2-03 家
口コミからか客も増え、リピーターもじわじわついてきた今日この頃。
壁絵に反応があるとイグレッツィオのテンションがあがる。
それを見てお客さんがちょっとひく。
うん、店は今日も平和です。
「あ、グレッツ。今日はデートだからさくっと仕事終わらせたい」
そう宣言して、仕込みに集中。
昼頃開店し、夜早めに閉店するので、営業時間は日本の一般的な店に比べて短い。
この世界ではどの店でも大体そうだ。
24時間営業の店は今のところ存在しないし、全体的に労働時間が短い。
「つうわけで、閉店したら上がって良いか?」
「はい。仕込みに問題なければ大丈夫です」
仕込みは問題なし。
元々余裕を持って仕込んでいるし、仕上げは朝にやっているので構わない。
店側の清掃関連は、イグレッツィオが担当している。
ジローとキイトが厨房の清掃だ。
仕込みは2人が担当しつつ、イグレッツィオにも少しずつ教えているところで、いずれは厨房に入ってもらい、接客は接客で人員を増やしたい。
そろそろもう一人雇っても良いんじゃないか、と話し合い中。
販売メインで簡単な製造補助もしてもらう、というのが今の希望である。
それにジローは城の仕事もあるので、キイトの休みの時や仕事量の多い時にしか出勤しないのだ。
2.5人はさすがに少ない。
厨房の片付けは早めに終わらせ、閉店してすぐにビストロに向かった。
ターシャに奥の席へ通される。
「今日は?」
「リゲルとデート」
商品の搬入などでターシャとは度々顔を合わせており、今では色々と雑談する仲になっている。
特にリゲルに関してよく話す。
お勧めのデートスポットや人気のあるプレゼント、城下町の流行などを教えてもらっている。
あまり活かせていないのが残念だ。
「どう? 上手くいってる?」
「ぼちぼちかな。デートには応じてくれるようになったし」
今回リゲルを誘ったとき、マコトも誘いたい、と言わなかったのだ。
これは一歩進んだのではないかと、そう思っている。
実際のところ、マコトが休みでないことを知っていて言わなかった可能性もあるのだが。
「そろそろこう、決定的な一歩が欲しいわよね。やっぱりプレゼント?」
花や宝石、小物などの流行に話題は移り、しばらくしてからリゲルがやって来た。
「すまない、遅くなった」
「いや、大丈夫。忙しかったのか?」
「あぁ……」
向かいに座るとターシャが飲み物を運んで来た。
微発泡のベリージュース。
食べ物を注文し、乾杯。
「ピグゥ討伐はどうだった?」
「ピグゥはまぁ特に何もなかったかな。あ、走竜に初めて乗ったんだけど、良いな」
「そうか。走竜は従順で扱いやすいからな。、やはり人気がある。これからも接する機会はあるだろう」
「俺には最初、反抗的だったけどな。警戒してただけかもしれないけど」
「警戒はしないと思うが……。城の走竜は人によく懐いている」
「俺がよっぽど胡散臭かったのか……」
ちょっと落ち込む。
もしかしたら異世界人だから、ということかもしれない。
ジローが走竜に乗ったら聞いてみよう。
香ばしいチキングリルにさくっとしたオニオンフライ。
クリーミーなマッシュポテト、具沢山トマトスープ。
食事をしつつ、城に残ったメンバーの近況や戦況などを聞く。
大きな変化はないようだ。
「キイトは最近、何かあるか?」
「そうだなぁ、今は紙をもっと安く手に入れたいと思ってるんだけどさ」
「紙?」
「お菓子を包むときに使う、柄をつけた紙っていうか……」
紙が安くなれば、厚紙で出来た箱にケーキを入れるということも出来る。
どのケーキ屋もあまり紙やフィルムを使っていないので、崩れやすいのだ。
消費者側もそれが当然だと思っていて気にしていないが、やはり崩れにくい方が良い。
「紙か……紙を使うことがあまりないから、生産量も少ない」
「紙の使用が増えれば安くなる?」
「あるいは」
「そうだな……紙と言えば本に包装紙にノートに……」
そもそもティッシュがない世界だ。
ティッシュの代わりに布を使い、洗ってまた使う。
布も安いものではないが、使い捨てではないのでどの家庭にも必ずある。
城の書類は紙だったが、重要ではないものはボードだった。
城でさえそうなのだから一般家庭ではますます紙を使っていないだろう。
「本ねぇ」
「魔術師は本をよく持っているがな。そもそも本は高価だから貴族くらいしか手が出せない」
専門書は読む人を選ぶ。
小説や絵本、漫画なんかは幅広く好まれるだろうが、そもそも低価格でないと広まっていかないだろう。
「どうしたもんか」
何をするにも資金が必要か。
世知辛い。
ここはエディに集るしかないのか……。
「本が高いのは書き写す労力が掛かるから、というのもある」
書き写す労力。
すなわち手書き?
「写す魔術はない?」
「なくはない。ただ魔力をかなり使うので好まれないといったところか」
なるほど。
魔術を使うくらいなら手作業の方が良いと。
部屋にある魔術書もおそらく手書きなのだろう。
「珍しい魔術だからな。城の魔術書にも載っているかどうか……家に戻ればあると思うが」
「家?」
「あぁ。私の家だ。隣国との国境に近い山にある」
ずっと城にいるように見えたが、違ったのか。
キイトの考えが透けて見えたのか、リゲルが付け足す。
「今は城での仕事が多くて城内に部屋を借りているが、普段は山の家に住んでいる。そうだな、戦争が終われば戻ると思うが」
「いいな、行ってみたい。リゲルの家」
「私の家に?」
首を傾げるリゲル。
「そう。あぁ、魔術書を貸してくれると嬉しいんだけど」
取ってつけたような理由に苦笑いだ。
「まぁいいか。珍しい食材もあるかもしれないし……。そろそろ魔動石の入れ替えに帰らないといけないと思っていたしな。今度の定休日で良いか?」
「もちろん」
リゲルの言葉に上機嫌に頷く。
こうしてリゲルのお宅訪問が決定したのである。




