1-12 引越し
結果。
フラれました。
とはいっても顔は赤いまま、「何を言ってるんだ!」と怒鳴られただけだ。
フラれたというより相手にされなかったというべきか。
しかし意識はしているようなので、今はこれで良い。
今は、ね。
「フジム、何あくどい顔して笑ってんの?」
「あくどい顔って」
「何かサディスティック?」
「変態か」
気を取り直して。
いよいよ貴族に引き取られる日である。
そのことでエディが部屋を訪ねてきた。
「それでは説明致します」
小さく咳払いし、話を始める。
「まずミナミさんはフレネス公爵家を後見として、白の塔にて生活して頂きます」
白の塔については以前聞いていた。
てっきり貴族の後見はないものと思っていたのだが。
フレネス公爵夫人は結婚前、精霊の巫女として白の塔で暮らしていたらしく、是非にということだ。
春日にとって悪い話ではないだろう。
「マコトさんはランル公爵家です。騎士団の訓練で顔を合わせてると思いますが」
真琴がたまに訓練に参加している王宮騎士団には、女性騎士が少数存在する。
その中で一番の実力者であるシャナル・ランルが、真琴を是非と父親である当主に頼んだようだ。
真琴はランル公爵家の屋敷には住まず、春日と共に今日から白の塔に住むことになっている。
表向きは侍女なのだが、騎士団にも所属し、護衛も勤めるという。
「そして最後にジローさんとキイトさん。お二人はわがカネル公爵家です」
「え、2人一緒なの?」
「まぁ色々ありまして」
聞き返した真琴にエディは苦笑いで答える。
その様子を見て、貴人は唯一戦っていない自分が問題だったのだろうなと中りをつけた。
過ぎたことはどうしようもないが。
さてそんなわけで、正式な名前はキイト・カネルとなったわけだ。
年齢的に貴人は三男でジローは四男。
領地は城下町より大分遠くにあるらしいが、住まいは今エディが住んでいる屋敷に居候である。
城下町の一角にある貴族の多い屋敷街。
2人とも仕事があるので考慮してくれたのだろう。
貴人はケーキ屋だけだが、滋郎は結局ケーキ屋と開発部、他にも色々やることがあるので城下町にいる方が都合が良い。
それぞれの住居へ、今から引越しだ。
借りていた部屋は念入りに清掃され、客室になるのだろう。
「それでは屋敷に案内します」
エディに連れられ、城下町を歩く。
今ではすっかり見慣れた風景。
城を出てすぐに屋敷はあり、エディと滋郎には便利そうだ。
残念ながら店からは結構距離がある。
歩けない距離ではないのでかまわないが、自転車とか原付とかあれば便利なのに。
門を潜れば庭園。
石畳を歩き、玄関へ向かう。
小さな池とその周りには背の低い植物が生えている。
花はあまりなく、華やかというより青々しい感じだ。
「門番はいません。ですが不審者が入り込めば魔力が感知されるのでわかる仕組みです」
人間すべてが魔力を持っているので生体反応と同じようなものか。
「この屋敷には私と、住み込みの使用人が3人とその子供が二人いるだけです」
言いながら扉を開ける。
ちょっとぽっちゃりとしたかわいらしいメイドが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、エディ坊ちゃま」
「坊ちゃま……ッ」
噴出さないよう堪える貴人と笑う滋郎。
「坊ちゃまって!」
「マチルダ、坊ちゃまはやめて欲しいと……」
「ですが坊ちゃまは坊ちゃまですから。はじめまして、メイドのマチルダです。キイト様、ジロー様、よろしくお願いします」
「キイトです。よろしくお願いします」
「ジローです。よろしくお願いしまっす」
揃って頭を下げる。
「まぁまぁこれはご丁寧に。お部屋に案内いたします、こちらへどうぞ」
若く見えるが言動がちょっとおばちゃんっぽい。
じつは若くないのかもしれないが、聞くのは失礼だろう。
やめておこう。
「右がキイト様、左がジロー様のお部屋です。荷物を置いたら屋敷内の案内をいたします」
部屋は城で借りていた部屋と同じような感じだ。
さすがに一部屋だが、かなり広い。
扉近くにテーブルと椅子、奥にパーテーションがありベッドがある。
美術品の類はない。
椅子の上に荷物を置いて、部屋を出た。
トイレや風呂、食堂などの場所を聞き、使い方などの説明を聞く。
一応食事の時間は決まっているが、事前に伝えておくことでずらしてもらうことも可能。
風呂も声を掛ければいつでも使える。
勿論非常識な時間に使うつもりはないが。
この屋敷の主はエディなので特に挨拶もなし。
当主であるエディの父親は領地にいるため、そちらの挨拶は見送り。
それで良いのか疑問に思ったが、エディの父親はそういうことを気にしない変り種のようだ。
納得。
そもそも遠いのでエディも仕事があるしで連れて行けないとのこと。
食事はエディの計らいでスパイスや調味料を使ってくれるらしい。
ありがたい。
マチルダの母親のメイサが料理人で、父親のヨハンは執事。
一家で使用人で、マチルダの娘と息子もこの屋敷に住んでいる。
旦那は早くに亡くしたらしい。
元々領地の屋敷に勤めていたらしいが、娘の学校のためにこちらに来たという。
何でも有名な女子学校があるらしい。
学生向けのケーキも考えるか。
「あ、言い忘れてましたが、貴族には騎士に属する義務があります。本職がある場合、臨時の騎士という扱いですが」
「は?」
「お二人は討伐隊の所属になります。一定期間ごと、その期間に人手が足りなくなった場合に呼び出されます。所在地出現地次第なのでその半年に10回出動する人もいれば0回の人もいます。ちなみに私は長男ですので、免除です」
殺意が湧いた。