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あの日の続き

作者: 長谷川誠
掲載日:2026/04/15

「まだやってんのかよ」

 その一言で、誰の声か、わかった。

 背中が凍りついた。

 忘れられるはずもない。

 毎日、耳元で聞かされていた声だ。

 机に向かったまま、動けない。

 途端に東大の過去問の文字が分からなくなる。

 僕はゆっくりと後ろを振り向いた。


 ベッドに本棚と閉めきったカーテン。

 誰もいない。

 いつも通りの僕の部屋だ。


 それでも、背後にあいつらの気配だけが感じる。

「聞こえてんだろ」

 別の声。

 ——佐藤の声だ。

 そして、すぐ近くに立っている無言の気配

間違えるはずがない。

-ー鈴木

「なあ、逃げてんのか?」

 低い声。

 ——田中の声だった。

 急に喉が締まる。

 


 あいつらだ。

 昔、毎日俺を殴っていた、三人組のいじめっ子達。

 やめろ

 来るな

 来るな

気付くと、ノートにそう書いていた。

「はは、まだそんなこと書いてんのかよ」

 佐藤の笑い声が聞こえる。

 その瞬間——

 インターホンが鳴った。

 

身体の底から身震いが走った。


 こんな時間に来る人なんていない。

 僕はゆっくりと立ち上がり、モニターを見る。

 すると、あの三人が立っていた。

 息が止まった。

 制服だった。

 見覚えのある、あの学校の制服。

 ブレザーの色も、ネクタイの結び方も、何も変わっていない。

 田中は腕を組み、あの頃と同じように顎を少し上げている。

 佐藤はカメラに顔を近づけ、にやにやと笑っている。

 鈴木は無言で、じっとこちらを見ている。

 顔も、背丈も、表情も——

 すべて、あの頃のままだった。

 おかしい。

 僕はもう高校を卒業している。

 何年も前の話だ。

 なのに、あいつらだけが——

 あの日のまま、そこに立っている。

 ピンポーン。

「いるんだろ?」

 田中の声。

 逃げようと思ったが足が動かない。

 その上、逃げられない。

 ドアノブに手をかけ、

 脳裏で、何度も「やめよう」と思ったが

 それでも、手が勝手に動いてしまい、

 ゆっくりと回す。

 カチ、と音がして——

 次の瞬間、外から強く押され、ドアが一気に開く。

 体ごと弾き飛ばされ、背中が壁に叩きつけられた。

「遅えよ」

 田中がそのまま踏み込んできた。

 靴も脱がず、当然のように、部屋の中に入ってくる。

 制服の袖口は擦り切れていて、あの頃見慣れていた傷み方のままだ。

 その後ろから、佐藤が入ってくる。

「うわ、まじで勉強してんじゃん」

 笑いながら、肩をぶつけて通り過ぎる。

 最後に、鈴木が入ってくる。

 何も言わず、ただ、ドアをゆっくりと閉めた。

 カチ、と鍵を閉める音がする。

 その音がやけに大きく響いた。

 逃げ場が、なくなる。

 気づけば、三人は部屋の中にいた。

 田中は机の前に立ち、

 佐藤は部屋を見回し、

 鈴木は玄関の前に立ったまま、こちらを見ている。

 外に出るには、鈴木の隣を通るしかない。

 だが、足が動かない。

「まだやってんのかよ」

 田中が問題集を見下ろし、そう言った。

「意味あんの、それ」

続けて、田中が問題集を指で弾き、問題集が床に落ちる。

「逃げてんのか?」田中はそう言い、顔を近づけ

「勉強すれば、全部なかったことになると思ってんの?」と言った。

 言葉が出ない。

 身体が動かない。

 あの頃と同じだった。

「お前さ」

 胸に衝撃が走り、息が詰まり、その場に崩れ、

 視界が歪む。

「結局、何も変わってねえじゃん」

 佐藤の笑い声。

 鈴木の無言の視線。

「なあ」

 田中が言う。

「楽になる方法、教えてやるよ」

 差し出されたのは、一本のジュースだった。

 僕には見覚えがあった。

 あの日、三人に押さえつけられて飲まされた缶と同じ。

『覚えてるだろ?これ飲めば、終わる。』

 田中がそう言い、佐藤が横で笑い、

 鈴木が、出口を塞ぐ。

「ほら」

 プルタブが開き、炭酸の音が、やけに大きく響く。

「楽になれるぞ」

 逃げられない。

 手が無意識に動き、ジュースを飲んだ。

 冷たい。

 あの日と同じ味だ。

 そして、喉を通る。

 その瞬間——

 強烈な苦味が口内に広がった。

 息ができない。

 胸が苦しい。

 指先の感覚が消えていく。

 視界が暗くなる。

「な?」

 田中は言う。

「終わりだろ」

佐藤も続けて、そう言った。

 何もできない。

 何も動かない。

 そのまま、意識が沈み、気を失った。


『服薬自殺ですってね。』

「かわいそうに。学生の頃は大人しくていい子だったのに。受験ノイローゼになってたらしいわ。』

『かわいそうに。』


 机の上に、一枚の答案用紙があった。

 本来なら、問題の答えが書かれるはずの紙。

 だが、そこに書かれていたのは、解答ではなく、びっしりと、文字が埋まっていた。

 

 ー僕はいじめられていました。

 毎日、殴られていました。

 そして、笑われていました。

 誰も何も言わずに見ていました。

 誰も助けてくれませんでした。

 先生も、見て見ぬふりをしました。

 友達だと思っていた人も、何も言いませんでした。

 僕はずっと一人でした。

 逃げたかったです。

 でも、逃げられませんでした。

 今も、続いています。

 終わりませんー(終)

 

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