2-07 原案
午前中に店に行き、開店までにケーキを仕上げ、ショーケースに並べる。
仕上げが終わったら、仕込みだ。
今日はクッキー種を仕込む。
成型して冷凍し、必要な時に必要な分だけ焼成する。
あとはパウンドケーキとシートを焼こう。
タルト生地も仕込んでおいて、明日型に嵌めて……。
夕方はビストロに配達があるから……。
そこまで考えてイグレッツィオに呼ばれた。
「お客さんだよ」
「あ」
厨房から店側に出ると、騎士がいた。
「やほー、ケーキ屋さん」
「騎士だ」
「……どうして職種で呼び合ってるんですか?」
それはこっちが聞きたい。
つうか名前知らないし。
「おやつ買いに来たんだー。あ、コレだ!」
柚子のパウンドケーキを手に取り、嬉しそうに笑う。
そうか、あれを気に入ったのか。
「他のもおいしそー」
次々と籠に焼き菓子を入れていく。
「そんなに食うの?」
「うん、討伐っておなか減るよねー。おやつにするんだ」
にこにこと上機嫌に焼き菓子お買い上げ。
普通のケーキは持っていけないので買わないようだ。
「討伐の時のごはんって味気ないしさー。下手したら非常食のみだし」
討伐時に携帯する非常食は味のないカンパンみたいなやつだ。
それと定番の干し肉。
この干し肉がまた硬くて味がない。
普通噛めば噛むほど味が出るもんじゃないのか。
何の肉かは聞いていないが魔物の肉のようで、若干魔力が回復する感覚がある。
噛む回数が多いから確かに満腹中枢が刺激されるかもしれないが。
それはそれ、これはこれ。
味は重要。
量も重要。
腹が減っては戦も出来ぬ。
そんなわけで、前回の討伐では柚子パウンドをおやつに持っていったわけだが。
討伐地点の付近に町や村があれば美味しい食事を取れる可能性もあるのだが、毎回そういうわけにもいかず、非常食を食べる羽目にになるのである。
「ところで、お前名前は?」
「そっか、名乗ってなかったねー。ノルマンド・ディスカだよ。ノルって呼んでー」
「ノルな。俺はキイトだから。ケーキ屋さんじゃないから」
「ディスカって……まさかディスカ侯爵家の……」
「知ってるのー?」
「そりゃ知ってますよ! こんな店に侯爵様が来られるなんてっ。高位の貴族様なんて初めて見たっていうかっ」
「お前の中に俺は貴族として認識されてないのか」
確かに血筋的にはまったく貴族ではないが、一応高位の貴族なんだけど。
別に自分の手柄でもないし威張りたいわけでもないが、カウントされないのもどうかと思う。
「へ?」
「は?」
「そっかー。ケーキ屋さんも貴族だもんねー。カネル公爵家だっけー?」
「へ?」
何故そんなに驚いているのか。
イグレッツィオは目をまん丸にしてキイトを見ている。
「公爵……?」
「公爵」
「えええええええええええ?!」
「その反応こそがええええ、だよ」
本日のデザートプレート。
シフォンケーキにアカの実のジェラート、ソース。
それにカラメリゼしたナッツと、砂糖をかけて焼いたスティックパイ。
どうもこの国でパイを見ない。
パイ自体がないのか、好まれてないから廃れているのかは不明だ。
イグレッツィオは存在自体を知らなかったのだが、元々詳しいわけではないのでわからない。
ビストロで皿に盛り付けし、大体こういう感じでと伝える。
あとは注文が入ってから盛り付けしてもらうのだ。
キイトがずっとビストロで待機しておくわけではないので、盛り付けは簡単にしてある。
「あぁ、そうだ」
「ん? どうしたの、キイトくん」
「ターシャは付き合ってないのにカラダの関係はあるってこと、ある?」
「へ!? ないけど……うーん……でもたまに聞くよ、そういう話」
「そういうもんか」
貞操観念なんて色々だしな。
「そもそも、この国は婚姻前にそういう関係になること、少ないよ」
「マジ?」
「マジマジ。私の前いた国は婚姻前からむしろ推奨、って感じだったけど」
リゲルはこの国にずっといるはずだ。
それなのに、応えてくれたということは、そういうこと?
ポジティブに考えすぎかもしれない。
が、超前向きに考えると結婚しても良いと思ってるレベルなんじゃないだろうか。
「キイトくん、顔がにやけてるよ? リゲルさんと何かあったね? お姉さんにいってごらん?」
ターシャがにやにやとキイトを突いて来る。
あぁ、やっぱり?
にやけてるだろうとは思ったが。
「まぁ、進展はした」
次のデートでは確実にOK貰いたい。
押せば何とかなりそうな気がする。
ビストロを出て、次に向かうのは城。
ジローとエディの職場である。
最近ジローは忙しいらしく、屋敷であまり会うことがない。
今回はジローに魔動具のテストをして欲しいと呼び出されているのだ。
「せんぱーい」
目の下に隈を作り、疲れた声で出迎えてくれた。
髪の毛もさもさ、服はよれよれ。
大変そうだ。
「ほい、差し入れ」
パンプキンパイだ。
デザートプレート用にパイ生地を仕込んでいたので、ついでに作ったのである。
「あざっす!!」
途端に元気になる。
菓子でそんなに元気になれるって凄いよな。
お茶を淹れ、話を聞く。
今回ジローが作ったのは単なる冷蔵庫とミキサーだ。
一から作ったものではなく、改造品。
改造部分は勿論、エネルギー供給部分。
要するに魔動石ではなく魔動力で稼動させよう、である。
「城から店までなら何とか届くと思うんすけど。一応中継も作ってるっす」
もし失敗していても、魔動石の補充場所は残っているので無駄にはならない。
魔動力式が普及すれば面倒が省けて良い。
魔動石を売って商売している人も、魔動力に変換するためにもどうせ魔動石も使うし職を失う心配はないだろう。
変換所でも人手がいるだろうし、職は増えるかもしれない。
そこまで普及するにはまだまだ時間が掛かるだろうが。
「あ、そうだ。滋郎、これなんだけど」
リゲルに借りた魔術書を渡す。
使えそうな魔術のところにキイトなりに考えた原案を挟んである。
「これは……」
「忙しいだろうに悪いな。一応魔動具の原案っていうか。手が空いた時で良いんだ、使えそうなのがあったら考えてみてくれ」
「いいっすね! これ!! あ、これもいい!!」
ジローは軽く興奮状態だ。
テンション高い。
あれか、疲れがピークに達しているのだろうか。
「くく……開発王に俺はなる……」
「…………お前普通に寝ろよ。俺が言うのもなんだけど」
「でもこれあるとイロイロ問題起きそうっすね」
「確かにな。個人的にはすっげー欲しいけど。あと城だけ使うとかさ、一般には流通しなければ良いかなぁとは思う」
「そうっすねー。魔動力が完成したらこっちにも着手したいっす。あ、これもいい……」
ジローは魔術書と原案を熱心に見ている。
「あ。忘れるとこだった」
「何すか?」
「エディにもあとで話そうと思ってるんだけどさ……ちょっと紙を融通して欲しいというか」
むしろ紙の製造工場が欲しいというか印刷工場が欲しいっていうか。
どちらにせよジロー待ちになるのだが。
「魔術書の最後の方の原案あるじゃん」
「はい」
「その裏」
表は転写の魔動具の原案だ。
「はい……え?」
「大規模だからな、時間がかなり掛かると思うけど」
「そうっすね。でも……うん。いけると思うっす」
裏は紙の利用案、プラス、工場計画である。