グラウンドにて
廊下で戦国武将になった友人と廊下ですれ違った。
「………」
「………」
運動場に向かうであろう彼は並々ならぬ覚悟を醸し出していたので話しかけることはできなかった。
教室に戻って弁当を食おうとして、友人がたむろっているところに行くともうほとんどの奴が食べ終わっていたが、たむろってはいたのでそこで食べることにした。
「なあなぁ、なんかSの奴なってたな」
話をふると久しぶりの武将の登場にがわがわとざわついた。
「なってたなぁ」
「なってたよね」
「俺、始めて見た」
「お前この前休んでたもんな~、運無ぇ~」
「でも、今日は見れるし!」
「もちょっとしたらグラウンド行こうぜ!」
「おう! 行こ行こ! ……そう言えばY、前武将になってたよね?」
牛乳パックのストローをくわえてパコパコしているYが「んぁ?」といきなり会話をふられているが、なんのこっちゃと言うような顔で振り向いた。
「ほら、戦国武将」
「んんー? 覚えていないって~前言ったじゃん」
何度かその話題に触れられたがYの答えはいつも同じだった。
「なんか昔の記憶が芽生えたりしないの?」
「しねえって。てかSに聞いてみりゃいいだろ?」
Yのその言葉にそりゃそうだという事になり、Yへの質疑応答はこれにて終了になった。
そのとき。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
ものすごい鬨が聞こえた。
「うお! ビビった!」
「始まった!」
「早くない? 僕まだ食べ終わってないのに……」
「俺見に行ってこよ」
「俺も俺も」
びりびりと震えるその旋律に大慌てでグラウンドに走る。僕は母が作ってくれた弁当をかきこんで遅れてはならないと走ってはいけない廊下を全速力で走った。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
グラウンドに出ると人だかりが壁を作り武将の軍団は見えなかった。
実際、戦国武将と言っても本当は戦国時代の兵軍の集まりで、呼びやすいから「戦国武将」と呼ばれているだけである。皆高校生だし、ね。
彼らは約五十人で不定期にこうやって集まっては鬨を上げて走り回っている。
対象は男子生徒で学年・クラスともバラバラ。背もまちまちである。志賀氏全員がそろった姿は精悍で勇ましい。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
びりびりと大気を揺らすほどの鬨が続く。鬨を発しながら猛スピードで行進する様は鳥肌が立つほどすごい。
「あ、ちょっとどいて」
「あ?」
「なんだあなたか」
彼女がカメラを持って最前へ行こうと奮闘していた。
「どしたの?」
「友達に頼まれたの。新聞部」
と、背後にできる人混みと前でざわめく人混みにサンドされながら変な体勢で話す。
「自分で撮りにくりゃいいのに」
「私もねそう言ったんだけど」
「言ったんだけど?」
彼女は少し口を尖らせて
「男の子がいるとこ行きたくな~い」
恐らくその友達の真似をした。相手を知らないので似ているかどうかは分からない。
「男の子が嫌いなの」
「何で共学来たの? その子」
「女子高落ちたんだって」
「あーあ」
「それ以来男の子が嫌いになっちゃって」
「ん? ふ~ん?」
『進め! 進め!! 進め!!!』
鬨が変わりそれに連れて『応! 応! 応!』と外野が呼応している。彼らは戦国武将になっている訳ではないが、その場の熱い雰囲気にあてられてテンションが必要以上にヒートアップしている。
そして、その怒涛の雪崩のような声波に押されて、彼女とはぐれてしまった。さっきの会話でちょっと確認したいことがあったんだけど、それはまた別の機会に聞くとしよう。
『うおおおおおおおおおお――――――――――――――――――!』
昼休みが終わるまで続く戦国武将たちの鬨を聞いて、いつの間にか僕も一緒に叫んでいた。
夏先の日差しと汗で焼ける肌も心地よく隣の生徒と一緒に叫ぶ。
心を空っぽにして叫ぶだけ叫んで、午後の授業の十分前にはぷっつりとそれは終わった。