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「きついのは、私です」
七瀬の声は震えていた。
俺のせいじゃない、と言いながら、
一番きつい言葉を置いていく。
部屋の空気が、重い。
さっきまで触れていた体温が、急に遠い。
何か言え。
止めろ。
抱きしめろ。
頭のどこかが叫ぶ。
でも、動けない。
七瀬は泣いているわけじゃない。
取り乱してもいない。
ただ、追い詰められた顔をしている。
ああ。
俺が追い詰めたのか。
別れたいわけじゃない、と言いながら。
それはつまり、
今のままじゃ無理だってことだ。
俺といるのが、無理なんじゃない。
“俺を信じきれない自分”が無理だと言った。
それを聞いて、
初めて分かる。
俺は、ちゃんと渡してなかった。
好きだと言った。
抱きしめた。
奪われたくないとも思ってる。
でも。
安心は渡してない。
七瀬が欲しかったのは、そこだ。
喉が、乾く。
ここで「嫌だ」と言えば、
たぶん引き止められる。
泣いて縋らせることもできる。
でもそれは、
俺のためだ。
七瀬のためじゃない。
歯を食いしばり、衝動を飲み込む。
言いたくない言葉を、選ぶ。
「……わかった」
自分の声が、思ったより静かだった。
七瀬の肩が、ぴくっと揺れる。
「距離、置こう」
言った瞬間、
胸の奥がえぐられる。
本当は置きたくない。
今すぐ抱き寄せたい。
離れたら、
そのまま戻らないかもしれない。
怖い。
でも。
ここで無理やり繋いでも、
あいつは壊れる。
「俺からは連絡しない」
口に出すと、現実になる。
「お前が、整理ついたら」
そこで言葉が詰まる。
戻ってこい、とは言わない。
言えない。
選ぶのは、七瀬だ。
俺じゃない。
沈黙が落ちる。
七瀬は俯いたまま。
泣きそうで、でも泣かない。
俺のほうが泣きそうだ。
こんなに好きなのに。
伝わってない。
伝えきれてない。
触れるより
抱くより
好きの言葉より
もっと必要な何かを、
俺はまだ持っていない。
「……七瀬」
最後に名前を呼ぶ。
優しくしない。
縋らない。
「ちゃんと考えろ」
自分にも言っているみたいだった。
七瀬が、小さく頷く。
それで終わり。
部屋の距離が、急に広がる。
さっきまで近かったのに。
触れられる距離だったのに。
今はもう、遠い。
ドアが閉まる音が、やけに大きい。
残された静けさの中で、
初めて理解する。
楽しくない。
苦しい。
でも。
離すって、こんなに痛いのか。




