1-03 再建計画
魔物討伐が終わり、翌日は休日。
エディが気を遣ってくれたのだが、貴人は何もしていない。
春日は体調不良でベッドの中で、真琴は一層火がついたらしく、とうとう騎士団の訓練に混じっている。
及川と同じところだ。
そんなわけで男二人、ぶらり城下町。
「あ、この店閉めたんだな」
前に寄った薄暗い店だ。
扉には休業のお知らせが貼ってある。
「まぁ無理もないっす」
他の5店舗に比べ、格段に人気がなかったのは見ればすぐにわかったことだ。
「どういう意味ですかああああああ」
突然の大声に驚き振り返るとそこには、号泣する猫背の店員がいた。
「こんなに、こんなに頑張ってるのにぃいいぃぃ」
じろじろと町行く人に訝しげに見られ、2人は慌てて店内に逃げ込んだ。
青年を引き摺って。
「いや、すみません、取り乱しちゃって……あ、僕はイグレッツィオと言います。どうぞグレッツとお呼び下さい」
ようやく落ち着いたらしい。
差し出されたお茶を啜り、息を吐く。
「じつは僕、外国で絵の勉強をしてたんです。でも父親が亡くなって、店をどうするかって話になってそれで」
画家の卵なんて儲からず、副業でどうにか食べていた日々。
突然の訃報。
父の店を閉めてしまうのも嫌だという兄弟との話し合いにより、一番条件の合うイグレッツィオが店を引き継ぐことになった。
遺されたレシピを見て店を開け、副業としてケーキ屋を営みつつ、絵の勉強をすれば良いと――。
しかし、この有様である。
人に押し付けた癖に兄弟たちには詰られるしで最悪だ。
「うぅ……」
再びぼたぼたと涙を流す青年に、貴人は慰めの言葉をかける。
「今までケーキ屋で働いてたわけじゃなかったんだろ? 頑張ったな」
「結果は努力だけでどうにかなるもんじゃないし、しょうがないっすよ。売れないもんは売れないっす」
「うぅっ……!」
「バッカ滋郎、落とすんじゃねぇよ、上げろよ」
「さーせん」
滋郎に台無しにされた。
うぜぇ。
「それでこれからどうするんすか?」
茶請けに出されたクッキーを食べ、お茶を啜る。
うん、硬すぎる。
「それなんですよね……どうしよう……」
落ち込むイグレッツィオに、滋郎が優しく声を掛ける。
「それなんですけどね、職人を雇えば良いと思うんすよ」
「おい、まさか」
「そうっす。俺たちを雇いません?」
「え?」
滋郎の言葉にイグレッツィオは目を丸くした。
「じつは職人なんすよ。雇ってもらえればこの店、立て直しますよ?」
「ほ、本当に……?」
「本当っす。任せて下さい」
滋郎のその自信は、一体どこから来てるのか。
人に押し付ける気満々なんじゃないだろうかと思うのだ。
結局こうなるんだよな。
貴人は溜息を吐いた。
面白そうではあるが、どうなっても責任は取れないぞ。
「それで、この店のウリは?」
「はい?」
「セールスポイントとかコンセプトとか」
「そんなものありません。父親の残したこのレシピを見て作ってるだけですから」
イグレッツィオは自慢げにレシピを掲げながら言うが、それは自慢して良いところではない。
「……それでよく頑張ってるとか言えたっすね」
店内に滋郎の呆れた声が響く。
気を取り直して。
「あー……前の店と大分変わっても大丈夫か?」
「えぇ、それはもちろん! 店があるってだけで兄弟たちは満足なんですよ」
「それなら良いけど」
この世界に来てまだ日も浅く、前の店舗の情報も少ないとなると、おそらく全然違う店になる。
立て直せればそれだけで良いっていうのなら、なんとかなるかもしれない。
まず敵を知ろう。
イグレッツィオに他店のお勧めを色々買って来て貰った。
胸焼け胃凭れと戦いつつ、他店の傾向を探る。
「これが一番人気の店のだな。全体的に小さめで作りが丁寧。値段も高め、高級感がある」
「で、こっちが一番近い店っすね。素朴な味わい、若干大きめ、安め」
「この店はマフィンの専門店です。種類がたくさんあって人気です」
「こっちの店は……フルーツをウリにしてるんすかね。フルーツの使用量が多いっす」
「つうかこっちのケーキは全体的に甘めだよな……この店は作りは丁寧だけど手頃な値段設定。立地が良ければもっと人気でそう」
ミント系のすっきりしたお茶を飲む。
「そこまで特徴のある店はないか。こっちの世界はあんまりコンセプトとかないのかもな」
「そうっすね。逆にやりやすいかもしれないっす」
被る心配がないという意味ではやりやすい。
「まずは品揃えからな」
どの店にも置いてある商品を滋郎に書き出してもらう。
城下町で定番中の定番ということだろうし、この店でも外せない。
「そういえばこれ」
花型の焼き菓子の赤色のものを摘む。
「何味?」
味はベリー系なのだが、形は残っていないし、何よりこの世界の素材に詳しくない。
「あぁ、アカの実ですよ。この町ではアカの実の人気が高いので」
イグレッツィオが指差したのは、ケーキの上に乗った飾りだった。
赤すぐりによく似た赤い果実。
一回り大きく、酸味が若干少なく、甘みが強い。
「どのくらい人気なんすか?」
「そうですね……年中取れて値段もお手頃で、お菓子の定番というか欠かせないものですね」
日本でいうと苺のような扱いか。
味も良いし色味も良いから使い易いな。
「商品の種類の最終決定は試作してからだな。まずは設備に慣れたいし、明日から厨房借りるぞ」
「どうぞどうぞ」
「オヤジさんの遺したレシピも貸してくれるか? 滋郎写しておいてくれ」
日本語で。
「はいっす」
「で、あとは店なんだけど」
店内を見回す。
穴が開いていたりということはないが、壁の色が剥げているのが気になる。
ところどころ染みもあるし。
「改装というより塗装しようぜ」
「良いんですけど、資金が……」
「資金って何の?」
「何って塗装代ですよ」
色遣いが地味な世界なので、ペンキも高いかもしれない。
「あーペンキ代はエディに借りよう」
魔法の呪文、金利なし、出世払い。
自分達の職のためといえば渋ることはないと思う。
「ペンキ代ではなく塗装代ですよ。塗装だけでも結構な額が掛かるんです」
「……ペンキは調達するんでグレッツさんが塗るってことっすよ?」
噛み合ってない会話に滋郎が注釈を入れる。
「え?」
「絵描きなんだろ? 壁をキャンバスだと思って塗れば良いんだよ」
「わー先輩無茶振り。でもよろしくっす」
むらがあっても手作りっぽくて良いんじゃないだろうか。
いっそそういう風にしてしまうのも良いかもしれない。
ただ手作り風が日本で受けていたのは、それが一般的ではないからだ。
この世界ではむしろ手作りが一般的である。
受けるかどうかはわからない。
「あ、そうだ。グレッツ、アンタの描いた絵を見てみたい」
この世界初の絵描きの絵だ。
書籍には一切絵がなかったし、城に肖像画の類もなかった。
スケッチブックを見せてもらう。
「いいね」
風景画や人物画が描かれている。
色遣いは意外と大胆だ。
良かった、抽象画じゃなくて。
「お、この花、アカの実の花?」
その風景画にはアカの実になりつつある、大輪の花が描かれていた。
「はい、そうですが」
「この花をさ」
新しい紙に、アカの花を描く。
細部を描くのではなく、デフォルメされたイラスト調のもの。
縁は太めでオレンジ掛かった茶色、中は少し渋めの赤。
中心は暗めの黄色である。
「これを真似て描いてみて」
さすが画家の卵。
貴人も下手ではないのだが、断然上手い。
「これロゴにしようぜ。こういうイメージで外壁と店内の壁に絵を描いて」
「壁に絵、ですか?」
「そう、直接な。どの店も普通の壁だったからインパクトあるだろ。外壁はアカの花が良いけど、店内は風景画が良いか」
店内には商品の色もあるので、少し落ち着いた絵が良いか。
「壁は任せるからな。ちゃんとボロいとこ隠せよ。そのための絵でもあるんだから」
むしろそのための絵である。