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距離を取って、三日。
ちゃんと成功してる。
業務連絡のみ。
雑談なし。
目は合わせない。
近づかない。
完璧。
なのに。
「七瀬、それ違う」
突然、横から資料を引き抜かれる。
「え?」
「ここ、二重チェックしてねえだろ」
声が低い。
前はもう少し、柔らかかった。
「……すみません」
「ちゃんとやれよ」
——は?
何その言い方。
前はそんな言い方しなかったじゃん。
別に大きなミスじゃない。
いつもなら「次からな」で終わるやつ。
なのに今日は。
冷たい。
給湯室。
マグカップを洗っていると、背後に気配。
「七瀬」
近い。
近いって。
「最近さ」
腕を組んで見下ろしてくる。
「なんなの」
なんなの、って。
こっちが聞きたい。
「なんなのってなんですかぁ?」
ゆるふわモード発動。
完璧。
「急に距離取ってんのそっちだろ」
「取ってませんよぉ?」
「取ってる」
明らかに苛立ってる。
眉間に皺。
目が鋭い。
なんで。
なんでイラついてるの。
私が離れたら都合いいでしょ?
可愛ければ何でも、なんでしょ?
「七瀬さ」
一歩近づく。
逃げ場、ない。
「俺がなんか言った?」
やめて。
その顔。
困ったみたいな顔。
私のせいみたいな言い方。
「別に」
喉が乾く。
「何もないです」
「じゃあなんで避けるんだよ」
「避けてないです」
声が少しだけ硬い。
鷲尾が舌打ちする。
小さく。
でも聞こえた。
「意味わかんねえ」
その一言が、胸に刺さる。
意味わかんないのはこっちだよ。
なんでイラついてるの。
やめて。
そんな態度。
まるで——
好きみたいじゃん。
だめ。
そんな顔で距離詰めないで。
そんな声で名前呼ばないで。
そんなふうに私の反応気にしないで。
勘違いする。
「……仕事戻りますね」
横をすり抜ける。
腕が一瞬触れそうになる。
触れない。
でも、熱が残る。
背中に視線。
追いかけてこない。
なのに。
さっきの「意味わかんねえ」が頭から離れない。
意味わかんないのは。
好きになりたくないのに。
離れたら怒るあんたの方だよ。




