セガが負けた理由は「性能」だけじゃない――ゲーム機戦争を決めた「棚」の話
さて、いままではセガはサードパーティの確保が厳しかったことや、CM、みんなでワイワイ遊ぶことについて書いてきた。
ここでもう一つ話をしよう。
セガファンから見れば、
もうやめてセガのライフはもうゼロよ。
HA☆NA☆SE。
……と言いたくなるところだが、まだある。
今回は、ゲームそのものではない。
**「どうやって売るのか」**
という話だ。
ゲーム機の勝敗を語るとき、多くの場合はスペック、価格、ソフトが話題になる。
どちらのCPUが速いのか。
どちらの映像がきれいなのか。
どちらに人気タイトルが集まったのか。
もちろん重要だ。
でも、どれだけ良いゲーム機でも、工場から出荷しただけでは売れない。
店に届く。
棚に並ぶ。
消費者の目に入る。
そこで初めて、「買ってみようか」という話になる。
つまりゲーム機戦争は、**商品を作る競争だけではなく、商品を消費者のところまで届ける競争でもあった。**
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### 任天堂には、もともと「玩具を売る道」があった
任天堂は、もともと花札やトランプを作っていた会社だ。
家庭用ゲーム機より前から、玩具市場で商品を売ってきた。
商品を作る。
問屋を通す。
店に並べる。
消費者が買う。
そうした商売の流れを、長い時間をかけて築いていた。
だからファミリーコンピュータが登場したときも、
「新しいゲーム機を玩具店で売る」
ということは、それまでの商売と完全に切り離されたものではなかった。
子どもが欲しがる。
店にある。
親が買う。
新しいソフトが出る。
また店へ行く。
本体とソフトと店頭が、一つの循環になっていく。
もちろん任天堂もアーケードゲームを経験していた。
だから、任天堂とセガの違いを「アーケード経験の有無」だけで説明することはできない。
違ったのは、**持っていた強みを、家庭用ゲームの商売へどうつないだか**だった。
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### セガにも販路はあった。強かったのは「体験」だった
「任天堂には流通があって、セガにはなかった」
という話ではない。
セガも玩具を扱っていたし、家庭用ゲーム機を販売する販路も持っていた。
ただ、セガの強烈な武器は、やはりアーケードだった。
『スペースハリアー』や『アウトラン』のようなゲームを、ゲームセンターで実際に体験できる。
巨大な画面。
派手な音。
独特の操作感。
それ自体が宣伝になった。
「あれを家でも遊びたい」
そう思わせる力を、セガは持っていた。
ところが家庭用ゲームになると、店頭に並ぶのは筐体ではなく、ゲーム機の箱とソフトのパッケージだ。
つまりセガには、アーケードで生まれた**「体験」を、家庭で買える「商品」へ変えること**が求められた。
これはセガの弱点というより、出発点の違いだった。
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### 勝負になったのは、「棚」だった
当時の町の玩具店は、今の大型量販店のように広い売り場があるわけではない。
人生ゲーム。
野球盤。
ぬいぐるみ。
ラジコン。
プラモデル。
さまざまな商品が、限られたスペースに並んでいる。
棚は無限ではない。
だから店は考える。
**何を置けば売れるのか。**
国内ではファミコンが約1,900万台規模まで普及したのに対し、セガ・マークIII/マスターシステム系は、資料によって集計範囲に差があるものの、数百万台規模にとどまったとされる。
これだけ差がつけば、
「売れるほうを優先しよう」
となるのは自然だ。
店の棚は慈善事業ではない。
売れる商品を仕入れる。
売れる商品を置く。
売れるから、また仕入れる。
**売れた商品が、さらに売れやすい場所を手に入れる。**
ファミコンには、その循環が生まれた。
そして本体だけではない。
『スーパーマリオブラザーズ』は国内で681万本という巨大な販売本数を記録したとされる。
本体が売れる。
ソフトが売れる。
店頭で目立つ。
さらに売れる。
ハードとソフトと棚が、互いを押し上げていく。
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### 「欲しいのに、近所の店にない」
この感覚は、ゲームだけの話ではない。
例えば、カクヨムで読んでいたライトノベルが書籍化されたとする。
「この作品、欲しいな」
そう思って近所の本屋へ行く。
ところが、置いていない。
大型書店ならある。
通販なら買える。
でも、今いる店にはない。
すると、
「今日は別の漫画を買おう」
となることもある。
作品が悪いわけではない。
**欲しいと思った瞬間に、手の届く場所になかった。**
それだけで販売機会は失われる。
ゲーム機も同じだ。
店頭に存在しなければ、良いか悪いかを判断してもらう以前に、選択肢として認識されにくい。
だから棚は、単なる置き場所ではない。
**そこに商品があることを知らせる広告でもあった。**
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### 当時は、評判にも「距離」があった
そして、商品だけではない。
**情報にも距離があった。**
今なら、海外で話題になったゲームはSNSや動画サイトを通じてすぐ日本へ届く。
当時は違った。
店頭。
友達の口コミ。
テレビCM。
ゲーム雑誌。
そうしたものが中心だった。
セガは北米でGenesisを大きく伸ばし、任天堂に対抗する強力なブランドを築いた。
つまり、セガに販売力がなかったわけではない。
ただ、
**「海外で売れている」ことと、「日本の消費者がそれを知っている」ことは別だった。**
商品にも距離がある。
評判にも距離がある。
当時は、その二つが今ほど速く結びつかなかった。
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### 棚に置くには、商品を切らしてはいけない
そして、棚を取ったところで、商品を安定して供給できなければ意味がない。
ROMカセットの時代には、
少なく作れば品切れになる。
多く作れば在庫になる。
という難しさがあった。
せっかく売れる商品でも、店頭から消えれば販売機会を逃す。
だから、
**作る。運ぶ。店に並べる。**
この流れそのものが、商売だった。
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### ソニーは、ゲームの外側からも客を連れてきた
次世代機になると、別の道を持った会社が入ってくる。
ソニーだ。
ソニーには家電、音楽、映像といったゲームの外側の市場があった。
そしてPlayStation 2ではDVD再生機能を持たせた。
すると、
「ゲームをするために買う」
だけではなく、
「DVDを見るためにも買う」
という理由が生まれる。
つまりソニーは、**ゲーム市場の中だけで客を奪い合わなくてもよかった。**
ゲーム以外の需要まで、ゲーム機へ引き込めたのである。
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### 流通網は、「ある」だけでは足りない
さらに、小売店との信頼もある。
ゲーム機は、本体を一台売って終わりではない。
ソフトも売る。
周辺機器も売る。
次の商品も扱う。
だから、一回の取引だけでは済まない。
セガサターンの北米展開では、1995年の発売を前倒ししたことで、一部の小売店には商品が供給される一方、十分な供給を受けられなかった大手小売店も出た。
小売店からすれば、
**「この会社の商品を、これからも安心して扱えるのか?」**
という問題になる。
棚を取るには、人気だけでは足りない。
安定して供給されること。
約束を守ること。
次の商品も安心して扱えること。
そうした信頼も必要だった。
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### 任天堂、セガ、ソニー。それぞれの「出発点」が違った
任天堂は、
**花札・トランプ → 玩具市場 → 家庭用ゲーム**
という土台を持っていた。
セガは、
**アーケード → ゲームセンター → 家庭用ゲーム**
という土台を持っていた。
ソニーは、
**家電・音楽・映像 → CD・DVD → プレイステーション**
という土台を持っていた。
もちろん、現実の企業活動はこんなに単純ではない。
任天堂もアーケードを経験している。
セガも玩具店で販売している。
ソニーもゲーム専門店を利用している。
それでも、何を商売の中心として育ててきた会社なのかという違いはある。
そして、その違いは家庭用ゲーム市場へ入ったときの戦い方にも影響した。
ゲーム機の性能表には、「棚」という項目はない。
海外での評判が、いつ国内へ届くのかという項目もない。
小売店との信頼関係を数値化した項目もない。
けれど消費者が店に入ったとき、最初に見るのは性能表ではない。
**棚に並んだ箱だ。**
そこにある。
目に入る。
手に取れる。
そして、買える。
だからゲーム機の勝負は、スペック表だけでは決まらない。
**消費者が「欲しい」と思った瞬間に、そこへ商品を届けられるか。**
そこにも、勝負があったのである。




