3-qu 英雄の書
英雄の書を開く。
時の魔術がかかっており、劣化はしない。
760年、少しずつこの書を読みすすめて来た。
一気に読まずにいたのは、英雄との約束だったからだ。
英雄の知識が詰められた書。
英雄の望む未来が書かれた書。
その年に起こる大きな出来事や、その年に私がやるべきことが書かれており、私は書を読みそれを目標に行動する。
出来ない、と思っても諦めなかった。
少しくらい寝なくても、食べなくても、疲労はあっても死は訪れない。
書に忠実な未来を紡ぐ。
私は英雄に少しでも近付けただろうか。
英雄の望んだ未来に辿りつけただろうか。
大陸歴760年、現在。
書は761年の救世主たちの帰還で終わる。
未来以外の知識も、読んでいないものはない。
書にある魔術の三分の一は難しく、特に時の魔術などはほんの少ししか使えないが。
ただ私の役目は時の魔術を覚えることではなく、書に残すことなので問題ない。
すでに大抵の部分を書にして一般に流出してある。
“761年 救世主たちの帰還”
その文字を指で辿る。
帰ってしまう。
どれだけ別れを繰り返しても、やはり別れとは寂しいものだ。
親しくなってしまえば、なおさら。
脳裏に浮かぶのは二人の姿。
今回の件が無事に終われば、私はまたひとりになる。
だけど……少しくらい、夢を見てもいいだろうか。
キイトが帰るまでで良い、“恋人”の隣にいてみたい。
もうすぐ私の役目も終わる。
英雄の望む未来がなければ、私のとるべき行動もない。
ただ最後にある英雄からの手紙、これだけは読みたい。
頁の端を閉じられたその部分は、もう少し未来の私宛だ。
「リゲルー!!」
明るく大きな声にはっとして、顔を上げる。
書を片付け、外に出た。
「帰ったのか、クウガ」
「ふふ、見つけたよ、原因!」
「原因?」
「そう! 精霊種のね、呪を見つけたよ」
ああ、また。
「そんな顔しないでよ。今度は大丈夫でしょ?」
「あぁ……」
どんな顔をしていたかわからない。
だが今はミナミがいる。
「作戦開始でしょ。集合かけるなら私も付いていく!」
「別にかまわないが、なぜ?」
「ふふふ、噂のキイトくん見たいじゃん!」
「……そうか」
別に好きで話したわけではない。
なぜかバレただけだ。
断じて惚気たわけではない。
本当だ。
「ロアに渡さずカネルに入れたいだなんてさ。ロアだったらリゲルと身内になれたのになぁ」
なぜ結婚前提で話す。
「キイトはどうみてもロアの当主と相性が悪い」
ロアの当主はクオルの歳の離れた兄。
クオルとクウガが異端なだけで、ロアの気質はキイトには合わないだろう。
「確かにね、ロアと相性がいい人なんて早々いないでしょ」
「とにかく……明日、だな。エディの屋敷を訪ねよう」
「了解!」
「今日は城で会議だな。行こう」
救世主たちを無事、元の世界にかえすために。