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会社のロビーを出るとき、

自動ドアに映る自分の顔を見るたびに思う。


私はちゃんと笑っている。

隣にいる男は、ちゃんと私の彼氏だ。


何も間違っていない。


間違っていないのに、胸の奥がずっと静かに痛い。


鷲尾さんは少し前を歩いて、

振り返って「行くぞ」と言う。


それだけなのに、

その声に私は無意識に従ってしまう。


並んで歩く距離は近い。


手が触れて、指が絡む。


温かい。


その温かさに、ほんの一瞬だけ遅れて応える自分がいる。


躊躇。


自分で分かる。


触れたいのに、

触れた先に何かを期待してしまう自分が怖い。


「今日さ」


不意に落ちる声。


「なんですかぁ?」


もう反射だ。


軽く、柔らかく、いつもの私。


「夜、空いてるか」


ただの確認。


断る理由なんてない。


「空いてますよぉ」


即答する。


でも、答えた瞬間、

胸の奥に冷たいものが流れ込む。


また夜。


また近づく距離。


また、あの言葉が落ちる可能性。


好きだ、と言われるかもしれない。


でもそれが、また“そのとき”の好きだったら?


昼間に欲しかった言葉を、

暗い部屋で渡されたら?


私はきっとまた疑う。


疑う自分が嫌いになる。


それでも疑う。


その繰り返しが、もう怖い。


夜。


部屋の明かりは落ちている。


距離は自然と縮まる。


抱きしめられる。


強すぎない腕。


優しい。


優しいからこそ、苦しい。


「七瀬」


名前を呼ばれる。


その声は本気だと分かる。


分かるのに。


信じ切れない。


どこかで測っている。


今の声の温度は何度だろう。


この好きは何割だろう。


終わったあとも残るだろうか。


そんなことばかり考えてしまう自分が、醜い。


キスをされ目を閉じる。


体はちゃんと反応する。


でも心は、どこかで一歩引いている。


私は何を守っているんだろう。


傷つく未来?


それとも、裏切られる可能性?


裏切られるなんて、まだ何も起きていないのに。


それなのに。


「七瀬」


もう一度。


優しい。


それが、余計に追い詰める。


ちゃんと彼氏なのに。


ちゃんと選ばれているはずなのに。


なのに私は、


どこかで足りない何かを探している。


「……鷲尾さん」


声が思ったより静かだった。


自分でも驚く。


「ん?」


今なら、まだ戻れる。


何も言わなければ、

また曖昧なまま続いていく。


でも。


このまま続いたら、


私はきっと、どこかで壊れる。


信じきれないまま、

疑いながら、

それでも離れられないまま。


それが一番、苦しい。


「一回、離れませんか」


空気が止まる。


言ってしまった。


「……は?」


低い声。


傷ついた色が混じる。


そんな顔をさせたいわけじゃない。


「別れたいとかじゃなくて」


慌てて足す。


言葉がうまく繋がらない。


「ちょっと、整理したいだけで」


整理。


何を。


私の不安を。


疑いを。


信じきれない弱さを。


「……俺といるの、そんなにきついか」


静かな問い。


怒っていない。


でも、抑えているのが分かる。


違う。


きついのは。


「きついのは」


喉が締まる。


涙がにじむ。


「私です」


それが本音。


あなたじゃない。


私が、追いついていない。


好きって言われても、

抱きしめられても、

どこかで疑ってしまう自分が、きつい。


ちゃんと彼女になりたいのに。


ちゃんと信じたいのに。


足りないのは、あなたじゃなくて、


私の覚悟かもしれない。


でも。


それを認めるのが、怖い。


沈黙が落ちる。


重い。


壊れるかもしれない。


戻れなくなるかもしれない。


それでも、もう誤魔化せなかった。


私は今、


壊れかけている。




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