2-10 精霊の巫女の役目
早朝。
マコトは騎士服を、ミナミは巫女装束をそれぞれ身につけ、迎えを待った。
騎士服は特殊な製造方法で布製なのに防御力が高いという代物である。
もっとも高いとは言えど金属製の鎧に比べれば低いのだが。
軽量化の魔術が掛かっているものが主流といえど、さすがにマコトも鎧を身に着けて動く体力も筋力ない。
それは他の4人も同じようで、誰も普通の鎧は使用していない。
リゲルが部屋を訪れ、竜車に移動する。
黒塗りの竜車は想像と違い、高級そうだ。
金色の装飾で縁取りされており、揺れを感じさせない仕様になっている。
四人乗りの竜車に乗り込む。
竜車を引く走竜は三匹。
番号は100、101、102と連なっている。
中に乗るのはマコトとミナミ、オマケにトーカで、リゲルは前、走竜の手綱を持つ。
自動操縦、というか手綱を持たずとも目的地まで問題なく進むようだが、見張りも兼ねて前に座るようだ。
「みっちー、久しぶり!」
鎧を着用した騎士が一人と、ミッチーが黒い竜に乗ってやって来た。
鋭い爪を隠し持つ、爪竜という種類の黒い竜だ。
王宮騎士は主にこの爪竜に騎乗することが多い。
「みっちーって言うな!」
お決まりのやり取りにミナミが小さく笑った。
ウェディングドレスもどきのミナミに、ミッチーが見惚れ、マコトは笑いを堪える。
何て予想通り。
二人に報告しよう、とこっそり考える。
「さて出発するぞ」
それを合図に竜車が動き出す。
聞いていた通り、揺れがない。
こんなに安定しているのならば遠出も苦にならないなと思う。
三時間程揺られ、湖の畔に到着した。
「リゲルさん、遅いー。疲れたよー」
間延びした話し方の騎士が竜車に近付く。
監視は警備か討伐のどちらかの騎士がするものらしく、今回の騎士は走竜に乗っているので、おそらく討伐隊の方だろう。
警備は跳竜に乗っていることが多い。
「悪いな。呪いは?」
「対岸。あーやっと帰れるー」
巫女一同が到着し、監視は終了らしい。
竜車を置いたまま、歩いて対岸へ渡る。
道が悪く、歩きづらい。
さすがにヴェールは邪魔なので、ミナミは後ろに捲っている。
ふらつくミナミををミッチーが支える。
しかしその度に目線がトーカに、若干ビクついているのがおもしろい。
渡った途端、ざわりと鳥肌がたつ。
ミナミの顔は青白く、気分が悪そうだ。
「リゲル、何なの……?」
「これが呪いの気配だ」
そういうリゲルも顔色がよくない。
ミッチーがまったく変化なしというのがむかつく。
「巫女として才能があればあるほど、呪いに敏感になる」
なるほど。
マコトもミナミほどではないが少しは才能があるということか。
青白い顔のまま、ミナミが膝をつき、手を組む。
巫女が長い詠唱を行う間、護りを固めるために騎士がいる。
呪いは詠唱を嫌うので、詠唱している巫女に気付くと攻撃してくるからだ。
今回はリゲルが結界を張り、全員を保護する。
結界は万能ではない。
結界の力よりも強い攻撃を受ければ、当然消滅する。
そうならないように危険な敵が現われた場合は、騎士やミッチーが対応するのだ。
黒く変色した小鹿が、勢いよく結界に突っ込む。
呪いが感染した生物は、黒く変色するのだ。
ミナミの細い声が呪文を紡ぐ。
この呪文が本当に長く、その間防御しなきゃならないので使い勝手が悪い。
精霊の巫女、というか才能がなければ九割は失敗に終わる。
ミナミは今のところ百発百中、リゲルだと七割くらい。
魔物の少ない場所なのか呪いに近づいて来ないだけなのか、小鹿以外の生物は見当たらない。
ミナミの初本番もあっさりと成功し、ミッチーの見せ場もなく。
呪いが消え倒れた小鹿。
リゲルはしゃがみこみ、そっと手を伸ばす。
回復魔術を掛けられた小鹿は元気に飛び上がり、仲間も元へと駆けて行った。
「良かったね」
一安心だ。
ミナミの成功も、小鹿の無事も。
ふと、リゲルの項に、赤い痕を見つけてしまった。
知り合いや友達のそういうものを見つけるというのは、何と言うか恥ずかしい。
あえてそれには突っ込まないが、相手はどうせキイトだろう。
「あ……」
ぽつりと、声が落ちた。
立ち上がったミナミが、リゲルの項を見ている。
あ、まずい、と思ったが、もう見てしまっているし、どうしようもない。
先ほどと違う原因でミナミの顔色が悪い。
「あちゃー……」
なんてこった。
マコトにとってはどちらも友人だ。
どっちも上手く言って欲しいけど、片方しか成り立たないわけで。
遅かれ早かれ、こうなることはわかっていた。
「戻りましょう」
その顔をヴェールに隠し、歩き始める。
だが声が震えている。
「春日さん」
ミッチーが素早くミナミの傍に立ち、手を取った。
「危ないから」
「……ありがとう、ございます」
ミッチーは気付いているのか、いないのか。
恋愛って難しい。