4-01 一日目~二日目
一日目
本日のデザートプレートはキャラメル風味のフォンダンショコラだ。
フォークを刺すと温かいチョコレートソースがとろりと溢れる。
即席の保温器にそれを入れ、あとは明日の分のレインボーゼリーと一緒に搬入する。
リゲルの話から三日間、ジローとキイトでかなりのストックをためた。
それこそ早朝から深夜まで、クリスマス時期のケーキ屋のごとく。
去年のクリスマス、ジローとキイトは瀕死だった。
文字通り忙殺。
イグレッツィオと話し合い、キイトが不在の間、店をどうするかが決定した。
とりあえずイグレッツィオがひとりで頑張るというので、店は開ける。
ただストックがなくなった場合、臨時休業になるだろう。
念のためビストロにも事情を話しておかなければならない。
「俺ちょっと旅行に行くことになってさ」
「旅行?」
「そう、南の方なんだけど……リゲルと一緒に」
「えっ! もしかして……」
ターシャがとたんににやにやとキイトをつつく。
「やるじゃん! そうかーなるほどね、うんうん」
説明しなくても脳内で補完してくれているようだ。
放っておこう。
「出発は四日後なんだけど、準備も色々あるし、明後日からのデザートプレートはグレッツに頼んでるから」
「え、大丈夫なの?」
「粗方やってるし大丈夫。ちょっと手間取るかもしれないけど」
「うん、大丈夫、大丈夫。私もフォローするし!」
「ごめん、頼むわ」
世間話として旅行の予定を話し、あとはプレートの盛り付けを教える。
ターシャには四日後と言ったが、実際の出発は今日の夜だ。
リゲルからそういう風に話すように言われ、その通りにしたが、理由はまだ聞いていない。
菓子作りに専念していたので、準備がまだだ。
急いで用意して、仮眠をとっておこう。
昨日、というか三日間、あまり寝ていないのだ。
夜になり、荷物を持って城へ向かう。
キイトの荷物もジローの荷物も小さな麻袋ひとつ分だ。
浄化の魔術があるので着替え一式の必要がなく、荷物は少なくて済む。
城へ着くと、すでにリゲルが竜車の前で待機していた。
竜車をひく走竜は、マサムネともう一頭は百番だ。
リゲルが選んだのだろうか。
「悪い、待たせた?」
「大丈夫だ。ミナミは竜車の中にいる。二人とも中へ」
促され竜車に乗り込む。
中は暖かい。
魔術だろうか。
「よ」
「こんばんは、春日さん」
「こんばんは」
ミナミは巫女服ではなく、簡素なワンピース姿である。
もちろんベールもない。
白蛇が腕に巻きついており、なんというか、異様な光景だ。
「出発するぞ」
最後にリゲルが御者台に乗り込み、竜車が動き出す。
走竜は夜目が利くので夜間でも問題なく走ることが出来る。
街道を走れば魔物は出ないらしいが、念のため交替で番をすることになった。
揺れ防止されている竜車は意外と寝やすく、疲れていたキイトとジローは早々に眠りに就いた。
もともと電車やバスでも眠れるタイプである。
二日目
目が覚めたのは明け方だった。
「おはよ、リゲル」
「おはよう。よく眠れたか?」
「うん。今どこ?」
「国境だな。もうすぐ越える」
リゲルが指を差した方向に、城門のようなものが見える。
「この大陸では街道沿いを行くと必ず検問所がある」
ウナカーサ大陸でははっきりとした戸籍などもなく、身分証明書もなく、移住も簡単だ。
パスポートも存在しないため、街道ではなく山などを越えれば検問所を通らず入出国が出来る。
もちろん違反ではない。
だが安全性を考えて検問所を通る人が圧倒的に多いらしい。
検問所で停止し、一言二言話したあとすぐに出発した。
特に手続きや荷物のチェックなどはないらしい。
検問とは名ばかりだ。
何か特別に事件でも起きない限り、実際に荷物のチェックなどはないらしい。
特に大陸の西側は平和なのだ。
「このまま街道沿いなら、リゲルも寝たら? 俺交代するし」
「そうだな……次の町で食事を摂ってからお願いしても良いか?」
リダインで最初に通り掛かった町で食事をとることになった。
ジローとミナミを起こし、町の食堂に入る。
リダインの一般的な朝食を四つ頼んだ。
隣の国だからか、内容はあまり変わらない。
失敗した。
久々の薄塩コーンフレーク。
どうにか流し込む。
「そういえば、クウガさんはどうしてるっすか?」
「クウガは数日遅れで出る。飛竜の方が速いからな。何もない限り合流しないから気にしなくて良いぞ」
「へー。いいっすねー、飛竜かぁ」
「そのうち乗せてもらえば良い。少しくらいなら訓練しなくても乗れる。……命の保証は出来ないが」
「……遠慮するっす」
口直しにフルーツジュースを飲み干す。
「さて……今後のスケジュールを説明しておこう」
要約すると走竜の体力が尽きる頃に休憩を挟み、昼夜関係なく突っ走る、だ。
途中村や町に立ち寄り食料を補充しながら、街道沿いを走る。
呪の発生地点付近でクウガと合流。
上空から誘導してもらい、呪の浄化、と。
朝食を終え、日持ちのするパンや干し肉を買う。
あとは今日の昼食と夕食にサンドイッチとパンケーキ。
水は魔法で出せるので良しとして、茶葉やフルーツジュースも買った。
「キイト、走竜の疲労が見えたら止めてくれ。それまでは街道沿いを」
「わかった」
キイトが御者台に座ると、走竜が走り出す。
特に手綱を持つ必要もない。
リゲルは四時間程で目を覚まし、御者台に移動して来た。
「もうすぐリダインを抜けるな」
「もう?」
「あぁ。リダインはあまり広くないんだ」
「へぇ」
せっかく隣に座ってるので、二人の間にあった隙間を埋めてみる。
リゲルがそれに気付き、ちらりとキイトの顔を見た。
キイトは素早くリゲルにキスし、素知らぬ顔で前を向く。
「……キイト」
「何?」
「……何でもない」
「あ、そういえば。何で四日後出発なわけ?」
リゲルの指示でターシャに嘘の日程を教えた。
その理由は聞いていない。
「……あぁ……少し前にターシャの息子が来てただろう? その同行者なんだが」
言われて、金髪の男を思い出す。
名前は忘れた。
「メンティの、宮廷魔術師だ」
メンティといえば、戦争相手ではなかっただろうか。
「ターシャはおそらく、メンティから戻って来ている」
「スパイ的な?」
「いや……そこまで期待はされてないだろう。ターシャ自身は何の訓練もしていない」
「だけど四日後ってのがメンティに伝わってる?」
「メンティが動きそうな気配はあったんだ。四日後から魔女不在となればその隙を狙う可能性が高い」
「リゲルがいない方が都合が良い?」
「まぁ、いるよりいない方が勝率が高いだろうな。いなくても負けるつもりはないが」
単純な軍事力ではメンティの方が上だ。
しかし魔術の腕や人数でいえばエトランの方が上である。
英雄の言葉にどこまで信憑性があるかはわからないが、一応救世主もいる。
「四日後に出発といえば、攻めてくるのはおそらく七日前後。それまでにカタをつける」
精霊の呪の浄化。
それさえ無事に終われば、戦争も終わる可能性が高い。
それがエトランの考えのようだ。