第二十四話 Io canterò la canzone che non è finita
目を覚ますと、白い天井が見えた。
ひんやりとしたフローリング。
天井に伸びる本棚。
あたりに置いてあるティンパニー。
見慣れた風景だった。
そのとなりに春日がいた。
僕は体を起こした。
そして、手の中の違和感に気づいた。
「指輪・・・・・」
僕は指輪をよく眺めた。
銀色で綺麗な指輪だった。
「本当に、終わったんだ。」
右腕をみても聖跡はなかった。
「あ・・・・ま・・・・くさ・・・・?」
むくりと起き上がった春日に手をかす。
そして、春日の手にも指輪が握られていた。
「大丈夫?春日」
「う、うん。ありがとう。」
お互いに握られていた指輪を見た。
「夢じゃないんだね。」
春日は言った。
「戦いも、歌も。天草がちゃんと無事だったことも、全部、全部!!」
春日は僕に抱きつく。
僕は一瞬驚いた。
でもしっかり抱きしめたとき、あの世界に春日が来た時を思い出した。
そして思った。この人をずっと守っていきたい。
「無事だよ。それに、春日も一緒だった。」
そう言った時、祖母が部屋にきた。
僕たちを見て涙を流した。
「お帰りなさい」
僕はただ微笑んで「ただいま」と言った。
***
ぼくたちは日常に戻った。
しかし変わったことがあった。
僕は僕を隠さなくなった。そして夜羽は少し大人びた。
二人の共通点は、二人ともペンダントのチェーンをかけていたことだった。
「音楽祭明日なんだね。」
「うん。早いなあ」
こちらの世界に戻ってきてから、再び一緒に練習をし始めた。
夜羽の歌声はこちらに戻ってきてから不思議なくらいに歌がうまくなっていた。
「ね、水色。急なんだけどさ、」
「ん??」
「明日、野ばらのほかに水色のコラールを歌いたいな。」
「うん。僕もそう思ってた。」
「それは二人で歌おうね。」
ちっぽけな僕の日常が、光に溢れる。
自分の不甲斐なさに嫌気がさしたあの時よりも、随分と人付き合いも多くなった。
「あとね、提案」
「なに?」
「明日、水色のピアノも聞いてもらおうよ」
夜羽は微笑んだ。
「アラベスク。私、水色のピアノを初めて聞いた時に思ったの。
なんて素敵な音色なんだろうって。」
僕は頷いた。
ピアノを人前で弾く事を恐れていた。
それでも女みたいだと笑われた時もピアノをやめたいと思わなかった。
「あとね、本番終わったら音楽室きてね!お疲れ様会するんだからね!」
「うん。」
つぎの日
「次は、一年F組の発表です。
曲目はピアノソロドビュッシー作曲『アラベスク』
独唱、ウェルナー作曲『野ばら』
二重唱『水色のコラール』より一の歌、十二の歌
」
舞台の上は、眩しかった。
光につつまれた、あの楽譜の世界に似ていた。
『水色君!大丈夫です。いつもどおりですよ』
『水色!ヘタな演奏すんじゃねぇぞ!』
『アルト、そんなこと言ったら水色困るって。』
『水色ー!!今度はあたしの芸の伴奏ね!』
『こらニコール。わがままいうなよ。ね、ステファン』
『お前らうるせぇ。』
『水色お兄ちゃん!僕にもピアノ教えてね。』
『私も!オルガン弾けるようになりたい!』
みんなの声が、聞こえた気がした。
ピアノの椅子に座る。
鍵盤に手をのせた。
深呼吸をして、指に力をいれる。
左手から右手にうつる流れるようなメロディライン。
暖かな光散りばめるようなキラキラとした高音から下がるパッセージ。
僕はこの曲を引く度に楽譜の中を連想した。
穏やかな流れと、日本にはない雰囲気の和音。
ヨーロッパの街並みが見える。
初めて降り立った城下町に流れる川に、レンガ造りの橋と道。
その街の中にある、唐草模様の織物。
シルクロードをわたってヨーロッパにやってきた、ちょっぴりアラビアンなものが、町並みの店頭に並ぶ。
そう、ここでクレッシェンド。
リタルダンド。
繊細なタッチで下降。
指先には柔らかなクッションを連想する。
体で音を支えて。
ラストまで抜かない。
ピアノのまま。
最後の高温は綺麗に。
左手は最後の響きを大切に。
よし。
最後の余韻まで味わった後、僕は立ち上がりお辞儀をした。
顔を上げると、拍手の嵐だった。
夜羽がこちらを向いて小さくガッツポーズをしていた。
続いて、夜羽が舞台に上がる。
用意されていたマイクにスイッチをいれると、僕に合図をする。
(大丈夫)
(うん。)
そんな会話が、二人の間に流れたような気がした。
春日は頷いた。
伴奏をはじめる。
夜羽のブレスの音が聞こえた。
Sah ein Knab' ein Röslein stehn,
Röslein auf der Heiden,
war so jung und morgenschön,
lief er schnell, es nah zu sehn,
sah's mit vielen Freuden.
Röslein, Röslein, Röslein rot,
Röslein auf der Heiden.
練習した成果なのか、才能なのか。
夜羽の音程はぶれない。
真っ直ぐに無理のない発声で歌声は響きわたる。
合唱部にもまけないその歌声に、誰もが耳を澄ましている。
僕はその歌声に伴奏をつけている。
ピアノの調律があと少し低かったら完璧だった。
そのくらい、夜羽の歌は美しく温かな雰囲気をだした。
曲が終わると、静まり返った。
しかし、次の瞬間にドッと拍手が聞こえた。
天草は僕を見る。
嬉しそうな笑顔だった。
夜羽はお辞儀をすると、僕を手招きして並んでお辞儀をした。
ラスト。
これで音楽祭は終わる。
僕は再びピアノの前に座った。
そして、コラールの最初の音を鳴らした。
それだけ弾いて、夜羽の隣に並ぶ。
二人でブレスをして、コラールは始まった。
このメロディに、小さな頃は救われた。
再び思い出したときも、この歌に救われた。
沢山の人に出会ったことを思い出した。
『水色!』
歌ってるときに、声が聞こえたきがした。
『また来いよ!』
アルトの声が聞こえた気がした。
気がした。
そんな言葉で良かった。
この歌は終わらない。
僕のコラール。
幸せにしたい。人を。
僕も、君のように・・・・。
聞いてるかなチェレステ・・・




