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「離せねえ」
自分でも驚くくらい、はっきり言った。
格好つけず、
余裕もない。
ただ、本音。
その言葉が落ちたあと、
部屋が静かになる。
七瀬は、すぐには何も言わない。
目を逸らさない。
逃げない。
その視線が、試すでも、責めるでもなくて。
ただ、確かめてる。
そして。
ゆっくりと、息を吐く。
「……じゃあ」
声は小さい。
でも、震えてない。
「ちゃんと捕まえてて」
胸の奥が、強く打つ。
捕まえてて。
命令じゃない。
縋りでもない。
覚悟を渡される感覚。
離せるか、じゃなくて。
離すな、でもなくて。
“ちゃんと”捕まえてて。
中途半端にじゃなく。
衝動だけじゃなく。
気分だけじゃなく。
ちゃんと。
その重さが、一気にのしかかる。
でも。
怖くない。
逃げたくない。
「……ああ」
今度は、迷わない。
腕を伸ばす。
さっきみたいに乱暴じゃなく。
でも、遠慮もしない。
七瀬の体を引き寄せる。
抱きしめる。
今度は、確かめるみたいに。
縛るんじゃなく。
包む。
七瀬が抵抗しない。
むしろ、少しだけ体を預けてくる。
それだけで、呼吸が戻る。
「捕まえる」
独り言みたいに。
でも、はっきり。
「離さねえ」
さっきの暴走とは違う。
静かで、重い。
衝動じゃなくて、選択。
七瀬の髪に触れる。
乱れた呼吸が、少しずつ揃っていく。
三日間の呼吸困難が、
やっと抜ける。
奪われるのが怖くて暴れた。
でも今は。
奪うんじゃない。
選ばれてる。
そして、選ぶ。
七瀬の体温が、ちゃんとここにある。
「……ちゃんとだぞ」
小さく、念押しみたいに呟く。
自分に。
覚悟を、逃がさないために。




