帰還
さていよいよ精霊の怒りの日だ。
五人はそれぞれ荷物を持って、儀式の間に集まった。
女子二人はすでに涙ぐんでいる。
帰ることが出来て嬉しい反面、別れがつらい。
こちらで親しい友人も出来たりしているだろうし、気持ちはわかるが。
なんとなく卒業式を思い出す。
「さて、それでは、儀式を始める」
魔術師たちは正装で身を包み、膝をついている。
立っているのは王とリゲル、五人だけだ。
「その前に……いきなり呼び出して、すまなかった。おかげで助かった。感謝している」
王が頭を下げる。
「大した礼も出来ずに……」
戦争が終わってから、一応褒美として色々貰っている。
それぞれ欲しいものをもらったりしていると思うのだが、詳しくは聞いていない。
「十分ですよ、戦争も終わって平和になったし」
「そうそう。貴重な体験でした」
確かにファンタジー生活なんて貴重だ。
今が無事だから言えることではあるが。
「……では、精霊の武器を出してくれ」
各々精霊の武器を取り出す。
キイトには必要ないのだが、なんとなく取り出した。
「つうか、俺この世界に残るし、避けてた方が良くね? 邪魔になりそう」
取り出したものの、このあとどうすれば。
帰らないのだから隅の方で眺めていれば良いのだろうか。
「今更何を言ってるんだ。元の世界に帰るんだぞ?」
それこそ今更何を、だ。
「いやだから前々から残るって言ってただろ? 俺はリゲルのいる世界にいたい」
「だが……」
「そもそも俺、精霊の武器馴染んでないと思う」
「は?」
召喚に必要だと聞いたから、使わなかったのだ。
無理やり帰らされそうになったときのために。
リゲルはすごい勢いで精霊の武器を調べ始めた。
「……本当だ……」
呆然と呟く。
「これで拒否出来ないだろ。リゲル、諦めて俺と結婚しような」
リゲルが本気で嫌がってたら諦めもするが、そうでないことはわかっている。
頭を撫でながら笑うと、睨まれた。
なぜ。
「キイトのバカ!」
「えー……」
プロポーズして罵倒とかない。
「せっかく、わたしが、あきらめようって……!」
大粒の涙をぼろぼろとこぼすリゲル。
何このかわいい生き物。
皆の前とかそういうことはどうでもいい。
むしろ気にするならここでプロポーズとかしない。
リゲルを引き寄せ、抱きしめる。
「いいところで悪いんすけど」
本当にな。
しゃくりあげながら、リゲルがジローへと目線を移す。
「俺も帰らないっす」
「は?」
「だって俺の夢は開発王! この世界にいた方が夢が叶いそうなんすよ!」
それは確かにそうなのだが。
「俺先輩より元の世界に未練ないっすよ」
ジローは家族仲が悪いのである。
機会があれば歩み寄りたいとすら思っていない。
微塵も。
「言うと思った。まぁジロがいいならいいんじゃない?」
特にジローはこの世界に残ると色々貢献しそうだしな。
特に開発面。
「そんなわけで、マコ先輩、俺の携帯から母親にメール送って、川にでも投げておいてほしいっす」
「いいけど、メール? 文面メモしてね」
「もう送信メール作ってるんで、送るだけでいいっす」
「え? 充電切れてるんじゃ……」
ジローはおもむろにそれを取り出した。
ソーラー充電器と使い捨ての充電器。
「くくっ……俺に不可能はない……」
あほだ。
「なんで写メ撮って先輩の家族に見せればいいっすよ。これが俺の嫁って」
なるほど。
銀髪だし城だし異世界に信憑性が出てくるかもしれない。
カードがいっぱいになるまで写メを取り、戻ったらキイトの家族に見せ、そのあとマコトが貰う、ということで話はついた。
ミナミもトーカの写メを撮っていた。
見た目は白蛇だが一応魔物である。
魔力のない世界で生きられるかわからないので、連れ帰れないのだ。
「トーカ、トーカ……」
白蛇を抱きしめ、涙する美少女。
珍妙な光景だ。
お決まりのビクつくミッチーも見納めである。
「あ、そーだ、これ」
危ない危ない、忘れるところだった。
「え……」
ミナミに箱を手渡す。
「何ですか……?」
「ケーキ」
「……開けても、良いですか?」
頷く。
ミナミは箱を開け中身を見て、号泣し始めた。
「ってえー……」
これは予想していなかった。
なぜ泣く。
笑ってありがとうございます、だろここは。
“みなみちゃん お誕生日 おめでとう”
少し早いが、ミナミのバースデーケーキだ。
もちろんキイトが覚えていたのではなく、ジローの入れ知恵なのだが、それは言わない方が良いだろう。
ちなみにジローが知っていたのは誕生日が近いことだけで、キイトの両親の店でミナミが毎年誕生日ケーキを購入していたことは知らない。
まったくの偶然である。
戸惑いながらミナミの頭を撫でてみる。
泣き止むまで撫で続けた。
リゲルはそれを見てやきもちをやく、ということはなく、マコトとの別れにこちらも号泣。
そしてミッチーの視線が突き刺さる。
わざとじゃないんだ、わざとじゃ。
「こほん……」
リゲルが落ち着いたことで、儀式が再開される。
結局帰るのは三人だけだ。
三人は精霊の武器で魔方陣に触れ、目を瞑る。
リゲルと魔術師の詠唱が始まる。
キイトとジローはそれを大人しく眺めた。
詠唱が終わると魔方陣が発光し、そのまま三人の姿は消えていった。
「これで三人は元の世界、元の時間に戻ったはずだ」
「うん」
「本当に、良かったのか……?」
「もちろん。早く新居建てような」
いつまでもエディの屋敷に住むわけにはいかないし。
リゲルを引き寄せ、額に口付ける。
「新築祝いは全魔動力式キッチンとかどうっすか?」
それはIH的な何かなのか。
「リゲル?」
リゲルが突然立ち止まり、蹲る。
「どうした!?」
「なんか、気持ち悪……うぅ……」
なんとなくだが顔色も悪い。
「オメデタっすか?」
「は?」
キイトはジローを見て、リゲルを見た。
リゲルはぽかん、とジローを見ていた。
キイトの視線を感じるとキイトに視線をやり、瞬きを繰り返す。
「あ……」
心当たりあります、といった声に、キイトは笑った。
「あと八人な! つか早く家建てないと! 婚姻届ってどうすんの!?」
珍しくテンションの高いキイトに、ジローは苦笑いし、出産祝いを考え始めたのだった。
<了>