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ZINMA  作者:
旅のはじまり。
1/11

年とらぬ神の子










北の果てのさらに果て。



遊牧民たちがその大地に溶け込むように暮らす雄大なモルゼン平原のさらにその先。


年中底が無いほどの雪に覆われ、人が足を踏み入れたことのないほど高くそびえる山脈の中のひとつ、比較的低いクル山脈の小さな山の山頂近くに、小さな小さな集落が根を下ろしていた。


人々は山に強い家畜を飼い、冷たい風のふくこの地では数少ない針葉樹や植物から果実や蜜を集め、家畜の毛で織り花の色素で染めた鮮やかな伝統の布を、山のふもとにある街で売ったわずかな収入で細々と生きている。




人が訪れることなどここ数十年まったくなかったようなこの村。


しかしこの村に、ここ数年の間数えきれないほどの人々が押し寄せていた。




もっぱらの噂だった。









北のある村に、神童がいる、と。






様々な噂が飛び交っていた。



彼は年をとらないらしい。


彼は枯れた花を再び蘇らせた。


彼は春を冬に変えた。


彼は願いを、叶えてくれる。






噂をただの噂だと聞き流すものもいた。


だがそれと同じほど、本当だと信じるものもいた。


さらには真実を確かめにわざわざ数ヶ月の旅を経てその北の村を訪れるものもいた。




村から戻ったものは口をそろえてこう言った。






噂は、本当だった。









訪れる観光客のおかげで、村はわずかに豊かになった。


村のものも彼を大切に大切に育てた。


そしてだれよりも、彼を神童だと信じて疑わなかった。




だから彼は答えた。


村のために。













何も聞こえない、静寂。




時折揺れる灯りの音だけが静かに響き、備え付けられた窓も今は閉じられ、外からの光が一切差し込まない広い部屋では、もはや生き物の気配すら感じられない。


部屋の中心にまるで道を作るかのように整然と立ち並ぶ真っ赤な太い柱につけられた小さなろうそくと、柱と同じく真っ赤に塗られた壁沿いに申し訳程度に置かれた数本の燭台の上のろうそくだけがこの部屋の唯一の光源だった。


揺れる灯りが特に明るく照らし出すのは、柱の先にある部屋の奥。わずかに高くなった台座のようになった場所に、美しい少年が静かに座っていた。


5歳ほどにしか見えない小さな身体とはうらはらに、その美しい容姿と、静かに瞳を閉じて瞑想するかのように微動だにしない姿からは、落ち着き、達観したような雰囲気が放たれていた。肩までかかる青く輝く真っ直ぐな髪は丁寧にまとめられ、村の伝統の美しい刺繍を施した真っ赤な衣装は暗く静かな部屋から彼だけを切り取り、より異様に見せている。


静かな部屋の中の、静かな少年。


そこで突然両開きの部屋の扉が開き、まばゆい外界の光が部屋になだれ込んだ。 


「シギ様。」


静寂に溶け込むように響いた老人の声に、少年がゆっくりと目を開く。


金色に輝くまたも年齢にはそぐわない大人びた切れ長の瞳が、真っ直ぐに老人をとらえた。


「ノルだな。どうした。」


高い声が平坦に、冷静に、しかしどこか温かみを持って流れる。


「客人でございます。」

「……そうか。王都からか?」

「いえ、なんでも旅人だとか……。」

「………良い、通せ。」


静かに頭を下げて再び扉を閉じて去っていく世話役のノルを見送り、シギと呼ばれた少年はどこか悲しげに目をふせた。


客人。


王都からの客人も、旅人の客人も、珍しいことではなかった。ここ数年、毎日毎日自分の力を求める客人たちの相手をしてきたのだ。


そこでシギは自分の小さな手のひらを見た。


小さい、小さすぎる手のひら。


この手のひらを見続けて、もう10年になる。成長のしないこの身体と付き合って、もう10年なのだ。


本来15歳になっているはずの自分の姿は10年前の姿から変わることなく、その不思議な力をみんなは神の子だからだと崇めた。はじめは少し成長の遅いだけの子供だと思われていた自分の異変に、10歳になったころ村の人たちがやっと気づいた。さらには自分は望めば花を自由に咲かせることができたし、その力に気づいたろには村の人も同じように気づいていたから、隠す暇もなくあっという間にこんなことになってしまって。


村の者たちは喜んだし、豊かになった生活に満足もしていた。


だから、続けた。


ただ。


ただ、この力が一体なんなのか自分でもわからないのにそれを見知らぬ人々にひけらかすのは気が引けた。


世界を騙しているような気がして。


そこでシギは顔を上げ、客人を案内しているらしいノルの声が聞こえてきた扉の向こうに目を向ける。


こうして客人の相手をするのは、いつまで続くのだろうか。いや、まず自分はいつまでこの姿なのだろうか。このまま子供の姿で、不老不死なのだとしたら、自分は永遠にこんなことを続けなければならないのだろうか。


そんな未来を、未来と呼べるのか。


「………そんなの、ただの"今"の延長だ。」


そう一人ごちたところで、扉が再びゆっくりと開かれた。








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