0-00 Hello,NOG
救世主を喚んだらしいけど、現れたのは5人の男女。
「ふざけてんじゃないわよ! さっさと家に帰して!」
激昂する同級生の女子。
「…………ッ」
弱弱しく涙を流す下級生。
「すっげー、魔法って俺でも使えるんすか?」
メモを片手に嬉々として質問を投げかける後輩。
「もっと詳しく説明しろよ……」
困惑した様子で詳しい説明を求める同級生男子。
それらをただ見てるだけの俺。
感情がついていかない。
怒りもなく、悲しみもなく、喜びもなく。
これが確かな現実なのか、それがわからない。
いや。
ああ、そうなんだ、としか思えない。
それから王だとか魔術師だとか魔女だとか色々出て来て何か話していたが。
何だか頭に入ってこなくて、ただ、ぼんやりと見ていた。
取り敢えず今日は休んだ方が良いと案内されたのは、三部屋続きの部屋だった。
入ってすぐはテーブルや椅子のある、食事をしたり談話する一番広い部屋。
次の部屋を男子が、一番奥の部屋を女子が、それぞれ使うことにした。
この世界に来たとき持っていた物はそれぞれの部屋の隅にまとめた。
勿論携帯が使えないことなど一番最初に確認済みだ。
ベッドには泣き疲れた春日が眠っており、2人は起こさない様にそっとバルコニーに出た。
夜風が気持良い。
ふと空を見上げると二つの月。
青白い月と赤い月。
異世界、か。
ぼんやりと月を眺める。
「フジム、聞いてた?」
「聞いてた。全部右から左だけど」
「駄目じゃん」
「うん」
呆れたように真琴が呟く。
頭がついていかないってこういうことなんだな、と思う。
「どうなっちゃうんだろうね」
「さあ」
わからない。
「他人事だね」
「何というか、感情が追いつかない?」
「ふぅん、意外」
「お前はもう落ち着いたみたいだな」
「ま、ね。私がしっかりしなきゃ、春日チャンも不安でしょ」
室内で眠る春日を眺めながら呟く。
相変わらず面倒見がいいというか何というか。
春日が後輩で女子だからだろうか。
自分だって、現状を不安に思っているだろうに。
気を紛らわせるため、他愛のない話を交わす。
学校のこと、部活のこと、バイトのこと。
そうしているうちに春日が目を覚ましたようで、部屋に戻ることにした。
「春日チャン起きたし、一旦皆で話そうよ」
男子2人がいる一番広い部屋に移動する。
これからのことを話合わなくては、というのが真琴の弁だ。
全員が円形のテーブルにつく。
紅茶らしきものがあったので、5人分淹れる。
「ま、自己紹介って言ってもさ。大半が顔見知りなんだけど」
茶に息をふきかけ、冷ましながら飲む。
うん、普通の紅茶みたいだ。
全員同じ高校に通っているので、顔見知りなのは間違いない。
「じゃあ私から時計回りでね。体育科2年の早良真琴。全員顔見知りだけど一応ね」
真琴とは中学で3年間同じクラスだった。
それもあって、今でも交流のある数少ない女子のうちのひとりである。
意思の強そうな目、長い髪をポニーテールにしている、(色んな意味で)男子にも負けない気の強いヤツ。
「……及川、光太郎。進学科の2年で、剣道部」
及川は校内で有名人なので、話したことはないが顔と名前は知っている。
確か生徒会副会長でもあり、剣道部では副主将。
顔立ちも良いため、女子の人気が高いのだ。
クラスの女子が話していたのを覚えている。
「進学科1年の宮尾滋郎っす」
ノッポな眼鏡の割に茶髪というこの後輩も、中学の時に知り合った。
高校に入ってからはバイト先でもある兄貴の店で、毎日のように顔を合せている。
ゲームや漫画、小説が好きで、よく語られる。
最もマニアック過ぎて話の半分もわからないのだが。
「調理科2年、藤村貴人」
別段言うことはない。
部活はしてないし、バイト先を言うのも何か違う。
「英語科1年の春日みなみです。よろしくお願いします」
頭を下げたことで、ふわりと長い髪が揺れる。
そういえば今年の英語科1年に美少女がいると噂になっていたことを思い出す。
小さくて華奢で、何かぽきっと折れそうだ。
「さてまずは現状把握ね」
言いながら、大きく溜息をついた。
「私だと疑った言い方しか出来ないし、ジロ、お願い」
「俺っすか。えーと、フジム先輩、話聞いてなかったすよね」
「聞いてたっつの」
右から左なだけで。
「はいはい、聞き流してたんすよね。じゃあ詳しくいきましょっか」
ひどい後輩である。
滋郎は眼鏡のブリッジを押し上げて、おもむろに口を開いた。
「ここは日本ではなく、ましてや地球でもない、“異世界”。そこに俺達は“召喚”されました」
あれだ、コイツの好きそうな設定だな。
いつもの語りを聞いているのだと錯覚しそうだ。
「本来は一人召喚されるはずだったのが、周辺にいたことにより巻き込まれたようっす」
確かにここに来る直前、5人とも渡り廊下にいた。
突然光の渦に巻き込まれたので、あまり細部までは見ることが出来なかったが。
「誰が召喚される筈だったんだ?」
問いかけるが、滋郎は首を横に振った。
「“異世界からやって来たひとりの若者が、国の助けになる”という言い伝えがあるそうっす。何でも“アカの英雄”が残した予言だとか」
何だその傍迷惑な云い伝えは。
そしてその根拠は?
世紀末の世界滅亡くらい不明瞭じゃないか?
「それで今回、“宮廷魔術師”と“魔女”が協力して“召喚術”を行なった」
そこまで言ったところで、春日が目を伏せた。
「日本に帰るための“逆召喚”は“不可能”」
そうだった。
それで春日は泣いてたんだった。
「生活の保障は十分にされるようですが、“若者が国を救うように働く”のが前提っすね」
「具体的には?」
「現在東隣の国が、海を挟んだ東の国と戦争をしているようです。そのとばっちりを防ぎたいそうっすよ」
「阿呆じゃねーの。ふっつーの高校生が戦争に役立つわけねーし」
銃器が身近にあったり、兵器を作れる専門家なわけでもない。
全員日本人だし、戦争を生で見たことすらないのだ。
戦争といえば人が死ぬだろうし、そんな場面に耐えられるとは思えない。
「そうっすね。ただこの世界には、“魔法”があるそうっす」
「は?」
「異世界間を渡ることによって、それが急激に増幅されるらしく」
「は?」
「俺達全員、魔法の才能があるそうっす」
説明が終わった。
今日は休み、明日の午前中から色々検査とか説明とかあるらしい。
「そういえばさ、何年か前に商業科の生徒が行方不明になったよね。それも5月」
「何か聞いた覚えあるわ。まだ見つかってないんだろ?」
「うちの学校、呪われてるんすかね」
噂で聞いた程度だが、数年前の5月、商業科1年の女子生徒が行方不明になったらしい。
確かGW中で、学校での神隠しではなかったと思うのだが。
その噂から何故か学校の七不思議に脱線する。
きっと今年から渡り廊下の神隠しが追加されるに違いない。
「ちょっと、いいか? ……提案があるんだけど」
及川が重々しく口を開いた。
「何?」
「……救世主は誰かわからない、だったよな?」
真琴が頷く。
「もしも、明日の検査ってやつで救世主が誰か特定出来ないなら」
その時思ったのは。
「俺を救世主にしてほしい」
こいつ、大丈夫か?
ってことで。
いや、うん、すっげーいい奴だな、及川って。