2-06 恋愛
「ところでさ」
とてもとても気になっていたことがある。
過去を気にするなんて小さい男だと笑うがいいさ。
気になるものは気になるのである。
「アカの英雄って、イイ男だった?」
リゲルの一番近くにいて。
きっと一番信頼され、一番好意を持たれていた。
大体自分のピンチを救ってくれた男なんて、惚れるに決まってるだろ。
かなり真剣に聞いたつもりだったのだが。
リゲルは噴出した。
「くっ……くくく……あー……うん、素晴らしいひとだったよ」
何だよその微妙な言い回し。
「好きだった?」
「好きだったな」
その答えを聞いてむっとする。
一欠けらの躊躇もなく、好きだったと答えたリゲル。
「もっとも、恋愛の好きではなかったが」
「……本当に?」
「あぁ。私は恋愛経験がない」
「は?」
恋愛経験がない?
ない?
ないって言った?
「不老不死になってからの私は、意図的にそういうことを避けていた。恋愛が出来そうだった年齢の頃は、生きることに必死だったし……そもそも同年代の異性はいなかったからな」
不思議そうな顔に見えたのか、リゲルが続けた。
「同年代の異性に限らず……戦闘能力の高い人間は、最初に襲われたときにほぼ死んでいる」
悪いことを聞いてしまっただろうか。
淡々と話すリゲルからは悲しいといった感情は見えてこない。
「私は女子供を避難させていたから助かったが……異性といえば一桁の年齢しかいなかったな」
小さく笑う。
「じゃあ俺と恋愛しよう」
正直なところ、話を反らしたかったのかもしれない。
「……私は、好きという感情がわからない」
リゲルの目を見つめる。
嘘を言っているようには見えない。
「好きというのは、どういうものだ?」
「人によって感じ方が違うと思うけど、俺の場合は」
手を伸ばす。
小さなテーブルだから向かい合っているリゲルに手が届く。
頬に触れた。
「全部欲しい」
全部。
「リゲルが」
こころも、からだも。
リゲルの顔が赤い。
恥ずかしいとか照れるとか、そういう感情はあるようだが。
「全部欲しい、という感じではない。私のキイトに対するこの感情が何なのか、よくわからない」
「俺に対する感情? どんな?」
「言葉にするのが難しい」
リゲルの傍に寄り、抱きしめてみた。
「嫌?」
「嫌じゃ……ない。ただ、恥ずかしい」
恥ずかしいがるリゲルを一層抱きしめる。
「俺以外でも、嫌じゃない?」
「想像がつかない」
枯れている、というより意図的に封じている、というのが正しいのか。
良いことではないのだろうが、キイトにとっては好都合だ。
このまま誰もリゲルの視野に入らなければ良い。
抱きしめたまま、額に唇を寄せる。
頬に触れ、項に触れ、耳朶にキスして。
リゲルが小さく身動ぎする。
「くすぐったい?」
「くすぐったい……何かもぞもぞする」
「もぞもぞ?」
もう一度耳朶にキスし、様子を窺う。
「それ、何かもぞもぞする」
上目遣いって何か良い。
リゲルは耳が弱い?
それってもぞもぞっつうかぞわぞわって言わないか?
試しに耳朶を食んでみた。
ついでに舐めた。
「ッ……!」
リゲルがびくりと体を震わせた。
「どう?」
耳を押さえ、真っ赤な顔でキイトを見上げる。
「どうって……びっくりしたじゃないか。何をするんだ」
「何って……耳弱いっぽかったから、実験?」
「実験……何か、わかったのか?」
「うん、リゲルは耳が弱い」
腰に手を回し、耳元で囁く。
「もっと、色々しても良い?」
しばらくして、リゲルが小さく頷いた。
そんなわけで。
リゲルの寝室にお邪魔して色々致したわけですが。
首と背中と内腿が弱いと判明しました。
手が早いとか軽いとかそんな罵倒は受け付けない。
遊びじゃないし、本気だし。
まぁまだ付き合ってるわけではないが。
色々してたらもう夕方。
リゲルの選んだ珍しい魔術書を借りる。
主に天候の魔術、時の魔術、目的の転写の魔術が載っているようだ。
魔動石も入れ替えて、登りと同じく徒歩で山を降りる。
「あれ?」
入り口付近の植物が枯れている。
地面が黒く変色しており、空気が淀んでいる、そんな感じがする。
「呪いか」
「呪い?」
「あぁ……そうだな、理性をなくし凶暴化する病気のようなものだ」
病気なのに呪い。
「簡単に言えば、凶暴化するというものなんだが。強い魔物が呪いにかかれば、かなり手強くなる」
普段襲ってこない魔物が突然凶暴化すれば、油断している分、危険度が増す。
「世界中にある呪いの発生地点がこの状態になった時、どこかで生物が呪われる。呪いは厄介だ。感染するまで呪いがどこにあるのかわからない」
呪いの発生地点で異常が発見された場合、城に報告が入るようになっている。
だがその呪いの現在地点まではわからないので、目撃情報を待つしかない。
今のところ人間に感染したケースはないようで、ひとまず安心だ。
魔物に感染した場合討伐するという選択肢があるが、人間に感染してしまえば討伐という方法が取れない。
「大抵は精霊の巫女による呪いの浄化で解決出来るのだがな」
呪いの浄化の魔術は詠唱が必要だ。
これが長い。
詠唱を聞いたことはあるが、その長さと必要性のなさからキイトは一文字も覚えていない。
覚えていたとしても才能がないキイトでは成功率なんて一割もないのだろうが。
「私がこの山に住むのは、この発生地点を監視するためでもある。一応、麓の町からも巡回があるのだがな」
この発生地点を消すことが出来れば、呪いもなくなり少し平和になるかもしれないが、消滅方法は見つかっていない。
「帰ったら報告しなくてはな……」
溜息混じりに呟く。
マサムネに乗り、城に戻る。
「次の店休日も会える?」
「……あぁ」
「良かった。じゃあまた」
抱き寄せ、額にキスする。
城の前だが、辺りは薄暗い。
夜の広場なんか、元の世界じゃちょっと見ないくらいいちゃいちゃしている人たちが多いのだ。
こちらの世界ではわりと普通なのだろう。