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「七瀬」
デスク越しに呼ばれて、七瀬はいつもの笑顔で返す。
「はーい」
鷲尾が、なにかを机に置いた。
「お前、甘いの好き?」
「すきですぅ」
「これやる」
ころん、と転がってきた缶。
赤い。
「……ココア?」
「ん、ブラックと買い間違えた」
さらっと言って、もうパソコンに向き直っている。
七瀬は缶を両手で包む。
あたたかい。
——買い間違えた?
ブラックと間違える色じゃなくない?
でも。
「ありがとう、ございます」
少しだけ声が普通になりかけて、慌てて戻す。
「助かりますぅ」
——わざと?
いや。
偶然だよね。
偶然。
午後のあいだ、缶はずっとデスクの端にあった。
飲むタイミングを逃して、気づけばぬるくなっている。
それでも、ちゃんと全部飲んだ。
甘い。
帰り際、エレベーターの前で立ち止まる。
扉が開いた瞬間、中にいたのは鷲尾だった。
「……あ」
「よ」
二人きり。
狭い。
数字がゆっくり下がっていく。
静か。
缶のこと、言うべきか迷う。
言わなくてもいいかもしれない。
でも。
「……さっきはありがとうございました。ご馳走様です」
少しだけ視線を上げる。
京太朗は特に何も気にしていない顔で、
「どういたしまして」
それだけ。
気にならないはずの沈黙が痛い。
エレベーターが止まり扉が開く。
「お先失礼します、お疲れ様です」
七瀬は一歩、外に出る。
背中に視線がある気がして
振り返りそうになるのを堪える。
——偶然。
——買い間違えただけ。
——勘違いするな。
歩きながら、指先に残った温度を思い出す。
ぬるかったのに、ちゃんと甘かった。




