3-06 終結
秋の終わり、東隣国が降伏し、戦争は終わった。
メンティはアステに移住を始めているらしい。
侵略のはっきりした動機はわからないままだが、移住を始めるということは領地拡大が目的だったのだろうか。
今のところエトランへ侵略してくる気配はないが、油断は出来ない。
メンティも戦争で負傷しているだろうし、その回復とエトランが油断した時期が一番危ないだろう。
戦争が終わる前の一月で、色々と変化があった。
若干スパルタでイグレッツィオを鍛えてみた結果、一人でも仕上げが出来るようになった。
最近ますます討伐が増えているので、それだけで大助かりだ。
販売の従業員も大分慣れて来たようだし、浄化機も順調に稼働中。
他の魔動力式も問題ないので、次は城を切り替えていくようだ。
最終的にはエトラン全体が魔動力式になる予定である。
新たな魔動具もどんどん開発されており、ジローが過労死するのでは、と心配になるほどだ。
印刷機は製作所に設置し、稼働中。
用途は主に書籍の印刷。
つまり、レシピ本である。
写真の技術は魔術では応用出来そうになかったので、イグレッツィオにイラストをつけてもらった。
レシピの内容はもちろんケーキ。
パイ菓子を数点とゼラチンを使ったものがメインである。
自費出版だし世界は違うが、レシピ本を出すことは密かな夢だったのでちょっと嬉しい。
パイ菓子の売り上げで店は軌道に乗ったし、そろそろレシピを流出しようと考えたのだ。
ちなみにレシピ本はかなりの高値をつける予定である。
断じてぼったくりではない。
次は時の魔術を覚えて冷蔵庫の進化系を作るため、キイトとジローで研究中だ。
時の魔術は現在リゲルとほんの数名が少し使える程度。
魔術書には詳細に書かれてある時の魔術だが、真偽は怪しい。
一応リゲルは高度な時の魔術を見たことがあるらしいが、その一人以外、使える人間は現われていないという。
戦争終結の知らせから数日後、クオルの叔母であるクウガが帰って来た。
クオルによく似た顔立ちの女性で、思ったより若い。
二十歳過ぎの姪がいるのだから四十くらいかと思っていたのだが、三十前後に見える。
「はじめまして、クウガ・ロアだよ。よろしくね」
挨拶を交わし、テーブルにつく。
クウガが帰って来たことで、なぜかリゲルから呼び出されたのだ。
「クウガ、頼む」
リゲルの言葉に頷き、報告を始めた。
「メンティの上空を隈なく飛んで見たんだけど、呪を発見した。おそらく精霊だ」
「え?」
「メンティは崩壊の危機みたいだね! はっはっは」
はっはっは、じゃないだろう。
リゲルも苦笑いだ。
「そういうことだ。呪にかかった精霊が暴れているせいで、国から逃げるしかなかったんじゃないかというのが国の見解だ」
「何で? メンティは呪の浄化が出来ないわけ?」
出来ない国、というか巫女が存在しない国はいると聞いていたが。
「普通の魔物なら出来ると思う。精霊はちょっと特殊で……かなり難しい」
「加えて精霊に攻撃は効かないからな。逃げるしかなかったんだろうよ」
リゲルが溜息を吐く。
腕を組み、頷くクウガ。
「ちょっ……もしかしてそれでアステに逃げるために戦争になったんすか?」
「おそらく。陸続きじゃすぐに追いつかれると思ったんじゃないか」
「え、えー……そんな理由で……っていうかエトランから巫女派遣とか出来ないんすか?」
「事情を話してくれれば出来たがな」
いまさら、である。
「助けを求めることが恥とでも思っているのか、エトランでも無理だと思っているのか……メンティのお国柄はよくわからん」
船があまり発達していないので、エトランからメンティへ行くとなると陸続きになり、エトランからみると大陸で一番遠い国なのだ。
そもそも隣国でさえ交流の少ないエトランである。
そんな遠地と交流があるはずもなく、そんな相手に頼みごとも出来ないと思ったのかもしれない。
実際は、精霊の巫女の派遣に関してわりとどの国も遠慮なく、エトランに持ちかけてくるのだが。
エトランも交流がない国でも派遣は積極的に行っている。
「まぁ、それは置いといて……浄化はしないと被害は広がっていく一方だからね、浄化には行こうな」
「は?」
「……ミナミに行ってもらう。もともと精霊の呪は難しい。ミナミに出来なければ他の誰にも出来ないだろう」
「春日は了承したのか?」
「ああ。優しい子だからな……」
確かに、断れる性格ではないが。
「それで、キイト、ジロー、君たちにも同行してもらいたい」
「は?」
「メンティの侵略を防ぐために、騎士はすべて出向する。単純に人手不足なのでミナミの護衛を頼みたい」
「いや、まぁいいけどさ……」
「詳しくは道中話すが……とりあえず私も行くから竜車には四人だな。クウガは飛竜だし」
「竜車でってだいぶ掛かるんじゃないのか?」
「結構かかるな。しかし飛竜は訓練しないと乗れないから、どうしても竜車が最短なんだ」
それは残念だ。
「長期間あけることになるからな、手配を頼む」
店を休むか、イグレッツィオに任せるか、だな。
「わかった」
「準備があるから出発は三日後だ。……それと、キイトにちょっと頼みがある」