0-04 出会う
ケーキ屋は見事に女性ばかりだった。
「居心地悪いっす」
同意。
滋郎の呟きにエディも頷く。
居心地が悪い男3人。
客は女性ばかりだがちらりと見える従業員は男が多い。
そこは日本と変わらないようだ。
父の店も兄の店も正社員は男ばかりでむさ苦しかった。
逆にパート・バイトは2人以外、女性ばかりである。
「フジム、色々買って皆で食べようよ!」
「そうだな」
ころんとした形のクッキーに、アーモンドたっぷりの薄い焼き菓子。
花型の焼き菓子は味にバリエーションがあるのか、3色並ぶ。
プレーンにココア、ベリー系だろうか。
定番の貝型は見当たらないが、これが近そうだ。
わりとよく見るお菓子もあれば見たことのないお菓子もある。
生ケーキも同じで、見たこともあるケーキも、ないケーキもある。
素材自体が少し違うだろうし、当たり前といえば当たり前なのだが。
さすがにすぐに食べないといけない生物は少しだけにして、焼き菓子を中心に購入。
語学学習も兼ねて、素材や消費期限についてなど色々話を聞いてみる。
朝市でも見掛けたが、果物に関しては違うものが多いようだし、要研究だな。
「次はどこに行きましょうか」
「本屋に行きたいっす」
エディの問いに滋郎が即答。
本屋に決定した。
重い扉を押して店内に入ると、そこは本でいっぱいだった。
って当たり前か。
背の高い棚が立ち並び、中にはぎっしりと本が詰められている。
各分野の専門書から小説まで色々とあるようだ。
漫画や画集、写真集などは見当たらない。
「フジム先輩、お菓子の本があるっす」
「えーっと……菓子作りの、基礎……か?」
嬉々として滋郎が本を差し出して来る。
タイトルを読む。
しかしまだ文字に慣れていないので、時間が掛かる。
読みに関しては滋郎と春日が早い。
「っす。内容も結構おもしろそうっすよ」
ページを捲ってみるがやはり写真や絵はついていない。
ちょっと欲しいが、本はわりと高価なようで気が引ける。
「出世払いっすよ、先輩。ここでもケーキ屋で働くんじゃないんすか?」
忘れてた。
言われて気付く。
この世界で何か職に就かないといけないんだった。
この世界に永住するんだった。
「滋郎はどうすんだ?」
「俺は開発とかしたいんすけどねぇ」
「開発?」
「はい。家電でも良いしエネルギーでも良いし……せっかくなので色々してみたいっす」
まぁ滋郎なら頭脳職だよな。
肉体労働という感じではないので、ケーキ屋にバイトで入った時は吃驚したものだ。
高校でも進学科だし、元々中学時代から成績が優秀なことは知っていたので、塾通いか家庭教師をつけるかで学業に専念するものだと思っていた。
「経営も良いっすね。フジム先輩の店の経営担当」
あぁ、それは良いな。
製造は好きだが原価計算や費用や利益の算出は面倒なのだ。
「それなら私は接客ね」
真琴がひょいと棚の裏から顔を出した。
「春日チャン、めっちゃ真剣に本見てんの。さすがよね」
確かに真剣に本を読んでいる様子だ。
「もう小説読めるレベルって。私とフジム、やばくない?」
「俺らが普通。こいつらが天才過ぎるんだよ」
普通に考えてみろ。
一ヶ月も経たずに英語の小説原文で読めるやつなんていないだろ。
辞書片手にならともかく。
「それもそうよね。うん、良いんだ! 私は私のペースでいく!」
「おー」
「あ! フジムのとこのケーキも好きだけど、オムライスも美味しいよね! オムライス食べたい!」
何で女子ってころころ話題が変わるのか。
兄の店は、店の名前がたまご工房でそのまま卵が売りだ。
ランチメニューも自然と卵料理がメインとなる。
女性客にはオムライス、男性客には親子丼が人気だ。
「そうだよな。こっちの料理もそりゃ旨いけど、食い慣れたもん食いたいってのはある」
醤油とか味噌とか米とか、特別好きってわけじゃないけど恋しくなる。
米とか大豆はあるみたいだし、似たような調味料もあるかもしれない。
エディに頼めば探してくれるだろうか。
頼んでみるか……。
さすがに買ったものすべてを一日で消費できるわけもなく。
夕食を終え、腹ごなしにと散歩に出ることにした。
部屋から見える中庭に出てみた。
よく見えないが色々花が咲いていたような気がする。
月が二つ、夜空に輝く。
「今日は両方青いのか」
前と違い、月が二つとも青白く発光している。
何か法則があるのだろうか。
まだまだこの世界は知らないことばかりである。
『……誰だ』
木の陰が動く。
耳障りの良いアルトに振り向くと、ちょっときつそうな顔立ちの少女がいた。
薄暗いので色彩はわからない。
『キイト・フジムラ』
誰だと言われたので名乗る。
異世界から召喚されたという単語を聞き忘れていた。
説明が出来ない。
『あぁ……――の――――か』
「は?」
聞き取れなかった。
まだ習ってない単語だろうか。
『あぁ、良い。私の名前はリゲル。……リゲル・ノーグ』
『リゲル』
復唱する。
『“魔女”と呼ばれている、貴方達を召喚した責任者だ』
息を飲む。
“魔女”という単語は滋郎達から聞いている。
まさか一対一で会うことになるとは思わなかった。
何て偶然だろう。
突然リゲルは頭を下げた。
この世界の人間が頭を下げているところを初めて見た気がする。
風習の違いかと思っていたが。
『貴方達には申し訳ないことをしたと思っている』
眉を顰め苦しそうに吐き出す言葉。
意外だ。
もっと傲慢そうなイメージを持っていたのだが。
それこそ“この世界の役に立てるなんて嬉しいだろう?ふふん”的な。
『恨んでくれて良い。私が責任を持って必ず――――』
また、聞き取れなかった。
リゲルは俯き、表情は見えない。
『何か困ったことあれば言ってくれ。……出来ることなら何でもする』
顔を上げる。
意思の強そうな瞳が射抜く。
「あ……と『わかった、伝える』
『頼む』
ふとリゲルの口元が緩んだ。
700歳以上だとか言ってたけど、何かかわいいな。
まぁ見た目は同い年くらいにしか見えないけど。
『ありがとう、キイト』
……花が綻ぶようにってこういうことか?
射抜かれたのは、何。