第十一話 終わっていないのに
翌朝、教会から外に出ると快晴だった。
きっとそのうち雨も降るだろうし、天候は正常に戻るだろう。
「じゃ、行ってきますね。」
「行ってらっしゃい!お兄ちゃん!」
「くれぐれも賞金稼ぎには気をつけろよ。むやみに能力使うとばれるから、他人には絶対に言うなよ!!」
「大丈夫だよ。僕、アルトお兄ちゃんみたいに強くなれるように頑張るね」
「俺より強くなるとか無理だな。ま、精々頑張りな。」
「うん。」
ラピスはアルトになついたようだった。
そんなラピスがアルトは嫌いじゃなさそうだった。
そんなにぎやかな見送りの中で、牧師があわてて出てきた。
「お待ちなさい。これをもっておいきなさい。」
牧師の手には、一冊があった。
「これはなんですか??」
「昔、十二使徒の一人が使っていた楽譜じゃよ。」
「楽譜??」
「八十年前、一度だけ見たことがあった。おそらく先代だろうが・・・
そのお方は歌に能力があるお方での、私にこれを託してどこかへ消えてしまったのだ。」
「そうなんですか。」
僕は受け取り楽譜を開いた。
そしてぱらぱらとめくっていき、なんとなく目についた楽譜を歌ってみた。
その時だった。
楽譜は光りだした。
そして、こころなしか自分の体が薄れている気もした。
「水色!?」
「水色君!?」
「うそ!?僕、まさか元の世界に・・・・!?」
「マジかよ!?」
アルトがあわてて僕の腕をつかんだがつかめなかった。
すでに実体ががなくなってきていたのだった。
「必ず戻るから!アルト、テナ!!」
「よし!!一回自分の世界へ帰れ!!」
「まってますから!できるだけ集めときます!!」
そんな会話の間に僕の体はすでに顔だけが出ていた。
「うん・・・・行って・・・来・・・・・・・」
そこまでの会話で、僕の記憶は途切れた。
目を覚ますと、白い天井が見えた。
横たわっていたのだった。
横を見ると本棚があった。それから打楽器。
(楽器庫・・・・??)
僕が楽譜の世界に入って何日たったのだろうか。
今日は何月何日なんだ??
楽器庫は変わりなかった。
(そうだ聖跡は!?)
あわてて腕をみた。
そして気がついた。
(服・・・・・!!楽譜の世界のやつだ・・・・・!!)
つまり。
本当に僕は楽譜の世界に入っていたのだった。
腕をみた。
シャツをまくると、そこには聖跡が刻まれていた。
夢ではなかったのだ。
昔話として聞いてきたコラールの話は本当で、十二使徒も実在する。
その十二使徒の一人が僕・・・・・
その時だった。
「水色?ここにいるのかい??」
祖母の声がした。
とりあえず僕は体を起こして靴を脱いだ。
「ここにいるよ」
そう返事をすると祖母が部屋に入ってきた。
「おばあちゃんそろそろ帰るわね。」
「うん。それよりばあちゃん、今日は何年の何月何日かな」」
「2013年の9月4日だけど?どうしたの水色。それに服もそんなに汚れて・・・・」
「うん。あのさ、ばあちゃん、驚かないで見てほしいんだけどね」
僕は右腕を祖母に見せた。
すると、祖母は何も言わずに僕のシャツの袖をおろした。
「これは私や母さん以外には、絶対に見せてはいけないよ。いいね?」
「うん。」
祖母は僕を抱き寄せた。
僕は何もわからないままその場にいた。
しかし、いてもたってもいられずに、僕はきいた。
「楽譜が聖跡にあるって、ばあちゃんは知ってたの?」
「あぁ。」
「どうして、そう言ってくれなかったの?」
「楽譜は一度、力を失った。誰も十二使徒にはせず、紙のまま眠っていたはずだったんだよ。」
僕は楽器庫の中できいた声、そして、とっておきの素敵な歌を歌ったことを話した。
それに続いて楽譜の世界に言ったこと、そして今でも王様がコラールを守る十二使徒を探していることを話した。
「なるほどねぇ。つまり、楽譜の世界と私達の世界は時間の流れが違うようだね。」
「早くしなくちゃ。早くあの世界に戻らないと。でも戻る方法がわかんないよ」
僕はすごくあわてていた。
まだなにも終わってはいない。
十二使徒は全員集まってはいない。
「水色、楽譜の中に入るのはよしなさい。」
「え!?なんで」
「危険だからさ」
「そんな・・・・・」
「これから先、どんどん危険になっていくはずだよ。そんな場所に水色を連れてはいけないわ。」
僕は少し思いとどまった。
祖母の心配する顔に、なんだか罪悪感が湧いた。
「うん。わかった。」
「水色、本当は行かせてあげたいんだよ。
水色がそんなに慌てているところを、初めて見たような気がするし。」
「うん・・・・・」
「きっともう一度コラールに呼ばれる時が来るからね。その時はいってらっしゃい」
「うん」
祖母はまた来るからね、といって帰っていった。
今日は土曜日だった。
月曜日から普通の学生生活が始まる。
僕はピアノを弾くことにした。
なんだか不思議な感じがした。
楽譜の中にいたときに随分と時間が経っていたのに、ここでは一時間しか経っていない。
ピアノから席を外し楽譜を探した。
教会のミサ曲の載っている楽譜を探した。
なんだか楽譜の世界が懐かしくて仕方がなかった。
その雰囲気を味わいたかった。
「アルト・・・テナ・・・・・ごめんね」
どうしてあの曲を歌ってしまったのだろうか。
ここにいる僕に、なんの意味がある??
あの世界での僕のように、僕は僕でいられる??
旅の最中で思い出した春日のように僕はちゃんと自分の意思で生きていけるのか・・・・。
楽譜を探しているとバッハのコラール集が出てきた。
バッハはたくさんのミサ曲を残している。
(そうだ、なんか曲作ってみようかな)
僕はピアノの鍵盤に手を乗せると思うままにピアノを弾いた。




