婚約破棄の夜、絶交した親友に謝りに行きました
小広間から、セシルの笑い声が聞こえた。
私は足を止めた。開いた扉の向こうで、彼女が一枚の紙を掲げている。そこに何が描いてあるのかは見えなかったけれど、卓を囲む人たちはみんな笑っていた。
あの中に私もいたはずだった。半年前までは。
「イレーヌ。こちらへ来てくれ」
婚約者のエドガール様に呼ばれ、私は小広間に背を向けた。
今夜の夜会には、晩餐の後に絵当て遊びがある。デュラン伯爵夫人からの招待状を見たとき、セシルも来るだろうかと最初に考えたことは、彼には言っていない。
エドガール様の隣には、リディ様がいた。銀の髪飾りも、深い青のドレスもよくお似合いで、私は何を話せばよいか考えながら近づいた。
「君との婚約を破棄したい。私はリディ嬢と結婚するつもりだ」
彼の口が動いているのを見た。
ついさっきまで、今日の私の髪の結い方について話していた口だった。もう少し落ち着いた飾りの方がいいと言われ、次はそうしますと答えたばかりだった。
「お二人で、もうお決めになったのですか」
「そうだ。君には、私にふさわしくなろうと努力してもらったが……無理をさせるのも、よくないと思ってね」
親切そうな声だった。それを聞いた途端、指先が冷たくなった。
声を上げて笑うなと言われれば、口元を押さえた。くだらない遊びはやめろと言われれば、見ている側へ回った。いつも、次こそは褒めてもらえると思っていた。
それを今になって、無理はしなくてよかったように言うのだ。
「私はあなたと結婚したくて、していたんです」
かろうじてそれだけ言うと、エドガール様は困った顔をした。
「気持ちは分かる。だが、リディ嬢とは話も合うし、何より一緒にいて気を遣わずに済む。君にも、もっと合う相手がいるだろう」
私は彼といる間、ずっと気を遣っていた。
婚約したばかりの頃は、違ったはずだった。苦手な葡萄酒を飲みきれずにいると、果実水を持ってきてくれた。無理をしなくていいと言ってくれた、その人を好きになった。
けれど、いつからか、私だけが直すところばかりを指摘されるようになっていた。
「お父上への話は、明日、こちらから申し入れる。今夜はもう帰った方がいい。控室で落ち着いてからでも――」
「婚約破棄は、お受けします」
自分の声に、私が一番驚いた。
エドガール様も言葉を止めた。引き留めたい気持ちはあった。ここで泣いて、今度こそあなたの好きなようになりますと言えば、振り返ってくれるかもしれない。
その、好きなようになろうとした二年間の先が、今夜なのに。
「正式なお話は、両家できちんと済ませてください。母にも、私から伝えます。帰るかどうかは、その後で決めます」
お辞儀をして離れた。背中に何か言われた気がしたが、足を止めると、戻りたくなってしまいそうだった。
大広間の窓際に母を見つけ、事情を話した。短く済ませるつもりだったのに、他の方と結婚なさりたいそうです、と言うところで声が震えた。
母は私の手を取り、近くにいた知人へ断ってから、柱の陰へ連れていってくれた。
「帰りましょう、イレーヌ。今夜はもう、誰にも愛想よくする必要はないわ」
優しくされると、余計に泣きたくなった。
でも、小広間から、また声が聞こえた。今度はセシルではない。答えが分からない誰かが、困った声を出していた。
私には、帰る前に言わなければならないことがあった。
「お母様。少しだけ、セシルと話をしてきてもいいですか」
母が、私の顔を見直した。
「……ええ。ここで待っているわ。帰りたくなったら、いつでもいらっしゃい」
私はうなずいた。
エドガール様に嫌われることより、セシルに会うことの方が、今は怖かった。
* * *
小広間の卓には、紙と鉛筆が並んでいた。
セシルが掲げていたのは、夫人が遊び方の説明に使った絵だったらしい。出題役が題を書いた札を渡し、二人一組で、片方が絵を描いて、もう片方が当てる。描き手は言葉で説明してはいけない。
昔から、この家の夜会ではおなじみの遊びだ。絵が上手な人より、下手な人の方が長く覚えられる。
セシルは知り合いのご婦人と話していた。その方が夫君に呼ばれて隣の卓へ移るのを待ち、私は近づいた。
「セシル。少し、お話ししてもいいかしら」
彼女は顔を上げた。
驚いて、それから、笑みを消した。私が知っている表情だった。怒っているとき、セシルは唇の内側を軽く噛む。
「何か御用ですか、イレーヌ様」
呼び方が痛かった。でも、そう呼ばせたのは私だ。
半年前、私たちは私の家でお茶を飲んでいた。セシルが今夜と同じ遊びの話をして、私も笑って、途中から来たエドガール様に叱られた。
帰り際、セシルは私に言った。好きな人の前で、そこまで笑うのを我慢しなくてはいけないの、と。
私は彼女を責めた。
エドガール様は私のことを考えてくださっているのに。あなたは私が結婚するのが面白くないのでしょう、と。
そして、もっとひどいことを言った。
「あなたといると恥ずかしい、なんて言って、ごめんなさい」
セシルの指が、卓の縁で止まった。
「もう家へ来ないでと言ったことも。私が言ったの。誰かに代わりに謝ってもらえることではないと、分かっています」
用意していた言葉は、そこまでだった。
会えたら、きちんと謝ろう。何度かそう思ったことはある。でも、また断られたらどうしよう、今さら蒸し返したくないと言われるのではないかと考え、手紙一通出せなかった。
今日も、彼女と目が合ったのに、挨拶だけして通り過ぎた。
「何があったの?」
セシルが聞いた。私の目元を見ている。
ここで隠せば、また、自分に都合の悪いことを言わないで済ませてしまう。
「エドガール様に、婚約を破棄したいと言われたの。さっき、お受けしました」
彼女はすぐには答えなかった。
出題役が札を混ぜる音が聞こえた。私たちのいる卓でも、別の二人が組を作り、紙を手元へ寄せている。
「彼とうまくいかなくなったから、私を思い出したのね」
否定したかった。ずっと会いたかったと言えば、少しはましに聞こえる。
でも、彼の婚約者でいられる間は、謝るのを先へ延ばしていた。
「そう思われても、仕方がないわ。会いたいとは思っていたけれど、今日まで何もしなかったもの」
喉が詰まり、私は一度息を吸った。
「慰めてほしくて来た、と言われたら、違うと言いきれない。でも、かわいそうだから許してとは言えない。あの言葉を言ったことを、ちゃんと謝りたかったの。あなたといるのが、恥ずかしかったことなんてなかったから」
セシルが目を伏せた。
私が彼女を責めていた日、彼女は怒って帰った。だから、会ったら、ほら見たことかと言われると思っていた。あの人はやめた方がいいと忠告したでしょう、と。
そう言われても、仕方がないと思っていた。
「私、あの時、あなたが私の言うことを聞かなかったから怒ったんじゃないのよ」
声が、思っていたより小さかった。
「私と遊ぶのが恥ずかしかったのかと思ったの。私だけが楽しくて、あなたはずっと我慢して付き合ってくれていたのかって」
私は顔を上げた。
「違うわ。そんなこと――」
「でも、そう言ったでしょう」
その通りだった。
急いで打ち消せばなかったことになるように、私はまた言いかけていた。
「ええ。言ったわ。あんなふうに言ったら、そう思うわよね」
目にたまった涙が、とうとう頬を伝った。
「あなたと遊ぶのが好きだったの。笑っているところを彼に見られるのが、怖くなっただけなのに、あなたのせいにした。ごめんなさい、セシル」
彼女はハンカチを出しかけ、手を止めた。私は手首に掛けていた小さな手提げから、自分のハンカチを取り出した。
この涙まで、彼女に何とかしてもらおうとしてはいけない。
「今日、あなたに挨拶された時ね、もう平気なふりをしようと思ったの」
セシルは言った。
「他にも友達はいるし、あなたがいなければ何も楽しくないわけじゃない。でも、一緒に笑っていたことまで恥ずかしがられるのは、嫌だった」
「ええ。楽しかったことは、本当だったわ。私も」
彼女は私をしばらく見ていた。それから卓の紙を一枚取り、自分の前に置いた。
「すぐに前と同じにはできないと思う。次に誰かに何か言われたら、また嫌になるんじゃないかって、考えてしまうもの」
私はうなずいた。許してくれないの、と聞く資格はなかった。
「でも、今夜、一回くらいなら。一緒にやる?」
セシルが、隣の空いた椅子を示した。
「いいの?」
「私もやりたいのよ。あなたの絵、相変わらずかどうか見たいし」
親切だから、とも、かわいそうだから、とも言わなかった。
私は泣いた顔のまま笑ってしまい、慌ててハンカチを畳んだ。
「たぶん、相変わらずだと思う。練習していないから」
「それなら、私にも当てられそうね」
席に着くと、セシルが鉛筆を一本、私の前へ転がした。
それを受け止めるまで、指が震えていることに気づかなかった。
* * *
私に渡された札には、白鳥、と書かれていた。
白鳥なら描ける。そう思って、まず胴を描いた。水に浮いているのだから足は要らない。首を長くして、先に頭をつける。
どう見ても白鳥のはずだった。
「……水差し?」
セシルが、真剣な顔で言った。
違うと首を振り、私は羽を描き足した。
「羽のついた水差し」
説明をしてはいけないので、必死に首を振った。水も描いた。横線を三本引いたせいで、卓の上に置いてあるように見えてきた。
セシルが私の紙へ身を寄せる。
「待って。その点、目なのね。……白鳥?」
私は勢いよくうなずいた。
出題役の夫人が小さく鐘を鳴らすと、セシルは椅子の背に倒れかかり、声を上げて笑った。
「よかった! 途中から、自分が何を見せられているのか分からなくなったわ」
「私も、何を描いているのか分からなくなったの」
言ってから、笑ってしまった。
久しぶりだった。口元を押さえるのを忘れるほど笑ったのは。
隣の組の方が紙をのぞき込み、なるほど、と感心した声を出した。
「この白鳥なら、お茶も注いでくれそうですわね」
もう駄目だった。私は卓に手をつき、セシルと二人で笑った。
息が苦しくなっても、誰も声が大きいとは言わなかった。
次はセシルが描く番だった。
札を確かめた彼女は、得意そうに二つの丸を描いた。それを横線でつないで、上に大きな四角を載せる。
セシルは昔から車輪だけはうまかった。何故か丸を描くのだけは得意なのだ。
「馬車ね」
すぐに答えると、彼女は、まだ言わないで、という顔をした。
私は口を閉じた。出題役の夫人が正解の鐘を鳴らした後も、セシルは馬を描き足そうとしている。
「当たっているのに、まだ描くの?」
「馬まで描いて見せたかったのよ。練習したんだから」
そこで、私は少し黙った。
私の知らない半年の間にも、彼女はこうして遊んでいた。私がいなかった日々が、彼女にもちゃんとある。
「それなら、見せて。どんな馬か見たいわ」
セシルは紙へ目を戻し、慎重に耳を足した。
長い耳だった。
「……馬なのよ」
「まだ何も言っていないわ」
彼女が私を見た。私は我慢したけれど、結局、二人とも噴き出してしまった。
セシルは鉛筆を置き、笑いながら目尻を押さえた。その指先が一度だけ止まったのを見て、私も笑いきれなくなった。
こんなに好きだった時間を、自分から終わらせたのだ。
「セシル」
名前を呼ぶと、彼女は顔を上げた。
「もう一回、組んでもらってもいい?」
謝罪の続きを聞かせる代わりに、今、一緒にいたいと言った。
彼女は少し考えてから、紙を重ね、まだ何も描いていない一枚を私の方へ寄せた。
「次は私が先に描くわ。途中で当てても、最後まで見てね」
私はうなずいた。
その時、後ろから名前を呼ばれた。
「イレーヌ。何をしているんだ」
エドガール様が、小広間の入口からこちらへ歩いてきた。
私は振り返った。彼の顔を見た途端、笑っていた自分が急にはしたなく思えた。体が覚えているのだ。注意される前に口を閉じ、背筋を伸ばすことを。
でも、椅子からは立たなかった。
「絵当てです。次も、セシルと組むことになりました」
「それは見れば分かる。ついさっき、あんな話をしたばかりだぞ。何故、そんなに楽しそうにしていられる?」
セシルが鉛筆を卓に置いた。
私は彼女が何か言うより先に、エドガール様を見た。
「あなたが私と結婚しないことと、私が今夜何も楽しんではいけないことは、別のお話でしょう」
「当てつけなら、やめてくれ。周りの人にも迷惑だ」
彼はセシルへ目を向けた。
「君が何か吹き込んだのか。イレーヌは、こんなことをする娘ではなかった」
「私は今、お誘いを受けて遊んでいたのですけれど」
セシルの声は硬かった。
以前の私なら、彼女を止めただろう。お願いだから、彼を怒らせることは言わないで、と。
今夜は、私も話したかった。
「セシルのせいにしないでください。彼女ともう会わないと言ったのも私ですし、今夜、謝りに来たのも私です」
エドガール様が眉を寄せた。
「あの時は、君も分かってくれたと思ったのだが。彼女といると、子供みたいになるから――」
「私は、楽しかったんです」
声が震えた。もう叱られないように答えようとしている自分を、ようやく止めた。
「でも、あなたに嫌われるのが怖くて、やめました。友達にまで、ひどいことを言いました。それでも、あなたの好きな人にはなれなかったでしょう」
言うつもりのなかった悔しさまで出てしまった。
セシルの前で泣き言を並べたくはない。それでも、あの二年間、私が何とも思っていなかったことにされるのは嫌だった。
「婚約を破棄されて、悲しいです。今でも。でも、あなたのために、ここを立ちたくはありません。セシルと約束したんです」
彼は私を見て、それから卓の紙を見た。
描き損なった白鳥も、長い耳の馬も、きっと彼にはくだらないものに見えただろう。けれど私は、それを裏返して隠さなかった。
「二人だけで話そう。こちらへ来なさい」
「必要なお話は、母と一緒に伺います。婚約についてのお返事は、先ほど申し上げました」
小広間の入口に、リディ様が来ていた。
「エドガール様。私、今夜、ご両親にお話ししたいと言われてお待ちしているのですが」
彼が振り返った。
「もう少しだけ待ってくれ。イレーヌが、どうも話を分かっていなくてね」
「婚約破棄はお受けすると、私も聞きましたわ。それ以外に、何をお決めになりたいのですか」
リディ様は私たちの卓を見てから、彼に向き直った。
「お友達と遊ぶかどうかまで、あなたのお許しが必要なのでしょうか。私も、結婚したらそうなるのですか」
エドガール様は何か言いかけたが、うまく言葉にならなかった。
初めて見る顔だった。私が謝って話を終わらせるのを待っているようにも見えた。
私は、さっき自分の方へ寄せてもらった白い紙を、セシルの前へ戻した。次の絵を描いてもらうために。
「私は、ここにいます。母は大広間におりますので、お話が必要でしたら、そちらへお願いいたします」
それだけ伝えた。
エドガール様はしばらく立っていたが、リディ様が先に背を向けると、彼女を追って小広間を出ていった。
隣の卓にいた夫人が、続きを始めてもよいかと尋ねた。私は、はい、と答えた。
セシルが札を受け取り、鉛筆を持つ。
紙へ目を落とす前に、彼女は私の方へ少し顔を寄せた。
「帰りたくなったら、言ってね。約束したからって、無理に座っていなくていいわ」
私は彼女を見た。
優しくしてもらったから、すべて解決したことにはならない。彼女がまた私を信用してくれるまで、これからの私を見てもらうしかない。
でも、今、自分がここにいたいことは、はっきり分かった。
「ありがとう。まだ、あなたの絵を見たい」
セシルはうなずき、紙に大きな丸を描いた。
それは、どう見ても車輪だった。
* * *
結局、その丸は皿だった。
その上に、七面鳥が載るはずだったそうだ。私は最後まで馬車だと思い込み、時間切れになった。
休憩になって飲み物を受け取っても、セシルは時々思い出して笑っていた。
「車輪が上手だったから、またそうだと思ったの」
「私の絵だって、少しは上達するのよ。伯母の家で、何度も遊んだんだから」
私は、その伯母様の話を聞いた。
夏に海辺の町へ泊まりに行ったこと。そこで初めて、大きな船に乗ったこと。怖くて甲板の手すりに近づけなかったのに、帰る頃には自分から先端へ行きたがったこと。
知らなかった。手紙を一通も交わさなかった半年の間に、セシルには話したいことがこんなにあった。
私は聞いた。自分の婚約の話へ戻さず、伯母様も船にお乗りになったの、と尋ねた。
帰る時、セシルが私の前で立ち止まった。
「来週の木曜日なら、家にいるわ。午後、お茶を飲みに来ない?」
嬉しくて、すぐ返事をしようとして、私は一度考えた。
別の予定を入れていないか。母と約束していないか。もう、会いたいからという気持ちだけで引き受けて、後から断りたくなかった。
「木曜日の午後ね。ええ、伺いたいわ。お母様にも確認して、明日お返事していい?」
「もちろん。都合が悪かったら、別の日にしましょう」
セシルは少し迷うように目を動かした。
「嫌なことがあったら、言って。私にだって、言っていいのよ。何でも同じように好きになってほしいとは思っていないから」
私はうなずいた。
「あなたも、私に言ってほしい。今夜、言ってくれてありがとう」
セシルは、今度は名前を呼んでくれた。
「じゃあ、またね。イレーヌ」
たったそれだけで、帰りの馬車でまた泣いてしまった。
母は何も言わず、私の肩を抱いてくれた。恋が終わったことも、言ってしまった言葉も、今日一日で痛まなくなるわけではなかった。
でも、来週の木曜日が楽しみだった。その気持ちまで、悲しみに遠慮して小さくする必要はなかった。
婚約は、その翌週、両家の話し合いを経て正式に解消された。
エドガール様からは、少し距離を置いて考え直そうという申し出があった。私は母を通してお断りした。あの人を好きだった二年と、これからもあの人の隣にいたいかは、同じ答えにはならなかった。
リディ様とのお話がどうなったのかは、聞いていない。
約束した木曜日、私はセシルの家を訪ねた。
母に予定を確かめてから、翌朝には返事を出してあった。玄関で彼女の顔を見るまで、少し緊張した。
セシルも最初は、どこかぎこちなかった。半年前のように、何も言わずいつもの席に座ることはできなかった。
それでも、彼女は自分の隣を示した。
「ここでいい? 船の絵を見せたくて、持ってきたの」
卓に一枚の紙が置かれた。
大きな船に、細い手すり。その向こうに、二人の女性が立っていた。片方は両手を上げ、もう片方はその腰に必死にしがみついている。
「伯母様、そんなに怖かったの?」
「違うわ。しがみついている方が私よ」
私は絵を見直した。
セシルは真面目な顔で、自分はもう少し勇ましく描きたかったのだと言った。けれど伯母様に見せたら、これでも十分勇ましいと褒められたらしい。
笑っていいのかと思い、顔を上げると、彼女もこちらを見ていた。
「笑ってよ。笑ってもらおうと思って、描いたんだから」
私は笑った。
セシルも笑った。今度は、どちらも遠慮をしなかった。
笑い終わってから、私は紙を自分の方へ少し寄せた。知りたいことが、まだたくさんあった。
「ねえ、船に乗るところから、詳しく聞かせて」
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