かたりべの石
赤く彩られたさっきまでの部屋とちがい、台座の裏に隠した扉をくぐった先の寝室は質素で、とても落ち着く。
子供の体には大きすぎるベッドの縁に礼服を着替えないまま座ると、握りしめていた手をゆっくりと開いた。
さっきよりも心なしか煌々と青白く輝いているように思える小さな小石を包み込むように手のひらに乗せ、小石に刻まれた不思議な模様を指でゆっくりとなぞる。
『我に問え。許されし子よ。』
小石から、というより頭に直接響くような声が再び聞こえ、馬鹿だと思いつつシギは何か質問を思い浮かべようとする。
でも。
何から聞けば良いのだろうか。
聞きたいことは山ほどある。
しかしまず、石が話していること、光っていることからしておかしいのだ。頭がうまく、着いていかない。
そう思いながら小石をじっと見ていると、その不思議な淡い輝きからいつの間にか目が離せなくなる。その色は、まるであの旅人の瞳の、不思議な色合いに似ていて。
どんどんどんどん、吸い寄せられていくような感覚。視界が広がり、すべてが小石の色で満たされていく。
重くなっていくまぶたを感じながら、しかし心地よいそのだるさに身を任せて、真っ白になっていく頭の中に、どこか懐かしい匂いがしたような気がした。
『ーーーーーー。』
『ーーーーーー。』
なんだ?
『ー………っ。』
これは………声?
だれか……子供の……
『…………ししょうっ。』
師匠?いったい、だれが………
『師匠!』
真っ白の世界の中、朧気に現れつたその人影は……
「う…………」
ひどい頭痛がしてシギはうめきながら起き上がった。
片手で頭を押さえながら、ひどく重たいまぶたを無理矢理開けると、そこは未だに真っ白の世界のままで。
「あ……」
しかしそこで、目の前の景色が真っ白な世界ではなく、霧に包まれた場所だということがわかる。瑞々しく、青臭い、わずかに肌寒いその場所はおそらく。
「……森、か?」
果てのない森にはわずかに光が差し込み、しかし恐怖や孤独などは与えない温かみと、不思議な心地よさに包まれた空気が漂っていた。
しかし、さっきまでいたのは自分の部屋だ。
小石を見つめているとなぜか眠くなってきて、その眠気に身を任せたらいつの間にかここにきていた。
いったい、ここは………
「…………っ!」
「え?」
突然聞こえてきた何者かの声に思わず振り向くと。
「召還っ!」
そんな声とともに、ひとつの人影が森の木々を飛び移りながらすごい勢いで近寄ってきた。まるで蜂が動き回るように正確に、小枝の隙間を縫うように飛ぶ姿をよく見ると。
「え…………」
人影は木々を自在に操っていた。
飛び移る直前にそれは目的の小枝に手を伸ばし、まるでそれに答えるように枝がその枝先を手を差し出すように伸ばしてきていた。
木々を、操る。
それは、まるで自分の力に……
「ま、待ってくれ!!!」
思わずそう叫ぶと、その声が届いたのか、通り過ぎていこうとしていた人影がくるりと方向転換してこちらに戻ってきた。木に絡みついた蔦を手元まで伸ばし、すごい勢いで目の前に着地しようとした人影を受け止めるように、地面の草が勢いよく成長した。柔らかい草にふわりと着地したそれは、子供だった。
それも。
紺色の、美しい髪を持った、少女。
「な、なんで………?」
「そこで何をやっている。」
10歳ほどの見た目とは打って変わって、淡々とした声音で少女はそう言った。頭の後ろでひとつにまとめられた長い紺色の髪は艶々と輝き、切れ長の瞳は髪と同じ色をしていた。
その顔に、どこか見覚えがあって。
「あなたは………」
「森と、話していたんだよ。」
シギが声を出そうとした途端、どこからか少年の声が聞こえてきた。
穏やかな、優しげな声。
それに振り向くと、いつの間にかそこにひとりの少年が座り込んでいた。
茶色がかった金髪に、同じ色の優しげな瞳。
少女はシギの目の前を通り過ぎてその少年の前まで歩み寄る。
「おはよう、カリア。今日の森はずいぶん機嫌が良いね。」
少年にカリアと呼ばれ微笑まれた少女は小さくうなずいた。
「ああ。だからこそこうやって鍛錬をしている。お前もそうしたらどうだ、ファギヌ。」
ファギヌというらしい少年はそれににこにこと微笑んで、ズボンの砂をはらって立ち上がる。
「僕は休憩。君は努力家だね。」
「お前はいつもそうだ。私がいるときはいつもそうやってサボっているのに、いつも私はお前に魔術では勝てない。」
不機嫌そうにふてくされるカリアにファギヌは小さく笑って、カリアの手を引いてシギのほうへ向かってきた。
「わっ。」
ぶつかりそうになってシギがそう声をあげるが、不思議なことに2人はまるですりぬけるようにシギを通り抜けた。それに不思議に思いながら、森をあとにする2人の背中を見送っていると、頭にあの声が響いてきた。
『選ばれし子よ、そなたはそなたが本質を求めた。我はそれに答えよう。』
「本質?じゃあやっぱりこれは……」
『応。これはそなたが一族の記憶。そして我が主の記憶。我は記憶の石。一族に受け継がれ、主となった者の記憶を納め、そしてすべてを語るが我の使命。』
「記憶……。じゃあこの記憶は、あの旅人の?」
『否。あの方は主ではない。これは先代の主の記憶。そなたが生みの親の記憶なり。』
「え?」
僕の、親?




