残り僅か
戦争終了から一週間が過ぎた。
実感のないまま戦争は終了し、言葉は悪いが拍子抜けだった。
まぁ戦場に行ってないので当たり前といえば当たり前なのだが。
召喚の魔術が使えるのは精霊の怒りの日、すなわちあと二月。
残り二月を有意義に過ごそうと、各々行動を起こし始めている。
キイトはイグレッツィオと共に空になったストックを溜めこんでいるところだ。
販売員が他にいるので、イグレッツィオに仕込みを教えやすくなった。
かなり助かる。
アカの実のジャムを煮詰めながら、イグレッツィオに指示を出す。
滋郎は開発で手一杯なので、ここのところ厨房に入っていない。
暇が出来たら差し入れに行こう。
忙しくてリゲルにも会えていない。
ミナミは精霊の巫女として白の塔にいるが、マコトは護衛兼侍女を辞しアステとメンティの復興に参加している。
みっちーも同様だ。
クウガも復興作業の手伝いと、連絡係として文字通り飛び回っている。
エトラン自体に戦争の被害はない。
国の上層部や貴族、騎士たちは忙しく動き回っているが、国民自体には大きな影響はないようだ。
国境沿いに住んでいる人は多少なりとも色々あるだろうが、事前に避難していたため、大きな被害はない。
城下町に避難しているため、一時的に人が多い。
そのせいか商店の動きは活発。
ケーキ屋も例外ではなく、かなり忙しい。
補助金が出ているせいか嗜好品を求める人が多いのだ。
売り上げはいつもの倍。
特にパイ商品がどんどん売れる。
生産が追い付かないだなんて、この世界に来て初めてだ。
いつもより早めに閉店して仕込みをこなし、帰路につく。
明日も早めに出勤しよう。
「先輩、おかえりなさいっす」
「おー、滋郎。久しぶりだな」
キイトは毎日屋敷に戻るが、ジローは泊まり込みだったのである。
「ようやく目途がついたんで泊まりは終了っすよ」
ジローが首を鳴らしながら息を吐く。
「今何してんの」
「魔動力の範囲を広げたんすよ。城下町全体に魔動力が行き渡ります。ただ対応する家電が各家庭にないので意味ないっすけど」
確かにな。
電気が通っても電化製品がなければ意味がない。
「今回の戦争で予算根こそぎ持ってかれちゃったんで、まだちょっと先になりそうっすね。あとこれ預かってきたっす」
手渡されたのは一冊の本。
焦げ茶色の表紙、金色の文字の薄い本。
「おー……」
自費出版だが自分の本だと思うと感動する。
パイ系のレシピを載せたレシピ本。
戦争前に手配していたものだ。
これをちょっと高額で数量限定販売する。
卑怯だとは思うが生活がかかっているのだ、目を瞑ってほしい。
パイ菓子の流通が増えて結果オーライだ、たぶん。
「明日は休んで明後日から食料庫に着手しようかと」
食料庫は冷蔵庫の進化版だ。
時の魔術で時の流れを遅くして、腐敗を遅らせる。
欠点は熟成させたいものを入れても意味がないところか。
「もう日数少ないだろ。好きなもん作った方が良いんじゃないか?」
帰るまで二ヶ月を切っている。
せっかくなので作ってみたいものを優先した方が良いのではないだろうか。
テレビとかゲームとかそういうものにつながる何かを。
流通し発展したとしてもそれをジローが見ることは出来ないのだが。
「まぁ、いいじゃないっすか。それより明日、昼から製造入りますよ」
「お前休みの日まで……どんだけ労働好きなんだよ」
「好きなのは労働じゃなくて製造っす。もの作りならわりと何でも好きなんで」
確かにプラモデルとかフィギュアとか、細かい作業が好きみたいではあったが。
そういえば工芸菓子の類も上手かったな。
飴細工やチョコレート細工、マジパンに工芸パン、シュガークラフト。
コンテストに出せば良い線に行きそうだ。
「お前戻ったら細工もののコンテスト出してみれば?」
「コンテストっすか」
「あ、でもあれか。医者になるんだっけ」
ジローの家は代々医者の家系である。
親戚一同揃って医者で、かなり大きな病院の経営もしていたはずだ。
「ならないっすよ」
「ふーん?」
成績も今の時点なら問題ない筈だ。
進学科のトップなので、偏差値で言えばかなり良い大学を狙える。
サボりがちなので内申点はかなり悪いだろうが。
「もう限界なんで今日は寝るっす。オヤスミナサイ」
大欠伸をしながら部屋に戻っていく。
キイトも就寝すべく、自室に向かった。
売り上げがかなり上がったことで、仕事漬けの毎日を送る。
二ヶ月なんてあっという間だ。
リゲルとほとんど会えないまま、精霊の怒りの日が近付く。
マコトにももう会うことがないのだと思い、クウガの飛竜に乗せてもらい、メンティに向かった。
飛竜に乗るために訓練を受けたのだが、あれだ、絶叫系が得意なら大丈夫だと思う。
「復興作業進んでるか?」
「ばっちり!」
差し入れにパイの実を持って、復興作業の手伝いだ。
復興作業といってももうほとんど終わっている。
枯れた大地には新しい植物が植えられ、壊れた建物はすべて修復済み。
費用はすべてエトランから出ているらしい。
どんだけ金持ちなんだ。
建物の修復などには魔術師が関与しているので、かなり時間短縮されている。
「もうすぐ終わるよ。帰る前に終わって良かった」
「そうだな」
「フジムは帰らない気なんでしょ?」
「もちろん」
マコトはパイの実を次々と消化しながら、器用に会話を続ける。
大量のパイの実はほとんどマコトの胃の中だ。
「リゲルがいるもんね。でもさ、家族はどうすんの?」
「手紙書くから郵便受けに投げといて」
「あ、やっぱり?」
マコトは眉間に皺を寄せた。
「家出扱いだし失踪事件にはならないだろ」
「まぁそうだけどさ……」
手紙にはありのままを書こうと思っている。
信じるか信じないかはわからない。
普通に考えれば信じないだろうが、そんな嘘までついて帰れないんだな、と思ってくれるんじゃないだろうか。
誘拐されて脅されていると思われなければ良いが。
「手紙に異世界っぽいもの同封しておくか」
ちょっと信憑性増すかもしれないしな。