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死の運命の弾き方  作者: タカツキビヨン


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第26話 大演習迷宮・炎と天才

大演習迷宮の中央付近。


廃墟区画と岩場区画が接する一帯には、崩れた石造建築が点在していた。


半ばから折れた塔に、ひび割れた石畳。風化した外壁の間を、岩場から吹き込む乾いた風が抜け、砂と小さな石片を転がしていく。


その中心。


かつて広場だったと思われる場所に、巨大な魔獣がいた。


全長は5メートルを超える。

獅子に似た体を持ち、背中には黒い鉱石のような外殻が幾重にも連なっていた。

頭部から伸びる2本の角には、薄紫色の魔力が集まり続けている。


黒晶獅子。


高い防御力と突進力を併せ持つ大型魔獣であり、

序盤に配置されていた低危険度の個体とは明らかに格が違う。

当然、設定されている討伐ポイントも高かった。


広場を囲む崩れた建物の陰には、すでに数人の生徒が集まっている。


同じチームではない。


たまたま同じ高得点の獲物を見つけ、互いに動き出す機会を窺っているだけだった。


「どうする?」


Aクラスの男子生徒が、壁の陰から黒晶獅子を覗き込む。


「5人いれば、倒せるかもしれない」


「ポイントはどう分かれる?」


「貢献度で判定されるらしい。でも、最後に致命傷を取ったやつが有利なんじゃないか?」


その言葉を境に、誰も動かなくなった。


学院から詳しい判定基準は公開されていない。

協力すれば倒せる可能性は高いが、先に魔力を消耗した者だけが損をし、

最後に攻撃した者へ多くの点が渡る可能性もある。


誰も囮にはなりたくない。

かといって、誰かへ獲物を譲るつもりもなかった。


黒晶獅子も、周囲に潜む複数の気配には気づいていた。


喉の奥から低い唸り声を漏らしながら、頭をゆっくりと巡らせる。

角へ集まる薄紫色の光が強くなるたび、石畳の上を細かな振動が走った。


その時。


硬いものが石畳を打つ音が響いた。


一度。


続けて、もう一度。


物陰に隠れていた生徒たちの視線が、一斉に音の方向へ集まる。


崩れた壁の間から、銀髪の少女が姿を現した。


黒紺の戦闘服。高い襟と、細く絞られた腰。

上衣はそこから太腿付近まで、コートドレスのように緩やかに広がっている。

薄い黒手袋を着けた手には、灰白色の長杖が握られていた。


ルビア・フォルテア。


現在の暫定1位。


彼女の姿を認めた瞬間、生徒たちは打ち合わせたわけでもないのに道を空けた。


孤立しているわけではない。

ただ、誰も気軽にその隣へ並べなかった。


ルビアは生徒たちへ目も向けず、赤い瞳で黒晶獅子だけを見つめている。


「……1人でやるつもりか?」


「まさか」


「でも、フォルテア令嬢なら……」


小さな囁き声が交わされる中、ルビアは長杖をゆっくりと持ち上げた。


黒晶獅子が咆哮する。


2本の角へ集まっていた紫色の魔力が一気に膨れ上がり、広場全体を押し潰すような衝撃となって放たれた。


周囲の生徒たちが身構え、複数の防御魔法を展開する。


ルビアは動かない。

長杖の先端へ、赤い光が灯った。


速い。


術式が完成したと周囲が認識するよりも先に、炎はすでに形を得ていた。

細く、鋭く、異常な密度へ圧縮された炎の槍。


角から放たれた紫色の魔力衝撃と、赤い炎槍が広場の中央で正面から衝突する。


――轟音。


熱風と衝撃が石畳の上を駆け抜け、生徒たちの防御魔法が大きく揺れた。


それでも、ルビアは一歩も下がらない。


炎槍は紫色の衝撃を切り裂き、その勢いを失わないまま黒晶獅子へ迫る。


黒晶獅子が前脚を石畳へ叩きつけた。

地面が隆起し、黒い岩壁が瞬く間に形成される。


炎が直撃した。


壁の中心が赤熱し、蜘蛛の巣状の亀裂が走っていく。

しかし、厚い岩壁を一撃で完全に貫くまでには至らない。


生徒の1人が安堵とも驚きともつかない息を吐いた、その直後だった。


ルビアの長杖が、ほんのわずかに横へ動く。

一本だった炎槍が、岩壁へ衝突した状態から2つへ裂けた。


普通なら分割した瞬間に密度を失うはずの炎が、

どちらも致命的な熱量を保っている。

総出力をほとんど落とさないまま左右へ振り分け、岩壁を回り込んでいく。


「術式を、途中で……」


誰かが息を呑んだ。


黒晶獅子は右から迫った炎を角で弾く。


だが、反対側から回り込んだもう1本が、背中の外殻へ直撃した。


爆炎。


黒い外殻が砕け、鉱石のような破片が広場へ飛び散る。


それでも、黒晶獅子の身体は青い光へ変わらない。致命傷判定には届いていなかった。


怒り狂った黒晶獅子が石畳を砕き、ルビアへ突進する。

巨体からは想像できない速度だった。


ルビアはすでに次の炎を構築し始めている。


その直前。


横合いから放たれた水の奔流が、黒晶獅子の前脚へ叩きつけられた。


巨体が傾く。


突進の軌道が大きく逸れ、黒晶獅子はルビアの横を通過した。

そのまま半壊した建物へ激突し、古びた石壁が轟音とともに崩れ落ちる。


「間に合った!」


明るい声が響いた。


岩場側から、ピンク色の短い髪を揺らしながら少女が駆けてくる。

手には、複数の小さな魔石を組み込んだ標準杖。


ミリアス・セレネ。

現在の暫定3位だった。


ミリアスは瓦礫の中で立ち上がろうとする黒晶獅子を見た後、ルビアへ笑いかける。


「あ、ルビアちゃんもこれ狙ってたんだ」


ルビアの眉が、わずかに動いた。


「見れば分かるでしょう」


「そうだね」


悪びれる様子はなかった。


周囲にいた生徒たちは、先ほどよりもさらに距離を取る。


暫定1位と、暫定3位。


同じ1年生でありながら、すでに周囲とは明確に隔たった力を持つ2人。その両方が、同じ獲物へ杖を向けようとしている。


黒晶獅子が瓦礫を跳ね飛ばし、再び立ち上がった。

外殻の一部は砕け、前脚も先ほどの水撃によって動きが鈍っている。

それでも、2本の角には再び紫色の魔力が集まっていた。


ミリアスも標準杖を構える。


「先に倒した方のポイント?」


「好きにしなさい」


「じゃあ、遠慮なく」


ミリアスは楽しそうに笑った。


黒晶獅子が角を振る。

複数の紫色の魔力弾が放たれ、広場全体へ降り注いだ。


ルビアは長杖を横へ払う。

広がった炎の幕が、正面から迫る魔力弾を触れた端から焼き潰していく。


一方、ミリアスは杖を地面へ向けた。


土壁が隆起し、魔力弾を受け止める。

衝突によって土が砕けるが、その破片が地面へ落ちる前に風が巻き起こった。

石片と砂埃が風へ巻き込まれ、黒晶獅子の視界を覆う。


その間にも、上空へ水が集まっていた。


大きな水球。


内部で雷が枝分かれしながら走る。

水と雷を重ねた魔法が、黒晶獅子の背中へ落下した。


――ドンッ!


外殻の隙間へ水が入り込み、直後に雷が内側を駆け抜ける。


黒晶獅子の巨体が硬直した。


ルビアは、その一瞬を逃さない。


長杖の先へ赤い光が宿り、炎が薄い刃となって空間を走った。

外殻の薄い首元へ深く食い込み、黒晶獅子の頭が大きく仰け反る。


それでも、まだ致命傷判定には届かない。


間髪入れず、ミリアスが左手を掲げた。


石畳が割れ、地中から突き上がった土柱が黒晶獅子の腹部を捉える。

巨体が宙へ押し上げられた直後、横から巻きついた風によって身体が回転した。


無防備になった喉元が、2人の正面へ晒される。


一瞬だけ、ルビアとミリアスの視線が交わった。


言葉はない。


それでも、互いが何を狙っているのかは分かっていた。


次の瞬間。


炎の槍と水の刃が、ほぼ同時に放たれる。


赤と青。

2つの魔法が黒晶獅子の喉元へ突き刺さり、巨体を青い光へ変えた。


黒晶獅子の姿が無数の光片となり、風へ溶けていく。

広場へ静寂が戻るのと同時に、2人の前へポイント表示が浮かび上がった。


撃破は、ほぼ同時。


黒晶獅子の動きを崩し、致命傷へ届かせるまでの貢献も拮抗していた。

そのため、討伐ポイントは2人へ均等に分配される。


「あー、半分かあ」


ミリアスが少し残念そうに口を尖らせた。


ルビアは何も答えない。


半分でも高得点であることに変わりはない。だが、それだけで暫定1位を維持できる保証はなかった。


何より、ルビアの意識を捉えたのは得点ではない。


今の戦闘。


ミリアスの魔法が、以前とは明らかに違っていた。


土。

風。

雷。

ただ4つの属性を順番に使っただけではない。


土壁を維持しながら風を操り、水を集めながら、その内部へ雷を重ねていた。

属性を切り替えるたびに魔力の流れが途切れず、

複数の術式が互いを邪魔することなく並行して成立している。


以前のミリアスも、4属性を扱えるだけの才能を持っていた。

だが、これほど自然に複数の術式を重ね続けることはできなかったはずだ。


扱える魔力の幅そのものが、明らかに広がっている。


これほど急な変化が起こる理由は、1つしかない。


ルビアが、ミリアスへ赤い瞳を向ける。

ミリアスはポイント表示を消しながら、首を傾げた。


「どうしたの、ルビアちゃん?」


「あなた」


「うん?」


「クラスが上がったのね」


ミリアスの顔がぱっと明るくなった。


「分かった?」


その反応だけで、十分だった。


クラス3。


ミリアスは、すでにそこへ到達している。


ルビアの指が、長杖を強く握り締めた。

姉から届いた書簡の一節が蘇る。


――シルンには、いずれあなたへ追いつく才能もいるでしょう。


――停滞は許されません。


追いつく。


その言葉が、今まさに目の前へ立っていた。


「いつ?」


「少し前だよ」


ミリアスは軽い調子で答える。


「授業の途中で、急に広くなった感じがして。教官に確認してもらったら、クラス3だって」


まるで、朝起きたら少し背が伸びていたとでも言うような口調だった。


周囲に残っていた生徒たちがざわめき始める。


4属性。

そして、クラス3。


1年生としては、それだけで異常な領域にいる。


だが、ルビアの耳には、周囲の声など届いていなかった。

赤い瞳は、ミリアスだけを見ている。


先ほどの共闘だけでは分からない。

同じ魔獣へ、それぞれの魔法を放っただけ。


どちらの術式が速く。

どちらの魔法が強く。

どちらが最後まで立っていられるのか。


何も決まっていない。


このまま別れれば、ミリアスが本当に自分へ追いついたのかどうかさえ、曖昧なまま残る。


その疑問を抱えたまま次の魔獣を探す気にはなれなかった。


――確かめなければならない。


今。


ここで。


自分の炎が、まだこの少女よりも上にあることを。


「ミリアス・セレネ」


「なに?」


「杖を構えなさい」


一瞬。


広場を包んでいた空気が止まった。


ミリアスが目を瞬かせる。


「え?」


「聞こえなかったの?」


ルビアは灰白色の長杖を持ち上げ、その先端を真っ直ぐにミリアスへ向けた。


「対人戦も認められているわ」


「うん。そうだけど」


「なら、問題ないでしょう」


ミリアスは、しばらくルビアを見つめた。


冗談ではない。


赤い瞳には迷いがなく、すでに戦う者の光が宿っている。


やがて。


ミリアスが笑った。


「分かった」


標準杖を両手で構え、先ほどまでよりもわずかに姿勢を低くする。


「私も、ルビアちゃんとは一度やってみたかった」


「そう」


「手加減は?」


「必要だと思うの?」


「思わない」


ミリアスの周囲へ、4色の光が薄く浮かび上がる。


水。

風。

雷。

土。


ルビアの長杖にも、赤い光が集まり始めた。


周囲に残っていた生徒たちは、逃げるべきか迷った。


同学年最高峰の2人が、これから正面から戦う。


その瞬間を間近で見てみたい。

安全結界もある。本当に危険なら、学院が守ってくれる。


その好奇心と甘い考えが、今すぐ離れるべきだという判断を鈍らせた。


最初に動いたのは、ルビアだった。

ほとんど予備動作もなく、炎が撃ち出される。


ミリアスの正面へ、赤い火線が走った。


ミリアスが水壁を展開する。


衝突した瞬間、水が激しく沸騰し、白い蒸気が広場へ広がった。


それでも、炎は消えない。

水壁を押し切り、ミリアスへ迫る。


ミリアスは横合いから風を叩きつけた。


火線の軌道がわずかに逸れ、頬のすぐ横を通過する。

そのまま背後の石壁を貫き、遅れて爆発が起きた。


石壁が崩壊し、飛び散った瓦礫と余波が、近くに残っていた生徒を襲う。

生徒の身体が地面へ叩きつけられる直前、安全結界が青い光を放った。


強制退場。

1人の姿が広場から消える。


ルビアも、ミリアスも、そちらを見なかった。


安全結界が介入した。


その事実だけを認識し、互いから視線を外さない。


ミリアスが杖を振る。

複数の風刃が、左右からルビアへ迫った。


ルビアは炎を大きく広げない。

細く絞った火線を、立て続けに撃ち出す。


1本目が右の風刃を穿ち、2本目が正面を撃ち抜く。

3本目が最後の風刃へ命中し、圧縮された空気を破裂させた。


その間に、ミリアスは地面へ魔力を流していた。


ルビアの足元で石畳が隆起し、土の柱が突き上がる。

ルビアは半歩だけ後ろへ下がった。


土柱が空を切る。


しかし、それは本命ではない。


土柱の陰から、紫白色の雷光が走った。


ルビアは長杖を縦へ構え、その正面へ炎の盾を展開する。


雷が激突した。


――爆音。


衝撃を受けたルビアの身体が、石畳の上をわずかに滑る。


周囲の生徒たちから、息を呑む音が漏れた。


誰よりも速く。

誰よりも強い炎を持つ少女が。


この実習で初めて、同年代の魔法によって一歩下がらされた。


ミリアスはその隙を逃さず、杖を振り上げる。


頭上へ水が集まり、同時に左右から巻き起こった風が、

その水を無数の細い槍へ変えていく。


形成された水槍を、さらに風で加速する。

無数の水槍が、ルビアへ降り注いだ。


ルビアは顔を上げた。


灰白色の長杖へ組み込まれた魔石が、鮮やかな赤に染まる。


次の瞬間。


炎が一気に広がった。


降り注ぐ水槍を蒸発させ、発生した白い蒸気さえ熱で押し退けながら、

広場の中心から巨大な火柱が立ち上がる。


地面が揺れた。


崩れかけた建物の窓や亀裂から、炎が噴き出す。

赤い光が、環境結界によって作られた空を染め上げた。


その爆発は広場だけには収まらなかった。



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