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「ほんとあの子さ、あざといよね」
「わかる〜。天然ぶってるけど計算でしょ?」
給湯室の向こう。笑い声。
聞こえてるよ。
全部。
でも。
何も聞いてない顔で通り過ぎる。
胸の奥が、ちょっとだけざらつく。
——うるさいな。
別に誰かの男取ったわけでもないし。
愛想良くしてるだけでしょ。
気づいたら駅を通り過ぎてた。
そのままふらっと入る
バッティングセンター。
受付のおじさんが少し驚く。
「久しぶりだね」
「ストレス発散です!」
ヘルメット被って、
バット握って。
「ぶりっ子で何が悪いのよ!」
パァンッ。
真っ直ぐ抜ける。
——うるさいな。
二球目。
「計算で何が悪いのよ!」
ガンッ。
——あんたたちに関係ないでしょ。
三球目。
「可愛くして何が悪いのよ!」
ネットが揺れる。
胸の奥のざらつきが、少しだけ削れていく。
——ちゃんと愛されたいだけなのに。
笑っていれば楽。
甘い声でいれば角が立たない。
そうやって生きてきただけ。
それが悪い?
「すげえな」
「……鷲尾さん」
最悪。
なんでいるの。
「偶然ですねぇ〜!」
声は勝手に甘くなる。
——見ないでよ。
「それでそのスイングは無理あるだろ」
「ぶりっ子で何が悪いのよ」
小さく。
——言い返したかっただけ。
——本当は、ちょっとだけ傷ついた。
鷲尾が打席に入る。
空振り。
「へたくそ」
口が勝手に動く。
——ちょっと、楽しい。
二球目、ファウル。
三球目、綺麗な音。
フォーム、ちゃんとしてる。
——ずるい。
ちゃらいくせに、ちゃんとしてるの、ずるい。
「経験者?」
「まあな」
やっぱり。
「悪くねえだろ、そのやり方」
胸が、少し止まる。
否定されると思った。
計算とか、ずるいとか、そういうの。
「武器ですよ」
——そう。武器。
可愛くしてれば、守られる。
本気出さなくていい。
傷つく前に笑える。
「だな」
なんで。
なんでそこで肯定するの。
次の球。
空振り。
最悪。
「動揺してんじゃん」
「してません!」
——してない。
してないから。
夜風が冷たい。
「誰でもいい、は撤回な」
心臓がうるさい。
「二度と言わないでください」
本当は。
——ああいうの、嫌い。
軽く扱われるの、嫌い。
「言わねえよ」
信じない。
信じないけど。
……信じない、けど。
「今日のこと、内緒ですから」
——この顔、見られたくない。
「仮面?」
「武器です」
——可愛くしてれば、楽だから。
「いいじゃん、どっちも」
一瞬、息が詰まる。
どっちも。
仮面も。
本気で振る私も。
「意味わかんない」
——わからなくていい。
わかられたら、困る。
コインを入れて、バットをもう一度握る。
機械が動く。
パァンッ。
——ムカつく。
——なんでちょっと、救われたみたいになるの。
——好きじゃない。
——でも。
次の球を待つあいだ、
さっきより少しだけ、
肩の力が抜けているのを、
自分だけは知っている。




