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死の運命の弾き方  作者: タカツキビヨン


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第17話 それぞれの教室・後半

魔法基礎理論の講義が始まって、わずか10分。

俺はすでに、履修登録を間違えたかもしれないと思い始めていた。


教壇に立つ教官が、白銀の術式板へ文字を書き込んでいく。


教官が最初に示したのは、人の身体を模した術式図だった。


体内の魔力を回路へ通す。

術式核で形と属性を与える。

触媒を介し、外へ放つ。


そこまでは理解できた。


問題は、その先だった。


回路容量。


変換効率。


残留負荷。


外部マナとの干渉。


1つずつなら読める言葉が、教官の説明の中で繋がった途端、急に意味が遠くなる。


「術式核で形を与えた魔力は、属性変換を経て、触媒から外部へ放出されます」


前方の生徒たちが、当然のように記録を取る。

今の説明は、分かって当然なのか。


俺は机の上の魔導板を見る。


記録用の術式を起動すれば、教官の言葉自体は保存できる。

だが、保存したところで意味が分からなければ何も変わらない。


理解できない言葉へ、1つずつ印をつけていく。


気づけば、魔導板の半分近くが赤い印で埋まっていた。

教官の説明より、分からない箇所を示す印の方が目立っている。


隣の列では、ミリアスが楽しそうに魔導板へ文字を書き込んでいた。


時折、説明を聞いて目を輝かせている。

理解しているらしい。しかも、ただ覚えているだけではない。


「ということは、属性を変換する前に流れを分けた方が、干渉しにくいんですか?」


ミリアスが手を挙げて尋ねる。


「理論上はそうです。ただし、分岐を増やせば、それだけ回路へ負担がかかります」


「じゃあ、最初から複数の流れに耐えられる回路なら――」


「複数の属性を並行して扱うことも可能です。ただし、それには回路容量だけでなく、術式を同時に維持する技術も必要になります」


「なるほど……」


なるほど、なのか。

俺には、何がなるほどなのかすら分からない。


最初は、知らない単語へ印をつけていた。

10分を過ぎた頃には印だらけになり、20分後には数えること自体を諦めた。


俺は魔力を持たない。

体内に魔力回路もない。

術式を組むこともできない。


だから、この説明が身体感覚と結びつかない。


剣なら分かる。


重心。

角度。

踏み込み。

力がどこから来て、どこへ逃げるか。


だが、魔法には触れられない。

俺がこれまで見てきたのは、放たれた後の炎や雷、氷だけだった。


なぜ、その魔法がその形になったのか。

放たれるまでに、使い手の身体で何が起きていたのか。

目に見える結果だけを相手にしてきた俺には、何も分からない。


それでは足りない。


試験場で、嫌というほど思い知らされた。


あの赤い反撃が、なぜ生まれたのか。

ルビアの炎が、なぜあれほどの反応を起こしたのか。

彼女の指先に残った熱が、何を意味しているのか。


今の俺には、何も説明できない。

ただ危険だと感じるだけだ。


それでは、次も同じだ。

何かが起きてから飛び込むことしかできない。


「魔力回路へ処理しきれない負荷が残れば、次の術式にも影響します」


教官の声に、俺は勢いよく顔を上げた。


「構築の遅延、出力の乱れ、属性変換の失敗。現れ方は、使い手の回路や術式によって異なります」


処理しきれない負荷。


その言葉に、試験場で見たルビアの指先が一瞬だけ浮かんだ。

薔薇色の炎を放った直後、白い指先へわずかに差した赤み。


何が繋がるのかは分からない。

そもそも、彼女の炎と関係があるのかさえ分からなかった。


それでも、俺はその言葉だけを、他とは違う形で囲んだ。

理由は、まだ説明できなかった。


「どうしたの?」


隣から、ミリアスが小さな声で聞いてきた。


「いや。今のところを、もう一度確認したくて」


「残留負荷のところ?」


「そう」


「教本の後ろの方に図があるよ。たぶん、そっちの方が分かりやすいかも」


ミリアスが、自分の教本の該当箇所を指で示す。


複雑な人型の図。

身体中を走る光の線。

それを見ただけで、頭が重くなった。


「……助かる」


「ユアンくん、本当に基礎からなんだね」


悪意はない。

純粋な確認だった。


だから余計に刺さった。


「ああ。自分でも驚いてる」


「大丈夫。最初はみんな難しいから」


たぶん嘘だ。


少なくとも、彼女は難しそうに見えない。

けれど、気を遣っているのは分かった。


俺はもう一度、魔導板に並ぶ文字を見る。


分からない。

今は、ほとんど分からない。


けれど、魔法を使えないことを、知らなくていい理由にはできない。


彼女が何に傷つき、何を危険と感じているのか。

せめて、その兆候を見落とさないだけの知識は必要だった。


教官の説明は、相変わらず速い。

俺は理解できない言葉へ印をつけながら、必死に文字を追った。


初日の授業は、まだ半分も終わっていない。

それなのに、決闘魔法とは別の意味で、すでに息が上がりそうだった。



治癒魔法基礎の教室には、薬草の匂いが満ちていた。


壁際の棚には、

止血や鎮痛、火傷、魔力疲労など、用途の異なるポーションが並んでいる。


メルディ・トリステアは、自分の席からそれらを静かに見ていた。


聖邦にも、同じ用途の薬は数多くあった。

メルディ自身、幼い頃から何度も扱っている。


けれど、どれほど優れた薬であっても、できることには限界があった。


「最初に、よくある誤解を捨ててください」


教壇に立った女性教官が、淡い赤色の小瓶を1本持ち上げる。


「ポーションは、傷をなかったことにはしません」


教室の空気が、少し引き締まった。


「止血を助け、痛みを和らげ、身体が傷を塞ぐまでの時間を稼ぐ。それが傷用ポーションの基本です」


教官は小瓶を光へ透かす。


「重傷者へポーションを与えただけで、治療を終えたつもりになる。それが最も危険な誤用です」


メルディは静かに頷いた。


救うための薬。

けれど、その薬が届く範囲を知らなければ、救えたはずの命まで失う。


「治癒魔法も、存在しないものを無から作る技術ではありません」


教室の前方に、人の腕を模した幻影が浮かぶ。


皮膚。

筋肉。

血管。

骨。


傷の周囲へ光の線が走り、開いていた皮膚が少しずつ閉じていく。


「治癒魔法は、身体が本来持つ回復を促し、損傷した組織が戻る方向を補助します。ただし、損傷が大きければ、それだけ患者の体力を消耗する」


教官の指が動くと、幻影の傷は閉じた。

その直後、腕全体の光が弱くなる。


「治せるからといって、限界まで治せばいいわけではありません。傷を閉じても、患者の身体が耐えられなければ意味がない」


治せることと、治すべきことは同じではない。

メルディは、その言葉をよく知っていた。


聖女がそばにいるだけで、人は「まだ助かる」と期待する。


その期待が間違いだと分かっていても、メルディ自身の口から、

もう治療を続けられないと告げなければならない時があった。


力があることと、何でも治せることは同じではない。


教官は次に、淡い青色の小瓶を持ち上げた。

魔導板の上を動いていたメルディの指が止まる。


「こちらは疲労回復用です。傷用のものより、効果を実感しやすいでしょう」


何人かの生徒が興味深そうに身を乗り出した。


「ただし、疲労そのものを消しているわけではありません。身体と魔力の働きを一時的に引き上げ、動ける状態へ戻しているだけです」


教官の声が少し厳しくなる。


「休息の代わりにはなりません」


メルディの脳裏に、1人の少女が浮かんだ。


何事もないように立っていた、フォルテア大公家の令嬢。


触媒庫ですれ違った時、

その制服から一瞬だけ、聖邦でも使われていた疲労回復薬に似た香りがした。


本当に薬の香りだったのか。

いつ、何のために使ったものなのか。


それだけでは、何も分からない。


「疲労回復薬は、倒れそうな者を一時的に動かせます。兵士にも、治療師にも、魔法使いにも使われる、便利な薬です」


青い液体が、小瓶の中で揺れる。


「ですが、動けることと、回復したことは違います」


その言葉が、静かに胸へ落ちた。

動けることと、回復したことは違う。


ルビア・フォルテアは、何事もないように立っていた。


完璧に。

誰にも弱みを見せず。


けれど、それが本当に、何の痛みもないということなのか。


メルディは、自分の手元へ視線を落とした。


気づいたからといって、触れていいとは限らない。

本人が隠しているものを、善意だけで暴くべきではない。


まして、彼女とはまだほとんど話していなかった。

けれど、気づいたことを見なかったことにもできない。


授業が終われば、声をかけることはできる。

何か困っていないかと尋ねるだけなら、難しくない。


けれど、メルディは魔導板へ視線を戻した。

今はまだ、尋ねるための根拠すら足りていない。


「では、次に呪傷について説明します」


教官の言葉に、教室の空気が変わる。


「呪傷とは、呪いや持続する術式によって生じる損傷です。通常の傷と違い、原因となる術式が残っている限り、表面を治癒しても損傷は繰り返されます」


メルディは顔を上げた。


原因が残っている限り、再発する。


傷を塞ぐだけでは足りない。

身体のどこかに術式が残っているなら、それを見つけなければならない。

原因が外にあるのなら、傷つけられ続ける状況そのものを変えなければならない。


治療とは、目に見える傷だけを閉じることではないのかもしれない。


メルディは、教壇に浮かぶ幻影を見つめた。


聖邦では、聖女である自分に答えがあることを求められた。

ここでは、知らないことを学べる。


治癒魔法の限界。

ポーションの限界。

そして、自分の力の限界。


自分が何を救えて、何を救えないのか。

それを確かめるために、ここへ来た。


教官が、呪傷の構造を説明し始める。

メルディは魔導板へ、一語ずつ丁寧に記録していった。


救えないものを知ることは、諦めることではない。

そう信じるために、メルディは次の言葉を記録した。


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