでしたが、きっと相応しい方を見つけらる事でしょう。
私は幼馴染として、ギルバート様の幸せをお祈りしております。
今までありがとうございました。
それでは、失礼致しますね」
卵の欠片程も残念そうに見えない笑顔を浮かべながら従者達とその場を後にした。
ーーーあれは誰だ?
一体何なのだ⁈
私は騙されていたのか?
あまりの出来事にギルバートの周りは静まり返り、誰一人声を出す者もいなかった。
あ〜びっくりした〜
いきなりの婚約破棄宣言だもん。
でも、ラッキーだったな〜
王妃なんて私には無理だもんね。
しかし、半年前に前世の記憶を思い出した時は驚いた。
あの時までの私は本当に漫画に出て来るような、悪女の鏡というかイタイ子だったもんね〜。
このままでは死亡、破滅フラグまっしぐらだと焦りまくった。
前の私は殿下大好き、愛してる〜
だったけど今は、あんな俺様のどこがいいのか魅力を感じない。
王妃の他に愛妾やら何人もハーレム作る予定の王様なんかに嫁ぎたく無い。
ドロドロは嫌だ〜
この半年間、真っ当な人間になる為に周囲の修正が本当に大変だった。
外では今まで通り(ストレスで胃潰瘍になったけど)内では食事に事業に革命を起こし、知恵と知識で乗り切りました!
前世で、高校までずっと演劇部に入ってたのも役に立ったしね。
これでもちょっとした有名人だったのです。
そのスキルを活かしノット王妃、ノット異世界版大奥を合言葉に頑張りました!
むふふ。これからは自由よ!
どうしようかな〜
目立つから止めてたSランクの昇級試験を受けてもいいし、城下町に出してたお菓子屋さんの支店も出して、後ペンネームで出版している小説を増版するって言ってたよね。
それの続きを書くのと〜。
ん〜!いろいろ頑張るぞ〜!
この時の私は前世、演劇部の先生に何度も言われていた事を忘れていた。
『役者は舞台を降りるまで、幕が下がるまでが役者だ。劇が終わった途端に気を抜くような奴は三流だ。
お前はそんな役者になるなよ』
先生ごめんなさい。
貴方の教えを無駄にした三流役者の私は、目標達成した瞬間に気を抜きまくりました。
まだ舞台から降りていなかったのにも関わらずに。
興味を持ってしまった皇太子殿下やら、朝の出来事を見ていた一癖も二癖もある生徒やら、満漢全席の話から餌付けしてしまった先生やら、こっそりこちらの事情を知っていた従兄弟殿やらの所為で私を取り巻く環境は変化していく事となる。
もう一度、演じさせて下さい‼︎