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ZINMA  作者:
旅のはじまり。
3/11

始動






再び静けさを取り戻した部屋の中で、少し早くなった鼓動だけがうるさく鳴り響いた。


さっきまでの静寂とは全くちがう。


生きているのだ。


生き物もいない、風もない、光もないことに変わりはないのに、確かに世界が大きく脈打って、自分の心臓を激しく揺らしている。


「…………っ。」


とっくに閉じた扉をじっと見つめたまま、再びシギは手のひらの中の小さな小石を強く強く握りしめた。


拳の中の冷たい塊が、今起きたことが夢でないことを物語っていた。



「失礼いたします。」

「!」


静かに扉の向こうから響いた声に思わず体が跳ね上がったところで、両開きの扉の片方が軋みながらゆっくりと開き、白いひげを蓄えたノルが姿を現した。


「……いかがなさいました?」


黙り込んだままのシギを怪訝に思ったらしいノルが目を細めてそう聞いてくるので、シギは姿勢を正して深呼吸をすると小石を握りしめたまま微笑んだ。


「いや、なんでもないよ。」

「………ならば、良いのですが…。」


まだ心配げな様子で顔色を伺うノルにもう一度微笑むと、ノルはため息をついてゆっくりと部屋に入ってくる。


「シギ様。もう耳にタコができておいでかもしれませんが……わしをはじめとして、村の者はみなあなた様の身を案じているのでございます。」


シギの目の前に置きっぱなしにしてあったあの旅人に出した陶器を拾いながら、ノルが遠慮がちにうつむきながら言う。


そう。


村の者たちは会うたび会うたび、そう言ってくれるのだ。


「……確かにシギ様のお力はこの村にとって有り難いものです。シギ様のお力でこの土地は肥え、客人も増えました。ですが……そのお力が良いことばかりだとは思えませぬ。大きな力には大きな代償が伴う。」


そこまで言ってノルは部屋の隅に行き、小さくなっていた燭台のろうそくを換え始める。そんなノルの長年の苦労が垣間見える曲がった背中を見つめ、シギは静かに目をふせた。


古くからこの地に根を下ろしたこの村は、険しい環境が外界からの交流をほとんど阻み、閉ざされた世界の中で自らの一族の伝統と文化を家族から家族へ、親から子へ、直接受け継ぎ、温めてきた。とくにこの母なる山を尊び、自然を愛し、流れに身を任せる暮らしと精神は強く残り、人々はその心を忘れぬようにいくつもの歌を残した。


ノルが最後に言っていた言葉も、この村のだれもが知っている古い歌の一節にあるのだ。


「………『地から子へ 天から地へ 子は天に……』」


小さく口ずさむシギの幼い声に、ノルも一度振り向いて微笑むと、ろうそくの火を見つめながらしゃがれた声をシギの声に乗せた。


『神がはかりしこの夜は秤


巡り巡るが我らがつとめ


若さは衰え 生まれたものは黄泉へと帰る


日と夜をその腹と背に抱き


得し物はあるべきように帰す


さあ 無に戻れ』


得た力はなんらかの形で我が身に不幸を呼ぶ。この力も、いつかはこの身を滅ぼすように転がるのだろうと、シギも、村の者たちもわかっていたのだ。


だからこそ彼らはシギの身を、案じてくれる。


それも、ただ利益を与えてくれる神童だから、というわけではない。


家族だからだ。


彼らはシギの不思議な力を大切にするし、敬っている。しかしその力を有するシギはただのシギで、同じ土地に生きる一族の一員であって、それ以外に何者でもないと思ってくれている。


本当は自分は。


この村の子ではないのに。



「ほっほ。シギ様は幼きころから歌を覚えるのが早かったですな。」


思い出すように笑うノルを見上げ、シギはゆっくりと微笑んだ。


「そうか?あまり覚えていないが……」

「そりゃあ早かったものでございます。シギ様には昔からこの大地と語り合う力をお持ちでございましたから、なお歌が身に染みたのでしょうな。」


取り替えたろうそくを握って楽しそうに笑うノルが本当に楽しそうで、思わずシギも笑いをこぼしてしまう。


いつこの村に来たのかは、覚えていない。


ある日突然、村長の家の前に捨てられていた自分を、村の人たちが本当の子のように育ててくれたのだ。濃い黒の髪と黒の瞳ばかりのこの村で、紺色の髪と金色の目を持つシギはあまりにも目立つ。しかし、彼らは一瞬たりともその不自然さを感じさせなかった。


この村の生活は本当に幸せで、温かみにあふれている。だからこそ自分のこの境遇を不幸だと思ったことはなかったし、本当の親へ思いをはせることもなく、逆に恨んだりすることもまったくなかった。


村には、感謝しても、しきれない。


「ところで、先ほどの旅のお方は実に不思議な方でございましたな。」


ノルのその言葉に、シギは顔を上げて思わず冷たい物が中にある右手の拳を握りしめた。


「あの方、聞いてみましたらまだ15になったばかりなそうで……ちょうどシギ様と同じ生まれ年ですな。」

「15………?」


思っていたよりもずっと若いその年齢に、改めて驚く。あの年で、あれだけの落ち着きと旅にひどく慣れた様子からしたら、並々ならぬ人生を歩んできたんであろうことがわかる。


それに、あの力。



いったい彼は…………






『ーーーー。』





「え?」





突然声を上げたシギに、ノルが不思議そうに眉を持ち上げる。


「どうかされましたかな?」

「え?あ、いや………」


なんだ?何か声が聞こえたような気がしたが…




『ーーーよ。』



「!」



確かに今、何かの声が聞こえた。

気のせいなんかじゃない。



「……ノル、何か聞こえなかったか?」

「いえ、私には………耳が遠くなったのでしょうかな?ほっほ。」

「はは、いや、気のせいだ。」


ノルには聞こえず、自分には聞こえる。


まさか……



そこでシギは小石を握りしめた右手を小さく開いた。



するとそこには。





『我に問え。許されし子よ。』





小さな小石が、その刻まされた模様から淡い光を放ちながら、声を発していた。






「……………ノル。」

「は、どうされました?」

「……やっぱり、少し休みたい。寝室に入るから、村の者も、客人もだれも通すな。」


ノルはそれにうれしそうに微笑むと、ゆっくりと休むようにシギに言い聞かせて足早に部屋を出て行った。











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