3-01 精霊の武器
ゆるやかな丘の上、巣穴。
店休日である今日、約束どおり英雄の丘に来ていた。
「この祠の奥に、精霊の武器を保管してある」
以前来た時から大分経っているのにアカの実は相変わらず。
そのまま実っていたのか、朽ちてまた実ったのかはわからないが、不思議な植物である。
「中には五つの部屋がある。それぞれの武器を取って来て貰いたい」
「危険はないのか?」
「危険はない。罠もないし、魔物もいない。どの部屋が誰の、なんて考えなくて良い。好きな部屋に行ってくれ」
「わかった。じゃ、行こっか!」
マコトの先導で巣穴に入った。
危険がないのならばと気楽なもので、互いに近況を話しながら歩を進める。
中は薄暗かったので、ミッチーが魔法で光を灯す。
五つのその光はそれぞれの頭上でゆらゆら揺れて、ついてくる。
便利だ。
入り口から細い道を進み、すぐに拓けた場所に出た。
そこから分かれた五つの部屋。
「どこでもいいって言ってたよね。私ここでいいや」
マコトが真っ直ぐに進む。
左から二番目。
自然と隣にミナミ、その横にミッチー。
残りの両端にキイトとジローが進む。
部屋の中央に台座、そして短剣が刺さっている。
キイトはそれを手に取る。
頭に響く声が気持ち悪い。
若い男の声。
声が気持ち悪いというのではなく、頭に響くから気持ち悪いのだ。
もしやこの声は、アカの英雄のものだろうか。
ともかく声の通り、指示に従う。
自分の血液を、武器に与える。
どうやらそれが持ち主認定のための方法らしい。
たったそれだけのことなのですぐに終わり、その短剣を抜く。
鞘ごと台座に刺さっていたので、何か特殊な加工でもされているのだろうか。
使わないので待機状態、すなわち体内に隠すことにする。
どうやらこの武器はそういうことも出来る、特殊なものらしい。
原理はわからないが、魔術が関係しているのだろう。
武器を手にしたのでここに用事はない。
先ほどの場所に戻ると、一番乗りだったらしく、誰もいない。
ミナミだけは血液に手間取りそうではあるが、他が遅いな。
感覚的に数分経ち、ようやくマコトが戻り、ジローが戻り。
ミナミ、ミッチーと戻ってきた。
「遅かったな」
「何か説明がやたら長かったっす」
「説明?」
「使用方法の説明が……」
使用方法の説明?
「取説?」
「いや、頭に響く声みたいな……あれ、長くなかったっすか?」
「全然」
聞くと皆使用方法の説明があったらしい。
キイトの武器は説明など隠し方、出現方法だけしかなかったのだが。
もしや持ち主認定されてない?
いやいや認定はされたようだった。
でなければ隠し方も説明されなかっただろうし。
「とりあえず出るか。リゲルに聞けばわかるだろ」
何のためにこの武器を回収したのか、それも聞かないと。
「皆武器は手にしたようだな」
リゲルが満足げに微笑む。
「んー、リゲル、それでこの武器って何なの? そろそろ説明してくれてもいいんじゃない?」
マコトの言葉にリゲルが頷く。
「そうだな。皆、武器を出してくれ」
それぞれの手に武器が現われる。
それを見て一気にファンタジーだな、と思う。
「どの武器にもついている、透明な魔動石」
それぞれの武器を見てみると、確かに透明な石がついている。
キイトの短剣。
ミナミのロッド。
ジローのメイス。
マコトの剣。
ミッチーの剣。
キイトは自分の手元にある、短剣を見た。
何だろう、戦闘用っぽくない。
確かに戦闘するつもりはないが、明らかに自分の武器だけずれている感じがする。
他の皆はらしいのに。
「その魔動石は、召還用だ」
「……え?」
ぽかんと、リゲルを見返すマコトとミナミ。
ミッチーも目を瞠り、リゲルを見た。
ジローは無反応でメイスを観察している。
「つまり、この武器で元の世界に帰れる、と? そういう訳っすか?」
「そうだ。その武器を使い、馴染んでくれば力を発揮し帰ることが出来る」
使う。
短剣はリーチが短いし戦いにくいんだけどな。
「使うといっても、魔物を屠れば良い、ということではない。日頃から触れていれば、それだけで良い」
魔物討伐とか言われると、ミナミが中々持ち主になれそうにないから、それは助かるな。
「それぞれ個人にあった武器になっているだろう。説明があったからわかると思うが」
「あ。俺の武器の説明、なかったんだけど」
「……あぁ。キイトの短剣は、説明が要らないからな。その武器には特殊な効果がないんだ」
「俺のだけ?」
「それだけだな。その……必要なかったというか、ジローの武器もあるし……」
確かに戦闘用はジローの武器があるし、特に必要はないが。
しかし使って馴染ませるって、用途がないのにどうやって。
まぁすでに帰る気はあまりないから良いんだけどな。
兄貴達には悪いと思っているが、キイトは愛に生きる気満々である。
連れて戻れるのならばそれもありかと思うが、戸籍云々日本で暮らすのは厳しいだろう。
それならばキイトがこちらに永住した方が良い。
「この先救世主には、特に必要となる武器だ」
忘れがちだが、ミッチーは戦場に行く予定なのだ。
確かに武器は必要。
「精霊の加護のあるその剣は、他のどんな剣よりも強力だろう。使い方は聞いたな?」
「聞いた、けど……」
眉を顰め唸る。
使い方が難しいのか。
「ならば良い」
「それよりもそろそろ聞かせてほしいっす。俺たちが召喚された理由」
「それは国を救って欲しいと」
「それもあるかもしれないっすけど、そろそろ本当のことが知りたいっす」
リゲルは諦めたように、落ち着かせるように、息を吐いた。
「アカの英雄が現われ、この国を創った」
マコトとキイトは以前この場所で聞いた話だ。
「英雄がのこした、書がある」
書。
この話は聞いていない。
「その書には、この国があるべき姿、進むべき方向、いろんなことが書かれてある」
「それが……わたしたちをよんだ……」
「そうだ。それに救世主を召喚することで、この国が救われるだろう、と」
目を閉じ、続ける。
「英雄の知識のすべて、英雄の望む未来を、私は辿っているだけ」
英雄がいなくなってからも七百年以上、その書を頼りに、国を創り。
「書は、誰にも見せていない。見せられない。英雄と、約束、したから」
「戦争の、ことも?」
「書かれてあった。隣国には警戒を呼びかけたが、相手にされなかった。予兆もなかったからな、疑われて仕方がないが」
もし隣国が信じていれば、戦争はなくならないにしても、犠牲は少なかったかもしれないのに。
「予言みたいなもん? これからのことも書かれてある?」
「そうだな。私は予言の書だと思っている。ただ、これからのことは、あまり書かれていない」
戦争の細部が書かれていれば、策が練れていたかもしれないのだが。
「私に対する指示はまだ続いているが、それも動機が見えないものだ。だが英雄は絶対だ。悪いようにはなるまい」
何だその信用度。
また少し英雄に対し苛立ちが募る。
もういない人間に対して。
いつからこんなに狭量になったんだ。
「どちらにせよ、そう細かいことまで書かれていない。結局は今生きている人間が、最善を尽くしていかなくてはならない」
「……みっちーは、戦場に行くの?」
「悪いが、行ってもらう。しかし、悪い結果にはならないはずだ」
マコトがその言葉にほっと息を吐く。
「この戦争が終われば、元の世界に帰れるはずだ。あと少し、協力して欲しい」
「まぁ悪い結果にならないなら、私はかまわないかな。その書が絶対ってわけじゃないなら、ちょっと簡単に考えすぎとは思うけど。だけど、帰るには協力しないと、っていうことに間違いはないんだし」
それはそうだ。
たとえ武器を使い馴染んでも、帰り方はわからない。
「脅すようで悪いが……戦争が終わらないと、召還は難しい。武器だけでは不十分だからな」
「この国にも愛着わいちゃってるし、もちろん協力するよ」
「乗りかかった船だしな」
「わたしも、出来ることなら……」
弱弱しいミナミの笑み。
意外な発言に、ついミナミに視線を移す。
それに気付いたミナミが慌てて顔を伏せた。
「で、肝心の五人召喚された理由は、なしっすか?」
「書に書かれているのは取るべき行動だけで、理由は書かれてない」
「五人に対して取るべき行動は書かれているが、それだけだ」
リゲルがちらりとキイトを見た。
「……個人の、感情に関するようなことは、書かれていない。その……誰かを好きになれだとか嫌いになれだとか、恋仲になる、だとか……」
ほんのりと頬が赤いように見える。
それは、ポジティブに受け取っても良いということか?