1-07 方向性
「フジム! ジロ!」
部屋に戻ると真琴が慌てた様子で二人の腕を引いた。
「来て!」
一番奥の女子部屋に連れ込まれ、二人はその光景に目を瞠った。
「ぶふっ」
「……~~~~ッ!!」
笑いを堪えて滋郎を叩く貴人と、我慢出来ずに噴出す滋郎。
「え、何それ。笑うとこ? 他に反応ないの?」
2人の目に映るもの、それは。
小さな白蛇と楽しそうに戯れる春日と、蛇にびくびくしながらも一緒に戯れようとしている及川。
春日に絡んだ白蛇が動くたび、体を大きくびくつかせるのが面白い。
「いやーあいつよっぽど春日好きなんだな」
健気だよなぁ。
貴人は2人に聞こえないように小さく呟く。
「え、そこ!? そうじゃなくて、春日チャンが白蛇巻いてることに反応しない?」
「あ、そこか」
「ペットっすか?」
「……もういい」
真琴が拗ねた。
「あ、おかえりなさい!」
こちらに気付いた春日が、満開の笑顔で出迎えてくれた。
こんなに明るい春日を見るのは初めてのことである。
「それ、どうしたんだ?」
「地下の泉でもらったんです」
そういえばあったな。
室内に泉があるなんてすごいなと思った覚えがある。
「もらったって誰にっすか?」
「えーっと……大きい白蛇なんですけど……精霊らしいです。泉の精霊」
「精霊って白蛇なんだ。イメージと違うな」
「この世界は俺に厳しいっす。ことごとく夢を破壊……」
そんなに落ち込まなくてもいいと思うのだが。
「精霊すべてが蛇ってわけじゃ……。それで泉の精霊にこの子と、精霊の巫女の力っていうのをもらいました」
「へー」
精霊の巫女の力。
よくわからんが、もらって困るものではないだろう。
「精霊の巫女っすか。やっぱ回復系?」
「そうみたい。エディさんが回復系魔術の才能が開花したはずだって」
「おもしろそうっすねー」
滋郎は好奇心満載の顔でメモを取り出す。
いつも持ってるけど、そのメモは一体いつになったらいっぱいになるのだろうか。
「あ、そうだ。フジムもジロも、明日から回復系魔術ってのやることになったから」
「俺らもっすか?」
「そ。春日チャンひとりじゃ寂しいでしょ。少しでも使えた方が便利だし、一緒にやってみようってことになったの」
「すみません……」
落ち込む春日にうろたえる及川が面白い。
こっそり笑う。
「あ、そーだ! マコ先輩、これこれ!」
「何?」
滋郎が自作のペンを取り出した。
午前中に魔改造していたペンである。
「使用者の魔力を微量ずつ使うタイプで、インクいらずなんすよ。今日改造したんす」
「へえー! おもしろい! 私のもやって!」
真琴は自前の筆箱を漁り、ペンを数本取り出した。
学校で配られた入学記念の万年筆に、女子の支持率が高いカラフルなペンが数本。
いつ見ても何に使うかわからない色のバリエーションだ。
自分の赤と黒しか入ってない筆箱を思い出し、苦笑いする。
「フジムは?」
「俺は筆箱持って来てない」
皆渡り廊下で召喚されたのだが、そのときの持ち物は様々。
貴人は手ぶらで、ポケット中に携帯と財布が入っていただけだ。
他の4人は何かしら荷物がある。
「あ、これも忘れてた。試作のロールケーキなんだけど、」
「食べる!」
「はえーよ」
珍しく及川も加わり5人揃ってのお茶だ。
騎士団の話や戦争の話など、色々と聞く。
エトランには侵略が始まっていないが、やはり時間の問題だという。
もしも東隣の国が勝てば侵略はないが、おそらく負けるだろうというのがエトランの見解らしい。
「あ。トーカ!」
白蛇が春日の肩からテーブルの上に移る。
及川がさりげなく距離をとる。
そして白蛇がロールケーキを、食べた。
「……蛇ってケーキ食うんすね」
「変わった蛇だな」
「トーカは一応、魔物に分類されるらしいので……蛇とは違うんじゃないかと……」
魔物がケーキを食べるのも、十分不思議だけどな。
翌日、回復系魔術の授業が始まった。
春日の腕には白蛇が巻きついている。
及川がいなくて良かったと思う。
「あまり得意ではないのですが、一応教えることは出来るので……」
元々回復系魔術の使い手は多くない。
都合がつかなかったのか、回復系魔術の講師もエディのようだ。
「回復系魔術の種類から説明しますね」
回復系魔術はその名の通り、回復する魔術である。
怪我の治癒だったち疲労回復だったり、その内容は様々。
この2種類に関しては“精霊の巫女”と呼ばれる回復系魔術の才能の持ち主でなくても、使い手がいるらしい。
あとは解毒や浄化といったものもある。
解毒の魔術もそのまま、毒を解す。
浄化の魔術もそのまま、浄化。
が、この浄化は種類があり、衣服の汚れを落とすものから呪いの解除まで含まれる。
「カスガさんは今後、白の塔で生活してもらうことになります。そこで仕事も与えられます」
「白の塔?」
「はい。城の敷地内にある、その名の通りな白色の塔ですね。精霊の巫女が住まう場所です」
要するに、寮?
「精霊の巫女は外に住むとわりと面倒で、白の塔での生活を推奨しています」
「面倒って何なの?」
「毎日癒してくれと殺到されますよ」
「………………」
「あの……それってわたし、ひとりですか……?」
不安げにエディを見上げる。
「うっ……そう、なりますね」
春日の攻撃。
エディはダメージを受けた!
などと妄想しつつ、説明を聞き流す。
「私も白の塔に住みたいんだけど」
「マコトさんは精霊の巫女ではないので……」
「特例作って!」
「そんな無茶な! 白の塔は精霊の巫女と侍女し……か?」
「はいけってーい」
早いな。
しかしこれで全員の方向性が決まったことになる。
「認められるかどうかはわかりませんが、話は通しておきます。それはそうと今後のことですが、共通語と魔法の授業はもう十分ですので、魔術について少し授業して……そうですね、一月後くらいにはそれぞれ後見人を紹介できるかと思います。まぁ大体決まってるんですけど」
「決まってるのに一ヶ月?」
「書類とか手続きとか黙らせるとか色々ありまして」
黙らせるのか。
「皆さんエトランの四大公爵家に引き取られることになりますので、不自由はしないと思いますよ」
「それは良かったっす。色々道具開発したいんで援助あてにしてるんすよ」
「才能もあるし、ジローさんの開発は面白そうですね」
道具つくりのための基礎である、魔記号を刻むこと。
これは中々難しいものらしく、滋郎には才能があるという。
「まずは先輩の武器を作りたいっすからね」
「おお、武器ですか。どういうものにする予定ですか?」
エディと滋郎が嬉々として武器の話を始める。
回復系魔術の授業はどうした。