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店を出ると、夜風が少し冷たい。
「おつかれさまでしたぁ〜」
にこにこ。
いつもの声。
後ろから足音。
「七瀬」
はあ。
「なんですかぁ、鷲尾さん」
「怒ってんの?」
「怒ってないですよぉ?」
くるっと振り返って笑う。
「怒ってんじゃん」
「え〜?そんな心狭くないですぅ」
嘘だけど。
めちゃくちゃ腹立ってるけど。
「焦ってんの?」
まだ言う。
しつこ。
「焦ってないですって」
歩きながら肩をすくめる。
「私、ちゃんとした人としか付き合いませんもん」
「ちゃんとって?」
「ちゃんと働いてて、ちゃんと大事にしてくれて、ちゃんと将来考えてる人です」
「重」
「え〜?普通ですよぉ」
にこ。
「適当に楽しいだけとか、無理なんで」
少しだけ沈黙。
横を見ると、鷲尾がこっちを見てる。
いつものだるそうな顔じゃない。
なに。
「七瀬ってさ」
「はい?」
「思ってたより現実的なんだな」
「当たり前じゃないですかぁ」
くすっと笑う。
「楽して幸せになりたいんですもん」
「楽して?」
「苦労する恋とかいりません」
それだけは本音。
父の背中を思い出す。
あんなふうに必死になる人生は、私は嫌。
ちゃんと安定した人がいい。
だから。
「鷲尾さんは論外です」
さらっと言う。
「お前な」
「だって、結婚だるいって言ってましたよね?」
言ったでしょ。
忘れてないから。
「それ覚えてんのかよ」
「忘れませんよぉ?大事な判断材料ですから」
にっこり。
駅前の明かりが近づく。
「じゃあ私こっちなんで」
「送らなくていいの?」
「論外に送られたくないです」
ぺこっと軽く頭を下げる。
背を向けて歩き出す。
笑顔のまま。
完璧。
完璧に、仮面。
――むかつく。
なんであんな顔するの。
なんでちょっと黙るの。
どうせ本気じゃないくせに。
振り返らない。
振り返らない。
……振り返らない。
後ろで足音が止まった気がした。
知らない。
ただの先輩。
それ以上でも以下でもない。




