1-09 一歩
「さっきの、どう思う?」
リゲルと別れ、部屋に戻る途中。
真琴が声を潜め唐突に言い出した。
なぜここで。
戻ってからで良くないか。
「何かありそうだよな」
「やっぱそう思う? どうする? 皆に言う?」
「滋郎には言っておいた方が良いだろ。及川と春日は顔に出る」
「うん、賛成」
そのまま滋郎が篭っている部屋に向かう。
篭る宣言をしてから、仮眠用のベッドのある簡易工房を借りているのだ。
本気で篭るらしく、昨晩は戻って来なかった。
簡易工房は地下にあった。
泉のある部屋の斜め向かい、軽く防音が入っているらしく、音漏れが少ない。
「ジロー! はかどってる?」
元気よく真琴が扉を開ける。
ちょうど休憩中だったらしい滋郎と目が合う。
「いらっしゃい。今試作品が出来たとこっす」
作業台の上は乱雑。
工具の類やよくわからないものが散乱している。
ちょっと楽しそうだ。
工作は嫌いじゃない。
「これと、これが先輩の武器の試作品っす。今度外か訓練場で試してみてください」
渡されたのは物差くらいの、筒状の棒が二つ。
「鍛冶屋の人に原型の武器作ってもらってるんで、まだかかるんすよ。特注なんで手間取りそうっす」
特注って一体何を頼んだというのか。
「楽しそうだな」
「楽しいっすよ! 先輩もやりましょう!!」
それも良いな。
「そうだな、ちょっとやってみたいかも」
「まじっすか! じゃあ時間取れそうな時来て下さいっす!」
「えー、じゃあ私もやってみようかなぁ」
「マコ先輩もやりましょーよ! 楽しいですよ!」
真琴は細かい作業を面倒くさがるのだが、大丈夫だろうか。
まぁ飽きたら止めれば良いだけの話なのだが。
「あ、そうだ。ジロ、帰る方法ってあると思う?」
「あると思うっす」
「根拠は?」
「ないっす。でも行きがあるなら帰りがあってもおかしくないっすよね。リゲルさんも何か隠してる感じがするし」
「滋郎もそう思うのか」
「リゲルさんっすか? そうっすね。でも悪いようにはならないと思うっす」
「まぁ悪意があるようには見えないよね」
確かに悪意はなさそうだ。
罪悪感はあるようだが。
「何にせよ協力体制でいた方が良いっすね。戦争が終われば帰れる可能性も高くなりそうっす」
一応そのためによばれたのだ。
目的を達成しないと、あちらも困るだろう。
そしてやってきました、魔物討伐2回目。
今回は貴人・滋郎・真琴の3人だ。
精霊の巫女となった春日は、討伐の参加が免除となった。
滋郎の作った試作品を預けられているので、今回はきちんと戦わないと。
一応訓練場で少し触ってみたので使い方はわかっている。
前回は森の中で見通しが悪かったが、今回は草原。
木がところどころに生えているが、見通しは良い。
遠くでウシ型の魔物の群れが草を食べている。
食べている先から毒沼が広がっているようだ。
「と、いうわけで今回はフビィだ。見ての通り毒をもっているので気をつけるように」
魔物の討伐は、無差別ではない。
攻撃しない限り無害な魔物も多いので、その辺りは無視。
討伐は有害なものに限る。
人を無差別に襲う魔物、作物を荒らす魔物、毒を撒く魔物など。
今回はその毒を撒く魔物だ。
「戦闘開始!」
隊長の声掛けに一斉に動く。
四方から囲い、一気に叩くのだ。
全員がポジションにつき、構える。
魔物が周りに気付いたようだがもう遅い。
貴人が魔法を放とうとした、その時。
傍らの木に実がついていることに気が付いた。
「ゆ、ず……?」
形も色も、香りも柚子だ。
その大きさだけが違う。
貴人の知る柚子の2倍ほどの大きさ。
「でっけぇな」
味をみたい。
一つもいで噛り付く。
皮は苦く、実は酸っぱい。
そして独特の香り。
「うん、柚子だ」
店には並んでいなかったが、この世界には柚子があるらしい。
森や山は私有地ではないので持って帰っても問題ないと聞いている。
「ラッキー」
じつは柚子、好物である。
焼き魚に絞るのも良し、ゆず系ドリンクも良し。
大量にとってゆずマーマレードにしよう。
などと考えている間に、魔物は絶えていた。
「やべ」
また何もしていない。
翌日。
引き篭もり中の滋郎を引き摺って、例の店へ行った。
案の定滋郎も気に入ったらしく、さっそく交渉開始。
一日限定10食分、デザートの売り込みが決定した。
売れなかったら払い戻しするので、相手に損はない。
そうでないと人気も知名度も何もないケーキ屋は相手にされなかっただろう。
まずは様子見、10食。
もしもこれが完売するのであれば仕入れを増やしてもらえる。
安定した売り上げとなれば払い戻しもなしとなる。
「あのお店てっきり閉めたんだと思ったら、新しい職人さん呼んだのねぇ」
このビストロ風のお店は店主である渋いおじさんと奥さん、その娘さんと息子さんの4人でまかなっているらしい。
「若いけど腕は良いのね。美味しいわ」
娘さんは20代後半くらいのスレンダーな美人。
他国に嫁いでいたが最近戻ってきたとか。
あっけらかんと本人が話していた。
息子さんは前回店にいた人である。
素早いし動きも綺麗、営業スマイルも完璧。
女受けしそうで羨ましい。
少なくとも目つき悪い、怖いとは言われたことないだろうな。
「これだけの好条件ならこちらとしては不満もないしね。よろしく頼むよ」
渋い。
口髭も渋いが声も渋い。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
滋郎と二人で頭を下げる。
オープンはまだ先だが、まずは一歩。