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水色のコラール  作者: 大路まりさ
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第十二話 歩み始めた先へ

月曜日、いつものように学校へと向かった。

見慣れた道のり、都営団地が密集している通学路。

小山のある公園を通り抜けて、僕は歩き続ける。

残暑が残る9月の頭。

さわさわと揺れる緑の葉っぱ。

暑い。そう思いながら思い出すのは、只今真冬の楽譜の世界だった。


通学路をのそのそ歩くなか、横切っていく同じ高校の生徒たち。

その中には、凛とした表情で歩いていく春日夜羽の姿があった。


「あ、天草、おはよ」


通りすがりにそう言われても、僕はいきなりのこと過ぎて何も返せなかった。

春日はいつも、クラスメイトには挨拶をしてくれた。

なのに、僕は何も返せなかった。


(なんでだろう。現実に帰ってきただけでこんなに僕は違うなんて。)


そんなことを考えながら、学校に到着。

教室の扉をガラリとあければいつもの生活が待っていた。

退屈だ。ハラハラすることも、ドキドキすることも、、何もない。


「今日は、音楽祭の出し物決めるよー」


ロングホームルームが始まった。

来月に控えた音楽祭での出し物を決めるらしい。

この学校では、クラスで何をしてもよいのが特徴だ。

クラス全員で合唱をしてもいいし、クラス代表がバンドを組んでもいい。

究極はピアノや歌のソロである。


「音楽祭かー、少しめんどくさいよね」


すぐ隣の席である春日がそうつぶやいた。

多分僕に話かけてはいるんだろうけど、僕はどう返していのかわからない。


「うわ、天草に無視されてんぜ、春日のやつ!」

「水色はおとなしいからな。かわいそうだな、春日に絡まれて。」


そんなことはないのに、なんて思いながらもとなりをみた。

春日は笑っていた。

いや、笑っているよう見えた。

しかし、目は笑ってなんていなかった。僕はそう感じた。


「音楽祭は、春日さんのソロでいいんじゃない??」

「賛成!!」

「だよなあ。めんどくさいし。」

「じゃ、決定で。」


本来ならば議論する場であるロングホームルームは一方的に終わってしまった。

僕は後悔した。

こんな決まり方をするなら、僕がピアノのソロを弾くって言えば良かったのに。


「春日さん、大丈夫??」


僕は尋ねた。


「大丈夫。なんとかなるよ。本番なんて休んじゃうから。」


嘘だ。

そんなこと、微塵も思ってないのはバレバレなのに。

ロングホームルームが終わったので、急に教室が賑やかになった。


「僕、手伝うよ??」

「はあ?同情なんかいらないってば。」

「同情だと思うなら放課後に音楽室に来るといいよ。」

「ふーん。わかった。」



***



放課後になった。

僕はこの間祖母に教わったばかりのアラベスクを弾いた。

流れるようなメロデイラインが、水の流れのようにきれいだ。


「天草って、ピアノ弾けるんだ・・・知らなかった。」


驚いた顔で僕を見ていたのは春日だった。


「まあね。僕のうちって、音楽一家だから。」

「そうだったんだ・・・」

「だからさっきも、僕がピアノ弾くって言えばよかったのに」

「あれは仕方なかったよ。だから気にしなくていいよ。」


本当に、この人はなんて気持ちのよい子なんだろう。

あっさりと人を許してくれて、なんでも一生懸命だから。


「それにしたって、何するの??私、歌好きだけど楽器なんてできないんだけど」

「歌でいいんじゃない??」

「え?」

「僕が伴奏弾いてあげるし、家にはいっぱい楽譜があるんだ。」

「え、いいの!?」

「もちろん。逆に、それしかできないし。」


そう言うと、春日の顔が明るくなった。

僕は、この笑顔に憧れていたんだ。


「嬉しい!!」


にこりを笑った顔が、綺麗であったかい。

素直な表情が僕を惹きつける。


「明日にでも曲を決めようか。僕の家でもいい?」

「逆にお邪魔しちゃってもいいの?」

「いいよ!むしろうちは音楽やる家だから。防音室もあるし楽器だってあるし!」

「ありがとう!!天草!!」


楽譜の世界でのように、僕は自分から提案ができた。

嬉しい。

おまじないのおかげかもしれない。

僕は右腕にそっと触れた。

旅の途中にアルトにも言われた。

周りに合わせるタイプだろうって。

でも、今日は自分の思ったことができたんだ。

それが良いことにしても悪いことにしても。


「今日は帰ろっか。」

「うん。天草ってどこに住んでるの??」

「僕?市内だけど。小沼町」

「うっそ!!近いかも私地神町」

「近いね。小沼の2丁目に住んでるけど」

「じゃあすごい近い!!学区が別れちゃってたから知らなかった」


それから、いろんな話をした。

おんなじ中学の人がいっぱいいるから嫌がらせもいっぱい受けてること。

いじめとか他人が受けてるのを見ていられないこと。

好きでひとりでいたりするわけじゃないこと。

いっぱい。


別れ際、僕は思い出した。

自分の右腕の証を。


「おまじないをしてあげるよ。」

「おまじまい??」

「よく、ひいおばあちゃんがしてくれててたんだ。僕はすっごい泣き虫だったから、強くなれるようにって」


僕の仲間にはみんな証があるんだ。

アルトにもテナにも。

シモンにもステファンにもあるし、ラピスにアメシスも。

でも証がなくも、僕はこのいまじないに何度も助けられてきたんだ。


春日が右腕をだした。

僕はあの証を記した。

僕の力をわけてあげよう。


「ありがとう!明日から頑張ろうね!!」


春日の笑顔にときめいた。

おひさまみたいな温かい笑顔だった。


次の日の放課後、音楽室に集合して僕の家に向かった。

たまたまオフだった母親が驚いていた。


「水色がいつもお世話になってます。楽譜なら好きなの使っていいからね」


音楽に関しては物分りのいい親に感謝したい。

楽器庫に入ると春日は目を丸くしていた。


「すごい!!楽器屋さんみたい!!」

「ピアノの楽譜もオーケストラの楽譜もあるしね。あとはばあちゃんの趣味とか」

「ミュージカルは、母さんがよく仕事で演奏するんだ。だから歌の本はいっぱいあるんだよ。

ばあちゃんもたまにオルガン弾いたりするからミサ曲もあるし。」

「私、昨日考えたんだけどね、ウェルナーの『野ばら』がいいかなって思ったんだけど、どう思う?」

「ウェルナーの野ばらか。うん、いいんじゃない?」

「シューベルトのもいいと思ったんだけどね、やっぱりウェルナーのほうが好きかなって。」

「野ばらだったらあると思うけど。」


僕は本棚をあさった。


「あったあった。」

「間に合うかな?」

「一ヶ月ある大丈夫だとおもう。」


そうして練習ははじまった。

僕はまず楽譜を一緒に読んだ。

音程の正確さを作るために、基礎から一緒にした。

僕が唯一力になれるのは音程ぐらいだったから。

春日は吸収力が多くて驚いた。

きっと音楽が嫌いではないのだろう。


僕は楽しかった。

まるで、アルトやテナと共にいるように。


「天草って、ピアノ弾いてるときすっごく楽しそうだよね。」


春日にふと言われた。

確かに、ピアノは楽しい。

しかし、そんなに分かるものだろうか?


「私、今まで天草って何が楽しくて生きてるのかな?って思ってたんだ。」

「え?」

「天草はピアノが好き。音楽が好き。それが見えた時、天草が輝いて見えたよ。」


そう言われても、顔が熱くなるのがわかった。

確かにそうかもしれないからだ。


「顔赤っ!照れるんだね、天草も。」

「あ、当たり前だろ!人間なんだから!」

「私、天草を知れて良かったな」


照れる顔を隠せない。

僕はなんだか自分じゃないように感じた。

僕は自然な表情を出せてる?


「ね、ここの音符のダイナミックスレンジってなんだっけ?」

「フォルテッシモだよ」


わからないことはすぐ聞いて、直ぐに書き込む。

一週間も立ったときには、楽譜は書き込みでは一杯になった。


そんなある時だった。

現代文の授業が自習になった。

クラスメイトたちはお喋りを始める。

僕も春日と同様に話を始めていた。


「サビの音程がどうしてもつかめないんだよね」

「音域的に辛いからぶらさがっちゃうんだよ、きっと」

「そっかぁ。あ、楽譜に書いとこ」


そう言って机の中から楽譜を引っ張り出した。

春日は目を見開いた。

声も出さなかった。

黙って僕に楽譜を差し出した。

楽譜は、五線の中が真っ黒に塗られていた。



















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