3-04 銘菓
紙の製作所の隣の土地に、魔動力の小さな工場が出来上がった。
ここから城下町全体、発展すれば中継地点へと魔動力を飛ばす。
まずはエディの屋敷とケーキ屋の二箇所。
ようやく二箇所の家電もどきの動力を改造し終えたので、本日稼動である。
動力が不足すると自動的に魔動石に切り替わる仕組みだ。
停電(?)対策もばっちり。
朝、ジローからその報告を受けたキイトは、差し入れを持って城へ向かった。
「先輩っ! これっ!」
満面の笑みで突き付けられたものは、一枚の紙だった。
そこには何故か猫耳と肉球のある女の子がカラーで描かれている。
……何て言えば良いかわからない。
「反応薄いっす!」
いや意味がわからないから。
「これ、転写の魔術なんすよ!?」
最初からそれを言えと。
よくよく見ると作業台にはまったく同じものがもう一枚。
「へぇ、綺麗だな。色もそのままだし」
印刷ではなく転写なので、解像度の問題もなく、綺麗なものだ。
そのまま転写しているので、絵が反転したりということはない。
「ただ、すっごい時間掛かるんすよ。慣れれば早くなるかもしれないっすけど」
時間が掛かるのは問題だ。
だが複雑なものならば時間が掛かってもやる価値がある。
しかしアカの花の絵程度で時間が掛かってしまうなら、紙箱には取り入れられないかもしれない。
「まぁその辺りは色々やってみるっす。それと、浄化の魔動具は出来上がりっすよ」
こっちも中々難易度が高そうだと思っていたのだが、そうでもなかったのだろうか。
浄化の魔道具は衛生面の浄化を専門に開発してもらった。
紙箱の浄化をエディにやってもらうためだ。
「汚れの浄化程度で大きさも小さめなんで、そんな難しくはなかったっす」
簡単に言ってのけるジロー。
同僚らしき女性から睨まれてますが。
すごく視線を感じますが。
「なんすか。見ないで下さい、減るんで」
「減るわけないでしょ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴る女性。
青味掛かった黒髪を肩で切り揃え、片眼鏡を着用している。
「くっ……! キイト・カネル! 私はクオル・ロアよ! 覚えておきなさい!!」
何で俺、とキイトが眉を顰める。
それを察したのかクオルが続ける。
「部外者の癖に妙に良い案持ってくるんじゃないわよっ!」
「僻みか」
「ぐっ! 僻んで何が悪い! 部外者と臨時の癖にっ! エディ、何とか言いなさいよっ!」
「え、こっちに振るんですか。遠慮します」
何度かここには来ているが、あまり人に会ったことはなく、クオルとはおそらく初対面だと思うのだが。
おそらくジローに巻き込まれたんだな、と他人事のように考える。
しかし激しい人だ。
「あ、そうだ。差し入れ」
布を掛けたかごを差し出す。
布を取れば卵黄で焼き色をつけた一口サイズのパイが大量に顔を出す。
「あら美味しそう」
バターの良い香りがふんわりと鼻腔をくすぐり、食欲をそそる。
「パイの実っすか!?」
「だろ、パイの実っぽくしてみた。つうか商品名まんまパイの実にしようと思ってるくらいだし」
中身はチョコレートではなく、アカの実のジャムであるが。
アカの実を砂糖とはちみつでとろっとろに煮込み、パイの中に詰めた。
自画自賛だが良い出来だと思う。
「うまいっす! マコト先輩が喜びそうっすね」
確かに。
パイの実でお茶にすることにし、作業台からテーブルに移る。
お茶の準備をしていると、来客があった。
「リゲル! ちょうど良かった、一緒にお茶にしましょ」
キイトではなく、クオルがリゲルを誘った。
エディに書類を届けに来たようなのだが、クオルと親しいのだろうか。
「いいか?」
「もちろん」
パイの実がキイトの差し入れだとわかったのだろう。
キイトに伺いをたて、テーブルについた。
先日、返事を出来ないでいるリゲルに、キイトは笑った。
笑って、嘘だって、と抱きしめた。
その後もわざと明るく話を変え、うやむやに。
キイトの召喚にどういった意図があろうと、自分の思うがままに行動する。
リゲルが死にたいといっても、帰って欲しいといっても、好かれている限りはリゲルの傍を離れる気はない。
元々生き物はいつなにがあるかわからない。
一年後、半年後、明日にだって自分が死んでしまうかもしれないのなら、出来るだけ後悔しない道を選ぶ。
「このパイの実を名物扱いにしようかなって思ってさ」
「名物?」
「なんつうのかな、看板商品? ここに来たらこれ!っていうさ」
温泉饅頭や○○に行ってきましたと書かれた土産物のようなイメージだ。
このケーキ屋に寄ったらこれ、というのはもちろん、城下町に来たらこれがお土産!というところまで持って行きたい。
やはりパッケージに地名をいれるべきか?
“城下町名物・パイの実”とか。
まずは店で売り上げを上げていこう。
「リゲルさんとクオルさんは仲が良いみたいっすね」
隣に座り、パイの実やお茶についてあれこれと話している二人に、ジローが声を掛けた。
「そうだな。クオルがまだ幼い頃、私に向かってババアと……」
「あああああっ! やめてよっそういうこというのっ!」
「本当のことじゃないか」
ババアと言われて仲が良くなるのか?
不思議そうにしていたことに気付いたのか、リゲルが笑った。
「影では言われても、面と向かって言われたのは初めてだった。あれだけ笑ったのは久しぶりだったな」
ババアと言われ大笑いし、暴言を吐いたクオルの両親が必死で土下座。
何てシュールな光景。
「私は元々ロア家の……クオルの叔母と仲が良くてな。よく屋敷を訪ねていたんだ」
エディと一緒にいることが多いので、カネル家と仲が良いのかと思っていたが。
権力のありそうな立場である魔女が特定の公爵家と仲が良いなんて、確執が生まれたりしないのだろうか。
が、この国で貴族や国民の反乱のような事件は、一回もないのだという。
魔女は王族や貴族という権力者ではなく、精霊のような不可侵な存在だと思われているようだ。
七百年以上国を支え発展させてきたのに、あまり表舞台に立つことなく、裏方に回ることであまり敵を作っていないのかもしれない。
「最近は留守にしてるから会ってないのだがな」
「叔母さん自由人だから」
何でも世界中を飛び回っているそうだ。
文字通り、飛び回っている、だ。
珍しい野生の飛竜を飼いならした豪傑で、ウナカーサ大陸だけでなく、他の大陸や島々も見て回っている。
東隣国と海を挟んだ隣国との戦争にいち早く気付いたのもその叔母さんらしい。
もっともこの戦争の開始時期は、大体のところわかっていたので警戒していたおかげでもある。
「今はメンティの偵察に行ってるんじゃないかな。そろそろ決着がつきそうだし」
「戦争が終わるってことか?」
「おそらくアステが降参するだろうと。その後メンティがどう出るかはわからないが、おそらく……」
リゲルの表情で、戦争になるだろうとわかる。
「その辺り対策とか練ってるんすか?」
「東の国境沿いはすでに避難している。騎士が駐在しているから、何かあればすぐ知らせが来る」
「こっちから攻めたりしないんすか?」
「侵略の動機もはっきりしないから何ともな。単なる領地拡大ならば遠慮なく叩き潰すのだが」
物騒なことをさらりと言ってのける。
「まぁ、調査を進めるしかない。何か発展があればすぐに知らせる」
その後話題は魔動具やケーキのことに移り変わり、日が暮れるまでお茶の時間は続いた。