4-05 七日目
七日目
「クウガが到着したようだ」
竜車を止め、リゲルが外に出る。
辺りに魔物の気配はない。
上空の飛竜がゆっくりと旋回しながら下降してくる。
「今朝、戦争が始まったよ」
「……そうか。詳細は」
「向こうの要求は予想通り、国を明け渡せ、だ」
クウガはゴーグルを外しながら、相手の戦力を細かく報告する。
西の陸ルートではなく、東の上空を通って来ているので、色々と丸見えだった。
「呪はこのままいけば明け方にはぶち当たるわね。誘導するわ」
クウガの誘導で竜車が走る。
もちろん検問所は通らず、メンティに入国。
町の近くを通ったが、明かりひとつなく、人の気配はない。
「やはり民は避難しているようだな。土地が足りないわけだ……」
アステだけでは、手狭過ぎる。
狭いから、もう一つ国が欲しい。
どうしてそこで、略奪に走るのか。
平和的な解決は出来なかったのか。
クウガに誘導され、走ること一時間。
「……ッ……」
ミナミの顔色がだんだんと悪くなってきた。
次いでキイトとジローもなんとも言えない感覚に襲われる。
「何だ……?」
「呪だ」
「これが……?」
リゲルが緊張した面持ちで頷く。
竜車から大きな黒い塊が見えた。
「っていうか! 精霊って、アレ!?」
ジローが叫ぶ。
「せっかく、かわいい、のに……」
ミナミの趣味が理解出来ない。
キイトは黒い大きな蜥蜴を見てそう感想を抱いた。
「精霊って爬虫類限定!? 俺の夢を返せえぇぇ!」
「いや人型だったり哺乳類型だったりするが」
「じゃあなんでトカゲ! 人型、人型をよこせ!」
いやジローの趣味もわからないが。
精霊は自身を囲う透明な枠と共に北上中。
それを維持している魔術師が数名。
「精霊に通常の攻撃は効かないからな。ああやって被害を少なくしているのだろう」
しかしそれでは根本的な解決にならない。
魔術師の魔力が切れれば、どうしようもなくなる。
「全員の移動が終われば魔術師たちは精霊を放って逃げるのだろう。それしかないからな」
まだメンティに残っている民もいる。
大半が国の西よりに逃げているが、こうやって囲っていないと追いつかれたときに危ないと考えているのだろう。
「ミナミ、用意はいいか」
「……はい」
ミナミはロッドを握り締め、力強く頷いた。
浄化可能範囲まで到着した。
「ミナミ、浄化を開始してくれ。攻撃は私が防ぐ」
「はい……《我が名は――》」
気分の悪さなど、気にしていられない。
ミナミは膝をつき、目を瞑り、詠唱を始める。
「キイト、精霊の短剣を貸してくれ」
「俺が防ぐ」
「血を浴びたらどうする。私が適任だ。それからちょっと、あちらの魔術師と交渉してくる」
「交渉?」
「あぁ、結界の範囲を変えてもらう」
リゲルはキイトから半ば強引に短剣を受け取り、魔術師のもとへ向かった。
透明な枠を作っている魔術師数名に、ミナミの防御を固めてもらう。
そうすれば二重にミナミを守ることができる。
キイトとジローはリゲルの交渉を、離れた場所から観察する。
「あれ……子供っすか?」
その子供に気付いたのはジローだった。
魔術師から離れた場所に、見たことのない動物が繋がれた馬車がある。
その中に子供が乗っているようだ。
「タロ……?」
「知り合いっすか?」
「あぁ……ターシャの息子だ。あ、駒井」
「太郎? 駒井?」
コマイと目が合った瞬間、馬車は勢いよく出発した。
「は? 何で?」
「交渉は成立したぞ。……どうした?」
「あの馬車、タロが乗ってた」
リゲルは眉を顰め、急いで竜車から走竜を外し始めた。
「気になるな。キイト、ジロー、馬車を追ってくれ」
「わかった」
二頭とも連れていく訳にはいかない、二人はマサムネに跨り竜車を追った。
辿り着いた先は宮殿だった。
無人のようで、声も気配もない。
ただ先ほどの馬車がぽつんとあるだけだ。
「とりあえず中に入るか」
一応辺りを警戒しつつ、宮殿に入る。
入った瞬間に体が重くなったような気がした。
「今の何だと思う?」
「結界っすかね……」
虱潰しに各部屋を見て回り、タロを探す。
そして二階のやたら豪華な角部屋でタロを見つけた。
コマイではない、魔術師風の男が一緒だ。
「お兄ちゃん!」
勢いよく飛びつかれたが、難なく受け止め持ち上げる。
「タロ、お前どうしてここにいるんだ?」
「えっと、この中は安全なんだって!」
「……ようこそ、エトランの使者」
魔術師風の男が立ち上がり、優雅に礼をする。
ナルシー臭がぷんぷんするのだが。
「使者ってわけじゃないんすけど……とりあえず、タロくんはママのところに連れてって良いっすか?」
追っては来たものの、何しに来たというわけではない。
逃げられたから追う。
人間の本能です。
「どうやらあの黒いモノを討伐しに来たようですが……アレに攻撃は効きません」
精霊に普通の攻撃は効かない。
それはリゲルから聞いていてすでに知っている情報だ。
「だから浄化するんだろ」
「浄化は試みましたが効果はありませんでした。無駄です」
腕の問題なんじゃ。
それを言うとさすがに失礼か?
救世主云々の話は一応国の上層部のみにしか伝わっていないことなので、ここでそれを言って良いのか否かわからない。
異世界から来た巫女だから優秀なんですよ、と言えないわけだ。
「エトラン一の優秀な精霊の巫女だからどうにかなるっす」
あ、言った。
間接的だから良いのか?
「我が国の魔術師が無能だと言うのか!」
あ、駄目だった。
魔力の塊が勢い良く飛んでくる。
キイトが避けると後ろの壁に穴が空いた。
「とりあえず先輩、先に行ってください。タロくん邪魔なんで」
さらっと言いやがった。
だがしかし事実である。
「おー、頼むな」
「はいっす」
タロを小脇に抱えたまま廊下に飛び出した。