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昼休みの終わりかけ。


人の流れが途切れた廊下。


「鷲尾さん」


低く呼ばれて、振り返る。


「……橘。珍しいな、お前が話しかけてくるなんて」


軽く言う。

いつもの調子。

いつもの温度。


橘は笑わない。


その時点で、嫌な予感はしてた。


「なんでそのままにしてるんですか?」


「なんのことだよ」


分かってる。

分かってるから、雑に返す。


「七瀬さんのこと」


目が合う。


逸らせない。


「……っ、そんなわかりやすいか?」


笑って誤魔化す。


笑いが、少し乾いてるのは自覚してる。


橘は表情を変えない。


「わかりやすいですよ」


「2人とも、無理してるの見えます」


胸の奥がざらつく。


無理?


してない。


……してない、はず。


「無理なんかしてねえよ。普通だろ」


「“普通”にしてるんです」


やけに刺さる言い方。


普通。


七瀬の笑顔が浮かぶ。


朝のキッチン。


軽い声。


完璧な彼女。


昨日の夜の涙が、まるで嘘みたいだった顔。


あれは“普通”か。


それとも。


橘が続ける。


「七瀬さん、何も伝わってないです」


静かに落とされる。


強くないのに、重い。


伝わってない。


あのとき、七瀬の目は。


嬉しそうじゃなかった。


どこか、疑ってた。


俺はそれを見ないふりした。


好きって言ったんだから、十分だろって。


でも。


十分じゃなかったのか。


喉の奥が詰まる。


言葉が出ない。


橘はそれ以上言わない。


責めない。


教えない。


ただ事実だけ置いて、少し距離を取る。


その沈黙が、余計にきつい。


「……俺、どうしたらいい」


気づけば、そう聞いていた。


プライドとか、見栄とか、


全部どこかに落ちてた。


橘は一瞬だけ視線を柔らげ、戻る。


「自分で考えてください」


淡々と。


「じゃなきゃ意味ないです」


それだけ。


助言も、解決策も、何もない。


背中を向けて去っていく。


残された空気だけが、妙に重い。


自分で考えろ。


俺は今まで、


衝動で動いてきた。


欲しいと思ったら掴む。


楽しいなら続ける。


でも今は。


楽しくない。


満たされない。


それでも、手放したくない。


七瀬の笑顔。


あの一瞬だけ見せる、本音の顔。


俺はあれが欲しい。


軽い仮面じゃなくて。


疑いも、弱さも含めた七瀬。


でも。


俺は何を渡せてる。


好きだと言った。


それで満足したのは、俺だけじゃないか。


七瀬は、


俺の言葉を受け取るたびに、


どこかはかってる。


重さを。


本気を。


俺は、まだ逃げてるのか。


廊下の窓に映る自分の顔。


思ったより、余裕がない。


これが、本気か。


楽しくないのに。


苦しいのに。


それでも離したくない。


こんな感情、知らなかった。


どうしたらいい。


誰も教えてくれない。


自分で考えろ。


ああ。


「面倒くせえ…」




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