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ZINMA  作者:
旅のはじまり。
2/11

不思議な旅人




まぶしい光にわずかに目を細めながら、シギは扉の向こうに現れた人影を見つめた。汚れたコートに身を包んで、顔は大きなフードで隠れ、肩に担いでいた重そうな鞄を肩から降ろしたことが影からわかる。


旅人はノルに促されて数歩足を進め、ゆっくりと部屋の中を見回すとすぐにシギへと目を留めた。シギは来客者をもう一度見返すと、ノルに目配せをして、ぺこりと頭を下げてノルはゆっくりと軋む扉を閉じた。旅人は閉じていく扉に振り向いて一礼をし、部屋が再び静寂と暗闇を取り戻すとすぐにまたシギのほうを振り向く。


眩しい明かりにくらんだ目が慣れてきたところで、旅人が思っていたよりも背が低いことに気づいた。


若い?



「はじめまして。」



思っていたよりも高く澄んだ声は温かみあふれていて、旅人独特の荒々しさはまったく垣間見えない。フードの下から見える色白な肌と薄く微笑む唇を見つめ、シギは小さく頭を下げた。


「どうぞ、こちらへ。」


そう促すと旅人はまた微笑んで、山から削りだし磨き抜いた鏡のような黒い床を数歩進み、シギの目の前まで来ると荷物を置いてゆっくりと腰を降ろした。シギは脇に用意してある水差しを持ち上げて、同じく用意されていた陶器に水を注ぎながらいつもの問答をしてみる。


「旅をされているとか。」

「ええ、まあ。」

「生まれ故郷は?」

「あはは、もう忘れましたよ。」


水を入れた陶器を差し出すと同時に小さく笑ってフードをとった旅人の顔に、シギは思わず言葉を失った。


フードが外れると同時にこぼれ落ちた柔らかそうな癖毛は白く輝くプラチナ色をしていて、色白な肌と合わさって暗い部屋の中で異様に輝く。台座の上に座るシギを見上げる大きな瞳は水色とも緑色ともとれる不思議な色合いをしていて、どれだけ覗いても見えないその底に人を吸い込んでしまうようだった。さらにその顔はまだ幼く、少年と青年をまだ行き来しているような年に見える。


「………ずいぶんお若いんですね。」

「あは、あなたに言われましても。」


シギから受け取った陶器に入った水を見つめてにこにこと微笑むその顔は、あまりにも美しい。穏やかな雰囲気はその奥にある真実を覆い隠しているようで、その不思議な印象がさらに彼の人とは違う神々しさを際立てていた。


妙な力だけで神童と崇め立てられている自分よりも、よっぽど神の子らしいな。


そんな馬鹿な考えを振り払い、一度座り直してシギは旅人に向き合った。


「それで。旅人のあなたがこんな北の山奥まで来られるとは、どういった要件で?」

 

その質問を聞いて、旅人は一瞬探るような目でシギを見つめるとすぐにあの美しい微笑みを浮かべる。


「ただの観光です。」

「…………こんな何もないところまで、観光、ですか。」

「ええ、観光。………なんて無駄な会話はやめにしましょう。」

「できれば。」


シギがそう答えると、旅人はまたにっこりと微笑んで脇に置いていた荷物をあさりはじめる。じっとその様子を見守るシギをよそ目に、何か模様の書かれたいくつかの小さな小石を床に並べていくが、シギはそれよりも他のものに目がついた。


「………その宝石は?」


旅人がうつむいたとたん、首に掛けられていたらしい美しい黄緑色の輝く小石がするりと姿を現していた。まだ磨かれていない原石らしいその石は、濁ってはいるものの、若葉を思い出させるような瑞々しい光を放っている。


旅人は顔を上げてからシギの視線に気づき、ああ、と小さく笑って石をまたコートの中にしまうと、


「拾い物ですよ。」


とまた笑った。旅人はその言葉で会話を終わらせると、並べた石をひとつずつ確認するように持ち上げなから口を開く。


「あなたは確か今年で15歳なんでしたね?」

「…………」


まあ、どう見てもそうは見えませんが、と言って笑う旅人を、シギはただただ険しい目で見つめていた。


なぜこの旅人はそんなことを聞くのだろうか。いや、まず自分の年齢については村の者しか知らないはずだ。


ノルに聞いたのか?


「年をとらないとは、妙な話ですね。」

「……でしょうね。」

「そしてあなたは不思議な力を持っている。」

「…………。」

「例えば………そう。花を咲かせたり?」

「…………。」


そこまで言って旅人はシギの金色の瞳を底まで探るように見上げ、くすりと笑ったかと思うと懐から何かを取り出す。


開いた色白の手には、枯れた小さな花が乗せられていた。花を愛でるように指でなぞる旅人が、軽やかに言葉をつむぐ。


「花を咲かせ、風を操り、水の形すら変える。そんなこと、普通の人間にはできるはずがない。そうでしょう?」

「それで、あなたの目的は……」

「しかしあなたはご自分のその力の正体を知らない。知らないはずだ。ちがいますか?」

「……まるで知っているかのような口振りですね。」


そう静かに聞き返すと、旅人はまたくすりと笑って、花を乗せた手をシギのほうへ差し出した。





「ええ。もちろん、知っていますよ。」





その言葉にシギが息を呑んだ瞬間、信じられないことが起きた。


旅人の手のひらの上にあった花がみるみるその重たい首を持ち上げ、立ち上がったかと思うと、茎も花びらも、徐々にその色の鮮やかさを取り戻し、枯れきった根はどんどん伸びて土を求めて旅人の手のひらを覆い隠していく。


「な………!」


気づいた頃にはもう、花は大きく美しく咲き誇っていた。


言葉を失うシギをよそに、旅人はその花に向かって微笑むとシギへと底の見えない目を向けて静かな声音で繰り返した。


「私はあなたのその力の正体を知っている。しかし勘違いしてほしくありませんが、何も驚かせたり、脅したりするためにわざわざここへ来たのではありません。この力の意味を、あなたの正体を、あなたに伝えてほしいとある人から頼まれた。そのためにここまで旅をして来たんです。」


もう意味がわからなかった。


突然妙な旅人が現れたかと思えば、自分と同じヒトにはない力を使い、そしてこの力についても知っているという。


そんなこと。



「そう。簡単に信じられる話ではありません。」


まるで心を見透かしているかのように言う旅人を睨む。旅人はそんなシギに向かって、またあの貴族然とした微笑みを浮かべて小さく笑った。


「しかし、あなたもわかっているはずです。少なくとも私にはあなたよりもこの力に関する知識があり、能力もある。本当ならもっとあなたから信用を得てから話すべき事柄だったんですが………残念ながら私には時間がない。早く次の旅に向かわないといけないんです。だからこのような強行手段に出させてもらいました。」


そこまで一気に話した旅人は、手のひらで

咲いている花をじっと見つめたかと思うと、花はみるみるしおれてもとの姿まで戻ってしまった。その花を再び懐へしまうと彼は変わりに目の前に並べていた石をひとつ選び、指先でつまんでシギに差し出した。怪しげな顔をしてうけとらないシギに、ゆっくりと微笑んでシギの小さな手をとり小石を握らせる。


その触れた旅人の手に、妙な感覚を覚えてシギは目を見開いて彼を見つめた。


背筋に、恐怖とも歓喜ともとれる悪寒が走る。


目の前のナニカが、その整った口をひらく。



「これは特別な石。あなたにしか反応せず、逆に言えばあなたにならこの小石は話しかけてくれるはずです。この小石が語るものが真実であると思うのなら、これにそう伝えてください。否なら、否と。そのとき、私はあなたのもとへ再び訪れましょう。ただし………」


ふわりと風をあげて旅人は立ち上がり、出していた他の小石を懐に入れながらまたシギを見下ろして微笑んだ。


「時間がないことに変わりはありません。あなたの決断が遅れたそのときは、私が決断を下しに伺いますので。」

「決断?真実?話がまったく……」


混乱するシギをよそに、旅人は荷物を肩に担いでさっさと立ち去っていこうとする。意味がわからず小石を握りしめたまま顔をしかめていると、扉に手をかけた旅人が振り向いて、こっちが固まってしまうほどの完璧な笑顔を浮かべる。


「わからないことを考えても仕方ないでしょう?わからないのなら、知ることです。」


旅人はフードをかぶりながらもう一度微笑むと、はたと気づいたような顔をしてこちらを指差す。シギがわからず首を傾げていると、旅人に差し出していた陶器に入っていた水が、玉のようになって跳ね上がると、まっすぐに旅人のもとまで飛んでいき、彼はその水をぱくりと口に含み、飲み込む。


「ご馳走さまです。」


にっこりと微笑む旅人に言葉を失っているうち、彼は眩しい光の中に消えて、あとには扉の閉まる音だけが重苦しく部屋に響いた。








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