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キーボードの音だけがぽつぽつ響く。


七瀬は資料をまとめながら、

さっきの会話を思い出していた。


「可愛ければ何でも」


……何でも、ね。


最低。


ほんと最低。


カタカタとキーを強く打つ。


イライラしてるの、バレたら嫌だ。


だから顔はいつも通り。


ゆるふわ七瀬。


「まだいたのか」


「おつかれさまですぅ」


いつもの声で返す。


「先帰っていいのに」


「区切りまでやりますぅ」


軽い。


軽い、はず。


鷲尾は少しだけ画面を覗き込む。


距離、近い。


「それ、こっちのフォーマット使った方が早いぞ」


マウスを取られる。


自然に、横に立つ。


無駄がない手つき。


「ほら」


数分で整う資料。


「……ありがとうございます」


普通の声が出そうになる。


慌てて飲み込む。


「鷲尾さんって意外と優しいですよねぇ」


冗談っぽく言う。


鷲尾は肩をすくめる。


「意外とってなんだよ」


「だって、可愛ければ何でも、なんでしょう?」


言った瞬間。


あ、って思った。


それ、気にしてたみたいじゃん。


鷲尾が一瞬止まる。


視線が合う。


「……あれ、冗談だろ」


「そうなんですかぁ?」


逃げ道を用意する声。


でも。


「お前がどう思ったか知らねえけど」


少しだけ低い。


「七瀬は七瀬だろ」


——え。


「他と一緒にすんな」


心臓が落ちる


一回、大きく。


いつもみたいに軽くない。


数秒、沈黙。


七瀬の喉がひくりと鳴る。


——違う。


違う違う。


そういうの、やめて。


「……意味わかんないです」


笑う。


笑うしかない。


「私なんて、その辺のぶりっ子ですよぉ?」


軽く。


軽く。


でも。


「その辺じゃねえだろ」


何それ。


何それ何それ。


やめて。


そんな顔で言わないで。


一瞬だけ、呼吸が止まる。


ああ。


だめだ。


これ。


私。


好きだ。


認めた瞬間、全部が変わる。


空気も、距離も、声も。


やばい。


逃げなきゃ。


「……お先、失礼します」


勢いよく立ち上がりバッグを掴む。


背中が熱い。


——終わった。


私、終わった。


あんな男。


最低で。


軽くて。


誰でも良くて。


1番嫌いだったのに。


なのに。


他と一緒にすんなって。


それだけで。


落ちるとか。


ほんと最悪。


エレベーターの扉が閉まる。


鏡に映る自分の顔。


赤い。


ああ。


これ、もう誤魔化せない。




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