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みんなが集まってる。
少しだけざわついた空気。
「短い間でしたが、お世話になりました」
声は思ったより震えなかった。
最後まで、私らしく。
そのあと。
「おめでとう!」
あちこちから声、拍手。
思っていたより大きい音。
胸が、じわっと熱くなる。
ああ、終わるんだ。
この会社での時間。
疑って、迷って、泣いて、笑って。
拍手の中で、視線を探す。
橘さん。
相変わらず姿勢がいい。
表情は変わらない。
でも目は、ちゃんとこっちを見てる。
「橘さんっ」
小声でこっそり。
「はい」
「同級生ですね」
ふふ、と自分でも少し笑う。
橘さんはほんの一瞬だけ目を細める。
「…ですね」
その瞬間。
隣に立つ人の体温が、やけに近い。
視線を上げる。
鷲尾さん。
ちゃんと隣にいる。
堂々と。
少しだけ、声を落とす。
「いまみました…?」
小声で囁く。
何をって顔をされる。
「橘さん、ちょっとだけ笑った」
鷲尾さんが橘さんを見る。
それから、ぼそっと。
「橘も笑うんだな」
その一言に、橘さんの視線がこちらに戻る。
「……笑いくらいします」
その口元がほんの少しだけ上がってる。
拍手がまた起きる。
誰かが花束を渡してくれる。
視界が少し滲む。
でも泣かない。
今は、ちゃんと前を向いてる。
隣にいる人の手が、さりげなく触れる。
人前だから、強くは握らない。
でも、離れない。
あの日。
“ちゃんと捕まえてて”と言った。
今はもう、言わなくても分かる。
ちゃんと、捕まってる。
ちゃんと、捕まえてる。
「行くぞ」
低い声。
いつも通り。
「はい」
自然に笑える。
疑いも、はかりもない。
拍手の中を歩く。
呼吸は、穏やか。
ちゃんと、二人で。
「境界線のその横で」完結です。




